苦行
駐屯地を出発してどの位経ったのかしら?
そうね。もう夕方になっている頃? 体感的には、そのくらいに感じられる。
思い浮かぶ三つの言葉さえ口から出そうにないのに、息だけが「ハッハッ」とこぼれ落ちていく。
額だけでなく、背中や脇や腹部や太腿など頭の先から爪先まで全身汗まみれになっている。
その大量の汗が流れ落ちていく。顔を、背中を、胸を、お腹を、足を、伝っていく。それがまた気持ち悪い。
(どうして? なぜなの? こんな試練信じられない。わたしがなにをしたっていうの? 現世で、あるいは前世でこんな目にあわなければいけない、なにか悪いことをしたというの?)
ふだんならけっして思いつかないようなネガティブなことまで考えてしまう。
その間にも、汗はとめどなく流れ落ち続けている。額から落ちた汗が目に染みる。
体裁などかまっていられない。その都度、何重にも折りまくった袖で額の汗を拭う。
軍服を借りている。男性兵士用のである。ほんとうにすぐのことだったので、自分のサイズに手直しする暇があるわけがない。だから袖と裾を何重にも折りまくったのである。
正規の軍服のベルトは、わたしにあわなかった。だから、ウエストは紐を見繕ってきてそれで縛らなければならなかった。
とにかく、すべてが大きすぎた。だけど、なんとか体裁を整えることが出来た。
「あの、大丈夫ですか?」
うしろからなにかきこえてきた気がしたけれど、だれかの言葉をきく余裕さえない。
「甘やかさないで。まだ出発したばかりで、道だって平坦でしょう? いまから甘やかしていたら、一往復だって出来やしない。大丈夫。きついのは最初だけ。あなたたちだってそうだったでしょう? もちろん、彼女よりかはずっとタフだったでしょうけど。最初は十往復、二十往復するのはきつかったはず。このきつさを乗り越えれば、かえってラクになる。それも経験あるでしょう?」
キャロルが兵士たちになにか言っている。
もちろん、それもじっくりきく余裕はない。
こうして、わたしはありえないほどハードな特訓に耐えに耐えた。
人間という生き物は、じつに単純である。
いいえ、違う。
わたしが単純なだけなのかもしれない。
最初こそ、ルビー鉱山まで行くのに永遠に歩き続けなければならないほどのときと体力を要した。しかし、それも毎日何度も何度も往復をする内に慣れていった。
気がついたら、キャロルや兵士たちと談笑しながら何往復も出来るようになっていた。
歩くだけではない。筋力をつける為に、腕立て伏せや腹筋や屈伸運動などを行った。
それらも最初はまったく出来なかった。しかし、じょじょに出来るようになった。
いまでは、キャロルが指定する回数を余裕でこなせるようになった。ちなみに、何百回単位である。
それはそうと、指導してくれるキャロルはもちろんのこと兵士たちも褒め上手である。
「すごい」とか「さすが」とか「最高」とか言われれば、テンションが上がる。そして、「もっとがんばろう」とか「もっと出来るようになりたい」とヤル気がみなぎる。
自分がこんなに単純だとは思わなかった。
褒められれば褒められるほど有頂天になり、がんばれる。
そんな自分が可笑しくてならない。
しかし、そのお蔭で肉体的にも精神的にもパワーアップしたのである。
単純であることが功を奏したといってもいい。




