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第五十四話「隔離の終わり」

《521,806,319人》



その後も、凶暴型による感染の連鎖は止まらなかった。


襲われた人間がゾンビ化し、その人間がまた別の人間を襲う。


Aを使用した人間から始まった異常は、すでにAを使用していない人間へと広がっていた。



アメリカ。



市街地の一角で、複数の凶暴型が確認されていた。


警察と感染者保護班が到着した時には、すでに何人もの市民が襲われている。



「対象を確認!」


「周辺住民を避難させろ!」


「保護班、前へ!」



それでも対応は、これまでと変わらなかった。



感染者は患者。


治療法が見つかる可能性がある以上、殺す対象ではない。



拘束し、隔離する。


保護班が盾を構え、凶暴型へ近づいていく。



「右から来るぞ!」


「押さえろ!」



一体が飛びかかる。


複数人で押さえ込もうとするが、その間に別の凶暴型が隊員へ襲いかかった。



「後ろ!!」


「離せ!」


「こっちも来てる!」



さらに道路の向こうから、新たな凶暴型が走ってくる。



「何体いる!?」


「分かりません!」



その中には、数分前まで逃げていた市民もいた。



「……さっき襲われた奴だ!」



一人を拘束している間に、別の人間が襲われる。


襲われた人間が間もなく立ち上がり、今度は人間へ襲いかかる。



「対象増加!」


「十……十二!」


「東側からも来ます!」



保護班が後退する。


それでも、銃は使えない。



「拘束を続けろ!」


「無理です!」


「感染者だ! 撃つな!」



その時。



「助けて!!」



道路の先に、逃げ遅れた母親と子供がいた。


その方向へ数体の凶暴型が走り出す。



「止めろ!!」



警察官が走る。


間に合わない。



「止まれ!!」



当然、止まらない。


凶暴型が母親へ飛びかかろうとする。



パンッ――。



銃声が響いた。



「…………」



凶暴型が地面へ倒れる。


撃った警察官自身が、一瞬動きを止めた。



だが、残った凶暴型は止まらない。



パンッ!


パンッ――!



