またしても祖国の軍が越境したの?
ビアトリスとアイリーンは、兵士たちに剣の勝負を挑むのである。二対二の勝負を。
駐屯地には、剣の稽古をする稽古場がある。板張りの広い空間で、稽古試合をする為のいくつもの試合場が白線で描かれている。
彼女たちは強そうな兵士に勝負を挑んでは、試合場のひとつで試合をする。他の兵士たちが見守る中、というよりかは声援を送らせ、戦うのである。
彼女たちの試合を何度か眺めてみたけれど、剣の試合というよりかは剣を使ったパフォーマンスのように見えた。しかも、終始ド派手で大げさな動きである。
たしかに、わたしは剣についてはド素人である。だけど、彼女たちの動きは正直なところ「あんなにちんたらしていいのかしら?」と、あまりの緩さにいろいろな意味で首を傾げてしまった。
それでも、彼女たちは強い。
だれと試合をしてもぜったいに勝つのである。それも余裕で勝つのである。
彼女たちの試合を見た後、いつも後悔してしまう。
彼女たちの動きの緩さはともかく、それでも余裕で勝つのである。いざ試合場に立ったら、きっと違うように見えたり感じたりするのだろう。
しばらくそのように精神的にも肉体的にも過酷な日々をすごし、いよいよ満月の夜がもう間もなく迫ってきた。
つい先日、祖国ウォーターズ帝国軍が、また越境したと一報がもたらされた。
ヴィクターは、当然領土を脅かす帝国軍に勧告の使者を送った。
が、帝国軍はことごとく使者を無視した。
それとは別に、ヴィクターが帝国に潜入させている諜報員からの報告によると、祖国はとんでもないことになっているらしい。
大災害、大飢饉、大事故や大事件がいたるところで起こっていて、しかも皇帝である元夫の不行跡による大散財が重なり、帝国は衰退の一途をたどっているという。
「なにがなんでもルビーが欲しいのでしょう。帝国軍、いえ、皇帝も必死のようです」
パーシーが推測した。おそらく、その推測は正しい。
だけど、相手が悪い。
最弱軍が最強の軍に勝てるわけがない。というよりか、そもそも他国の領土を侵して奪おうとする方がどうかしている。
(それならば、まだ頼む方がいいのに。土下座するなり泣くなりして)
そんなふうに考えてしまったけれど、よく考えなくても、無能のわりに自尊心はムダに高い元夫のこと。だれかに頼み込むなんてことをするはずがない。
(いえ、ちょっと待って……)
考えてみれば、わたしは人質みたいな存在よね? そのわたしがいるのに、平気でオーディントン国に侵入するなんて……。
(ああ、そうか。わたしって人質じゃなかったわ。生贄だった。すでにヴィクターに煮るなり焼くなりされているんだから、元夫がわたしのことを気にかける必要なんてないわよね)
苦笑するしかない。
結局、二度に渡る勧告は無視された。
帝国軍は、進軍の速度を緩めようともしない。
「ちょっと行ってお仕置きをしてきますよ」
「前回は、かなり寛大な処置でした。今回は、きつめのお仕置きをしてきましょう」
パーシーとチャーリーが執務室から出て行こうとすると、ヴィクターは立ち上がりつつ止めた。
「おれが行こう。今回は、もう看過やなかったことはなしだ。わが国に迷い込んだなどという戯言をきくつもりもない」
「陛下、もうすぐレディの勝負の日です。見届けられるべきではありませんか?」
「チャーリーの言う通りですよ、陛下。おれたちで大丈夫です。それに、陛下が指揮することでもありませんしね」
「いや、さほどときはいらぬ。さっさと行ってさっさと戻ってくればいい」
というわけで、ヴィクターは大隊を率いて駐屯地を出発してしまった。
そして勝負の夜大きな大きな満月が上り始めても、まだヴィクターと彼の部下たちは戻ってきていない。




