穏やかな日々
(待って。ということは、わたしも命を狙われるということよね?)
よくよく考えなくてもわかることである。
(どうしよう。刃物なんて料理用のナイフやハサミ程度しか持ったことがないのに。もしかして、護身術かなにか習った方がいいのかしら?)
真剣に考え始めたタイミングで、厩舎に到着した。
この日も「ブラック・ビースト」と乗馬を楽しんだ。
乗馬の経験が一度もないどころか、馬に触れたことさえなかったわたしが大きな大きな馬に乗っている。
訂正。乗っているのではなく、乗せてもらっている。さらに言うと、「ブラック・ビースト」がわたしを落とさず乗せてくれている。
わたしは、ただ彼の背で手綱を握っていればいい。すべて彼がうまくやってくれる。だから、おそらく彼以外の他の馬には乗れないと思う。
馬上から見る景色は、とても素敵である。これはきっと、乗馬をする人にしかわからない素晴らしい景色に違いない。
馬場内をグルグルまわり、駐屯地内の森を歩く。
教えてくれる厩務員や調教師たちによると、草原を疾駆するのはもっと素敵らしい。
想像するだけで身震いしてしまう。
もっと練習し、いつか草原を「ブラック・ビースト」と走ってみたい。
いま、そのような目標がある。
この日、パーシーとチャーリーといっしょに森の奥まで走り、ゆっくり戻ってきた。
「『ブラック・ビースト』が陛下以外の人間を乗せるなんて驚きですよ」
「パーシーの言う通りです。乗せるどころか、彼は気に入らない人間が近づくだけで怒り狂いますからね。それを考えたら、レディはいろいろな意味ですごいですね」
パーシーとチャーリーは、乗馬に付き合ってもらうたびに同じようなことを言う。
(わたしにしてみれば、『ブラック・ビースト』が人間に対して怒り狂うという姿がピンとこないわ)
そして、わたしはいつもそう思ってしまう。
(こんなに穏やかでやさしくて、ときどきチャーミングなところもある馬なのに)
そのようにも思う。
(そうよ。彼は、まさしくヴィクター様だわ。ヴィクター様の馬版ね)
そのことに気がつくと、ますます似ているように、というよりか「ブラック・ビースト」のことがヴィクターに見えてくる。
(尻に敷く、そのままね)
苦笑してしまった。
こうして、わたしの乗馬熱はますますヒートアップしていく。
穏やかでのんびりした生活。
そんな生活は、突如として終わりを迎えた。
この日、居住区内が騒がしかった。
いいえ。駐屯地そのものが大騒ぎだった。
王都からやって来たのである。
お客人が三人も。
そして、わたしは不意打ちされた。それは、まさしく奇襲攻撃だった。
朝、いつものように身支度をしつつ開け放たれている窓やガラス扉の向こうがやけに騒がしいことに気がついていた。
今日も厩舎に行き、「ブラック・ビースト」に乗せてもらおう。
さして気にとめず、そんなことを考えていた。
ここのところ、一日に一回は「ブラック・ビースト」に乗せてもらわないと物足りなくなっている。
「乗馬服、乗馬服」
あまりのわたしの熱心さに、三日前に乗馬服を購入してくれた。さすがに町のドレス店や服屋にはなかったので、ちょうど訪れていた商人に急ぎ手配してもらっていたのである。パーシーとチャーリーは、オーダーメイドの方がいいと言ってくれたけれど、そんな贅沢は必要ない。既製服で充分すぎるし、既製服でさえ贅沢だと思う。というわけで、急ぎ調達してくれた乗馬服は、小柄で幼児体型のわたしには大きかった。だから、二日間かけて手直しした。
今日、初めて着用する。
「『ブラック・ビースト』はビックリするかしら?」
紺色のベストに白色の長袖のシャツ、ズボンも紺色で、乗馬靴は黒色である。
着用してみると「なんだかなぁ」って感じだけれど、まぁ仕方がない。
なにせわたし自身がちんちくりんなのだから、見栄えがいいわけがない。
姿見の前で自分の恰好を眺めていると、部屋の扉がノックされた。しかも激しく、しつこく。




