第八話「追いかける背中」
藍染燈也が大学から姿を消してから、時間だけが過ぎていった。
一ヶ月。
三ヶ月。
半年。
一年――。
赤石は何度も連絡を送った。
『生きてんだろ?』
『論文見たぞ』
『たまには返事くらいしろよ』
誕生日にも。
正月にも。
何か面白いことがあった日にも。
高校時代なら、次の日学校へ行けば隣にいた。
返事など必要なかった。
直接話せばよかったからだ。
だが今は違う。
メッセージを送っても、
既読すらつかない。
それでも赤石は送り続けた。
怒っているわけではない。
――いや。
正確には、少しは怒っていた。
「……いい加減返せよ、バカ」
スマートフォンを見ながら呟く。
それでも赤石は、
藍染が生きていることだけは知っていた。
時折、発表される論文。
その著者には、決まって同じ名前があった。
藍染燈也。
本人はいない。
居場所も分からない。
大学にも記録がない。
なのに研究だけは、確実に前へ進んでいた。
まるで藍染燈也という人間が、
研究成果だけを残して、
この世界から姿を消してしまったようだった。
一方。
赤石の大学生活も進んでいた。
情報工学。
プログラミング。
AI。
データ解析。
機械学習。
赤石は次々と知識を吸収していった。
もともとの頭脳に加え、
一度興味を持ったものに対する吸収力は凄まじかった。
ある日。
研究室で教授が赤石のモニターを覗き込む。
「赤石」
「はい?」
「君、このモデル一人で組んだのか?」
「はい」
「……本当に?」
「一応」
教授は画面を見る。
大量のデータ。
複数の条件。
それらを解析し、将来起こり得る変化を予測するモデル。
「君は何を目指しているんだ?」
赤石は少し考えた。
「んー……」
世界トップの企業。
高校時代から何度も口にしてきた夢。
だが――
それだけではなかった。
頭の中に、一人の男が浮かぶ。
「将来、一緒に仕事したい奴がいるんですよ」
「一緒に?」
「はい」
赤石は笑った。
「そいつ、俺より頭いいんで」
教授が驚いた顔をする。
「君より?」
「めちゃくちゃムカつきますけどね(笑)」
「それは一度会ってみたいな」
「俺も会いてぇっすよ」
「……?」
赤石は笑っていた。
だが、
その言葉だけは冗談ではなかった。
やがて赤石は大学を卒業した。
進路として選んだのは、
医療とAIを組み合わせた技術を開発する企業だった。
AIによる新薬開発支援。
膨大な化合物データから薬の候補を探索し、
研究者の新薬開発を支援するシステム。
赤石がこの分野を選んだ理由は、
自分でも分かっていた。
藍染が薬学へ進んだからだ。
あいつが何をしているのか。
なぜ姿を消したのか。
何を目指しているのか。
何一つ分からない。
それでも――
いつか再会した時。
「俺には何もできない」
それだけは絶対に言いたくなかった。
だから赤石は、
藍染が進んだ世界に、
自分の得意分野から近づいていった。
卒業後も、
藍染から連絡はなかった。
最後に顔を合わせたのは、
高校の卒業式。
赤石はふと、あの日の帰り道を思い出す。
『お互いレベルアップして、また一緒に! な!』
『あぁ……そうだな』
『出来たらいいな』
「……出来たらじゃねぇよ」
赤石は一人で笑った。
そして、
長い間返事のないトーク画面を開く。
藍染燈也。
その名前を見つめる。
「藍」
「俺は準備出来たぞ」
赤石は笑った。
「いつでも連絡してこい」
既読は――
つかなかった。
それでも赤石は、いつか必ず連絡が来ると信じていた。
藍染と再び並ぶために、
赤石燈也は歩き続けていた。
今もまだ――
親友の背中を追いかけながら。




