もう手遅れなのか?
「嵯峨はどんな仕事をしているんだ?」
公園を望むリビングルームで坂崎先生がオレに話を振って来た。
「一応、システムエンジニアをやっています」
「一応ってなんだよ。システムエンジニアなんてすごいじゃないか」
「横文字の職業ですが、そんなにたいしたものじゃないですよ。言われるが儘にシステムのプログラムを直したり、チェックをしたりしているだけですから……。ただのサラリーマンですよ」
「そんなものかね? 浅井は?」
「私はいわゆるOLです。事務処理をしたり、お茶くみをしたりですよ」
「ふたりとも自分の仕事をつまらなそうに言うんだなぁ。もう少し楽しそうに話せよ」
坂崎先生は相変わらず熱血している様だ。オレは先生のそんな所が苦手だった。
「何の話し?」
アイカが紅茶を持って来て話しに加わった。白いエプロンをして、いかにも新妻の雰囲気を出している。
「ああ、ふたりに仕事の事を聞いていたんだけれど、つまらなそうに話すからさ。もっと楽しそうに話せって言っていたところだよ」
坂崎先生の顔がだらしなくニヤケている。表情だけでのろけると言うテクニックなのだろうか? だとしたらオレには絶対に出来そうもないが、単なるだらしない笑顔なのだろう。それならオレにも出来そうだ。
「先生はいつまで経っても先生なんだからぁ。サガンなんて、先生のそんな所が苦手なんだよ」
「アイカは『先生』って呼んでいるの?」
ミズキの言葉に首を傾げながらアイカが言う。
「そうだよ、なんか変?」
「変でしょう。旦那さんを先生って呼んでいるなんて……。普通なら『幸一さん』とか『あなた』とかって呼ぶものじゃないの?」
「だって、先生は先生なんだもの、仕方ないよね」
アイカが坂崎先生を見つめる。先生はアイカを見つめ返して益々だらしない笑顔になった。
「まるでバカップルじゃない! やっていられないよ。ねえ、サガン」
急にオレに振るなよ! 目線でミズキに訴えながらオレは別の話しに切り替えようと焦っていた。
話を切り替えたのはミズキだった。
「そう言えば、坂崎先生とアイカはいつから付き合っていたの? まさか高校生の頃じゃ無いよね?」
ミズキもオレと同じ事を聞いている。
「それ、この前サガンにも聞かれたよ。あんた達本当に似た者同士だよね」
「似て無いでしょう? 私はサガンみたいに下僕体質じゃないよ!」
ミズキがさり気無く酷い事を言った。オレは下僕体質なのか? いや、オレを下僕扱いしたのはミズキとアイカだけだ! ふたりに問題が有るだけでオレには問題は無いはずだ! 抗議しようと思った時には話が進んでいた。まるでオレが下僕体質だって認めたみたいじゃないか!
「私が大学生の時、友達から合コンに誘われてさぁ。相手は学校の先生だって言うから、面白半分で行ったんだ。そしたらその中に先生が居るんだもん、ビックリだよ!」
「先生、合コンなんかに行っていたんだ」
「あ、あれは友達に誘われてだなぁ……仕方なく行ったんだよ。仕方なく!」
「なんかあやしいよね」
「うん、絶対あやしい」
ミズキとアイカはそう言いながら坂崎先生の顔を睨む。先生は少し慌てたが必死に平静を装っていた。相変わらずミズキとアイカの連携は恐ろしい。
「それから付き合ったの?」
「そう、合コンでも先生は熱血発言をしちゃうから、女の子達に引かれちゃってね。昔のよしみで相手をしてあげたのよ。そうしたら、先生ったらね」
「わ、わ、アイカなにを言うつもりだよ!」
先生がなぜか焦っている。しかしそんな先生を無視してアイカが続ける。
「先生ったらね、『吉井は高校の時も可愛かったけれど、ますます可愛くなったなぁ』だって」
「キャー、先生そんなこと言うんだぁ」
「そうなのよ、私もビックリしちゃって……」
坂崎先生は耳まで真っ赤に成りながらアイカに抗議した。
「アイカ、もうその話はやめてくれよ」
弱々しい抗議だった。アイカは笑いながら話を続ける。
「だからね、あたしも『それなら高校生の時に誘ってくれたら良かったのに……』って言ってやったのよ。そうしたら『もう手遅れなのか?』だって」
「キャーキャー、コクってる! 先生もやるじゃないですか!」
坂崎先生は完全にあきらめたようだ。もうどうにでもしてくれって言う表情で天井を見上げた。オレはと言うと、ニヤニヤと先生の困った顔を眺めていた。熱血教師の困った顔は、オレの様な根暗青年の大好物だ。
「まあ、それからは普通に付き合って普通にプロポーズされて結婚したんだけれどもね」
「そこも詳しく聞きたいけれど、スタートが面白すぎてこれ以上は盛り上がらないだろうね」
「そうなのよ、普通プロポーズのところが一番盛り上がるじゃない。うちの場合はスタートで盛り上がっちゃうから、あとは全然盛り上がらないのよ。それが一番の悩みかな? プロポーズは何のサプライズも無かったからね」
アイカが先生を軽く睨む。先生は「またかよ!」って言いたげに半笑いになる。しかし、そんな関係がとても幸せそうで、オレまで幸せな気分になった。
しばらく世間話をした後、オレとミズキは坂崎家を後にした。帰り道、ミズキはしきりにアイカと先生の幸せを羨む発言を繰り返していた。




