第九話「再構築された命」
就職から二年。
赤石燈也は、
AIによる**「ウイルス感染予測モデル」**の開発に携わっていた。
感染者のデータ。
地域。
人口。
人の移動。
接触。
感染速度。
無数の条件から、
感染症がどこで、どのように拡大する可能性があるのかを予測する。
モニターには世界地図が映っていた。
赤石はキーボードを叩き続ける。
「赤石、ここの予測値どうなってる?」
「ちょっと待ってください」
データを修正。
再計算。
数秒後。
「出ました」
「早っ!」
同僚が笑う。
「お前、相変わらず仕事速いな」
「俺より速い奴知ってるからな」
「またその友達?」
「あぁ」
「何年その話してんだよ(笑)」
「うるせぇ」
赤石も笑った。
大学時代から変わらない。
藍染からの連絡は、今もない。
高校の卒業式から、
六年近い時間が経とうとしていた。
それでも赤石は、
藍染の存在を忘れた日はなかった。
その日の夜。
仕事を終え、自宅へ戻った赤石はパソコンを開いていた。
何気なく新しく発表された研究論文を眺めている。
いつからだろう。
藍染の名前を探すことが、
習慣になっていた。
そして――
通知音が鳴る。
「ん?」
新しい論文。
著者名を見た瞬間、
赤石の手が止まった。
藍染燈也。
「……藍?」
すぐに論文を開く。
タイトルが表示される。
『再構築された命への序章』
「再構築された……命?」
赤石は読み進める。
生命。
細胞。
死。
再生。
遺伝子。
複数の概念が複雑に絡み合っている。
赤石の専門領域から見ても、
すべてを理解することはできなかった。
それでも――
一つだけ分かる。
藍染は、まだ進み続けている。
「どこまで行くんだよ、お前……」
赤石は椅子にもたれかかった。
そして目を閉じる。
高校時代の光景が浮かぶ。
『なんでお前、そこまで“俺と”にこだわんだよ?』
『だって物心ついた時から、ずっと“お前と”いたじゃん』
『朝起きたら顔洗うだろ?』
『一緒だよ(笑)』
そして卒業式。
『漫画とかでもよくあるよな!』
『後でまた集合して夢叶える的なさ!』
『お互いレベルアップしてまた一緒に! な!』
赤石が目を開ける。
モニターには、今も藍染の名前が映っている。
「藍」
赤石は小さく笑った。
「俺も止まってねぇぞ」
その頃。
どこかにある研究室。
鏡の前に、一人の青年が立っていた。
藍染燈也。
かつて身体中にあった注射痕。
アザ。
自らを実験台にし続けた痕跡。
そのすべてが――
消えていた。
藍染は自分の腕を見る。
傷一つない。
首元も。
背中も。
まるで、
何もなかったかのように元の状態へ戻っている。
指先で腕をなぞる。
「……完全に戻ってる」
机の上には、
過去に記録した自分の身体の写真が置かれていた。
無数の注射痕。
変色した皮膚。
アザだらけの身体。
その写真と、現在の自分の腕を見比べる。
同じ人間とは思えない。
藍染はゆっくりと顕微鏡へ向かった。
モニターには、
細胞の映像が映し出されている。
死滅した細胞。
そして――
再生。
藍染は無言で見つめる。
何度も失敗した。
何度も自分の身体で試した。
その度に修正し、また試した。
すべては、この瞬間のため。
藍染の口元が、
ゆっくりと上がっていく。
「クックック……」
静かな研究室に、笑い声が響く。
「準備出来たぞ」
数年前。
高校の卒業式。
二人は約束した。
お互いレベルアップして、また一緒に。
赤石燈也は、いつか藍染を支えるための準備を終えていた。
そして――
藍染燈也もまた、
自らが望む世界を作るための準備を終えた。
二人とも、準備は出来た。
ただし。
二人が思い描く未来は、
もう――
同じものではなかった。




