19...恐怖心を、集団で誓うことによって縛っているだけに過ぎない。
「貴殿には、祈りが呪いに見えているようだね」
「…………えっ! そんなっ、まさかっ、」
「今更そんなに驚いてみせても無意味なのだよ」
「いやぁ……別に否定するわけじゃなくてえぇ……」
「貴殿は、選択肢をひとつにすることが、不自由さや生きづらさに感じるのか」
「そう、……じゃないの?」
まさかこの盤面で反撃に合うと思っていなかったから、一驚に頬杖から顔が落っこちる。お偉い人に逆らったらどうなる? 瞳がそうっと横へと向いた。
オレは窮屈さを厭うよ。
「無論、そういう場面が多いだろう」
ネハンの淡々とした声音は変わらない。飲み物の水面に映る表情は笑みを湛えている。まるですべてを見透かすようだ。
「個人の自由こそを最大限尊重する。なんだかまるで魔族みたいだ」
じっと見つめる双眸に射抜かれる。バレてる? バレて、ない……? 胸の内はどきりと跳ねながらも、それを表出させずにわざとむっと唇を尖らせてみた。流石に魔族扱いだからか「言い過ぎたね。失礼した」と直ぐに訂正が入る。
「すべてがすべて、強制の道ではないのだよ。いざという時に、誰かが逃げるかもしれないじゃあ自分も逃げようという恐怖心を、集団で誓うことによって縛っているだけに過ぎない。そもそもは、自分の勇気だ」
必ず戦って死んでくれ。なんて酷い強制にしか感じられない。
けれど、魔族はそもそも勇んで戦いに行く奴が多いから、戦いたくないなぁと思った時に、戦わないという選択肢を選べるのかもしれない。
ちなみに魔族は逃げることも多々ある。逃げ足は早い。
「コクー。人間は、自分の命よりも大事な存在がいることが多い。それは家族だったり、愛玩動物だったり、それこそ場所や、宝物の可能性だってある」
子孫や家を持たない魔族にはどうしても鈍く分かりにくい感情だ。とはいえ長年生きたギョーセーや魔王は親しく見えたし、他の魔族でも共にいる姿を見つけることの多い奴らもいたから、まあ存在しない感情ではないのだろう。恐らく。ただ、連れ立っていることは少なく感じる。
「そういうものたちが、大事なものに、楽しい未来を過ごしてほしい……本人たちの祈りには愛がこめられているのだよ。そのために自分が死んだとしても」
とても利他的だ。耳障りの良い言葉に聞こえてくる。
確かに、最初は自分で決断しているのかもしれないけど。だってそれも、愛を人質に取られている。
じゃあ何もせずに滅ぼされればいいのかと問われれば、それも違うだろうし。争いがある限り選択肢なんてあってないようなものなんだ。
なんとも言えない歯痒さを感じつつも、他種族の生き様に干渉したってしょうがない。だって最後まで生き残った種族だから、現にそれは正解なのだろう。
オレが考え込んでしまったからか、ネハンは一度困ったような顔をしてからぱちりと手を叩いて気を取り直した。
「さて。国の成り立ちもさらに探究せねばならないね。しかしそろそろ、国の素晴らしさについて語らせては貰えないだろうか!」
顎下へと指を添えてふふんと自信ありげに紡ぐ。
段々と気付いてきてはいたけど、なかなかな人物を引き当てた気がしてきてる。こういう他者への用心深さが足りないとはギョーセーに常々言われていた、にも関わらず。
分かりやすく窮したように、ぽり、と人差し指で頰を掻いてから。
「何が始まるの〜?」
「では先ずは! 今まで王のやってきた素晴らしき事柄から」
「どうなっちゃうの〜?」
「聞きたまえ! その王は!」
「うわあ〜」
以下、無限に続く。必要そうな情報は無かったと思う。
「そう! その時代の王は! 聖なる力で災害を封じたのだよ!」
盛り上がっていた。熱が飽和する。
「へぁ……」
もうこっちは相槌を打ち過ぎて訳が分からなくなってきてる。
「一度の災害で百人単位が消えていた!」
「ふぁ……」
「それを永遠に封じたのだ!」
「ほにゃ……」
「ネハン様。流石に、そろそろお帰りになられませんと……」
「ん? ああ、そうだね。じゃあコクー。今日は楽しかったよ。……おや、そんなに蕩けてしまってどうしたんだい?」
話が長過ぎて体が溶けたよ。舌もどろどろ。
「大丈夫……。またなんか知りたくなったらよろしく……」
テーブルに突っ伏したまま、片手をひらりと上げる。
「コクー。異なる価値観を有しているものとの対話は自己の研鑽に繋がる」
「まあね……いろんな人間がいるなぁって、つくづく思うよ……」
本当に。どうして人間同士で未だに争っているんだろう、愚かじゃんと思っていたが、ひとりひとりこれだけ考え方が異なるのに共に肩を並べて生きていれば対立するね。……やっぱり人間同士で争うなんて愚かだけども。
「では、またの機会に会おう」
恭しく礼をして、お付きの人を連れて帰路を辿っていくネハン。その背が扉をくぐるまで見送って、漸く自身も席を立つ。
コップ数杯分の飲み物の代金は、既に支払われていた。
果物を買って共同住居へと戻ると、夕飯を作っていたビレイに「ギョーセーの様子、見て来てちょうだい」とお願いされて、トントンと二人の部屋の戸を叩く。
…………返事がない。ビレイも見て来てと言っていたから、勝手に入ってもいいよね?
物音立てぬように、そっと扉を開いて隙間から窺う。次いで足音殺して一歩二歩数歩。寝台の横まで忍び足。
すっかり寝ているギョーセーは額に汗を浮かべて、難しい顔をしている。眉間に皺が寄っていて苦しそうだったから、人差し指でほぐしてあげた。さらに険しい顔をし始めちゃったな……。
眺めていると色付きの悪い唇が何かをうめく。なぁにと告げて、自身の耳元の髪を耳裏に引っ掛けながら横顔を寄せると。
「……許せない……」
不穏な言葉が乱れた呼吸のもとに吐かれた。
普段余裕がありそうに見えても、思うことくらいあるよね。
「僕……許せない……」
ギョーセーの苦しさは、魔王を殺した奴をやっつけたら癒えるのかな。