さらに二発。



「市民を避難させろ!!」


「はい!」



別の方向からも凶暴型が迫る。



「来ます!」



警察官が銃を構える。


もう、拘束する距離まで近づけない。



「…………撃て!」



銃声が連続した。



感染者を保護するために集まった人間たちが感染者を撃った。



その映像は、瞬く間に世界中へ広がった。



『アメリカで凶暴化した感染者に対し、警察が発砲しました』


『現地当局は、一般市民および警察官の生命を守るための緊急措置だったと説明しています』



当然、世界では議論が起きた。



『感染者は患者です』


『治療できる可能性のある人間を撃つことが許されるのでしょうか』



だが、その議論が終わるより早く別の国でも銃声が響いた。



フランス。


ドイツ。


そして日本。



理由は、どこも同じだった。



拘束しようと近づけば襲われる。


襲われた人間が凶暴化する。


その人間を助けようとすれば、さらに次の人間が襲われる。



一人を救おうとして。


二人。


三人。



さらに増えていく。



《527,614,903人》



やがて各国政府が、判断を変え始めた。



『凶暴型感染者への対応について、政府は新たな指針を発表しました』


『警察官、軍関係者、一般市民の生命に明確な危険がある場合、武器の使用を認めるとしています』



一つ。


また一つ。



発砲が正式に許可されていった。



それでも問題は終わらなかった。



凶暴型は速い。


近づくこと自体が危険だった。



ある都市。



建物の上から、一人の兵士が道路を見下ろしていた。


照準の先には、数体の凶暴型。



『周辺住民の退避を確認』


「了解」


『射撃を許可する』



乾いた音が響いた。



一体が倒れる。



続けて、もう一体。



人類はついに、感染者へ近づくことすらやめ始めた。



保護。


拘束。


隔離。



そして今、遠くから、排除する。



《536,817,204人》



だが、撃っても、感染者数は増えていた。



一体を排除している間に、別の場所で何人もの人間が襲われる。


襲われた人間が凶暴化し、また誰かを襲う。



そして、この変化は市街地だけでは終わらなかった。



世界各地にはすでに、これまで感染した膨大な数のゾンビが隔離されている。



その隔離施設にも、凶暴型が入り始めていた。



――イギリス。



巨大な隔離施設の一つ。



「第三隔離区画で異常発生!」


「凶暴型です!」


「職員を退避させろ!」



警報が鳴り響く。



すでにゾンビ化していた感染者たちの間を、一体の凶暴型が走る。



そして人間ではなく目の前にいたゾンビへ飛びかかった。



「…………」



監視室にいた職員たちが言葉を失う。



凶暴型が、別のゾンビに食らいついていた。



「おい……」


「何してるんだ、あれ……」



一体だけではなかった。



騒ぎに反応した別の凶暴型まで加わり、倒れたゾンビへ群がっていく。



さらに別の場所でも。


一体が一体へ。


二体が一体へ。



互いに襲い合う。



「共食い……?」



誰かが呟いた。



これまで隔離されていたゾンビたちは、管理することができていた。



だが凶暴型は違う。



人間を襲うしゾンビも襲う。



そして、その区別すらないまま暴れ続ける。



「第四区画でも発生!」


「第五区画との扉を閉鎖しろ!」


「無理です!」


「なんで!?」


「職員が中に残っています!」



その直後。



『助けてくれ!!』



無線から叫び声が響いた。



『開けろ!!』


『後ろから来てる!!』



「…………」



扉を開ければ、凶暴型まで外へ出る可能性がある。



閉めれば、中にいる職員を見捨てることになる。



誰もすぐには判断できなかった。



『開けてくれ!!』



激しい物音。



そして通信が途切れた。



「…………」



監視カメラの中で。


一人の職員が倒れていた。



間もなく。


その職員が立ち上がる。



「……感染した」



人間だった職員が今度は別の職員を追い始めた。



「第四区画、封鎖……」


「でも!」


「開けるな!!」



扉は閉じたままだった。



隔離するための施設が。



今度は中にいる人間を逃がさないための施設へ変わっていた。



そして、同じことが世界中の隔離施設で起き始める。



凶暴型の侵入。


職員への襲撃。


警備員の感染。


ゾンビ同士の共食い。



一つの区画を封鎖する。



別の区画で発生する。



そちらへ人員を送る。



その人員が襲われる。



さらに人手が減る。



《542,381,774人》



隔離施設だけではない。



病院。


警察。


軍。



そして。



研究施設。



赤石たちの研究室にも、世界各地から報告が届いていた。



「また一つ止まりました」


「どこだ?」


「アメリカの共同研究施設です。研究員が襲われ、施設を閉鎖しました」


「ドイツは?」


「昨日から連絡がありません」


「フランスのチームも研究を中断しています」


「…………」



赤石が机に手をつく。



「国内は?」


「二つの施設で研究員が感染しています。別の施設は周辺地域が封鎖されて、人員が集まっていません」


「予定していた検証は?」


「進んでいません」


「資材は?」


「それも……輸送拠点で感染が広がっていて、到着の見込みが立っていません」



「…………」



赤石は研究室を見渡した。



以前より、明らかに人が少ない。



感染した者。


隔離された者。


家族が感染し、来られなくなった者。



海外との共同研究も、次々と止まっている。



やらなければならないことは増えていた。



Aに何が起きたのか。


なぜ襲われた人間まで同じ状態になるのか。


どうすれば、この連鎖を止められるのか。



だがそれを調べる人間が減っている。



「……最悪だな」



赤石が呟いた。



モニターには、増え続ける数字。



《548,203,661人》



「止めなきゃいけねぇ速度だけ上がって……」


「止めるための研究は遅くなってる」



誰も答えなかった。



「このままじゃ薬ができる前に……」



赤石は空席の増えた研究室を見る。



「研究する場所そのものがなくなるぞ……」



その言葉に答える者はいなかった。



世界では今も、銃声が響いている。



警察が撃つ。


軍が撃つ。


遠くから狙撃する。



凶暴型が人間を襲う。


襲われた人間がゾンビになり、また人間を襲う。



隔離施設では。


ゾンビ同士が襲い合う。



その日の夜。



赤石は再び、モニターに表示された感染者数を見た。



《551,083,726人》



「…………」



数時間後。



《550,719,408人》



赤石の眉が動いた。



「……待て」



「どうしました?」



「減ってる」



「え?」



「感染者数だよ」



研究者たちが画面を見る。



確かに。


先ほどより数字が減っている。



「……回復者が出たのか?」



「確認します」



一人の研究者がデータを開く。



世界各国から集約された報告。


隔離者数。


新規感染者数。


回復者数。



そして。



その研究者の手が止まった。



「…………」



「どうした?」



「違います」



「何が?」



研究者が、別の集計を表示した。



《死者数 1,728,406人》



「…………」



赤石の表情が消えた。



「回復したんじゃありません」



各国で始まった発砲。


軍による排除。


狙撃。



凶暴型に襲われ、命を落とした人間。



そして。



隔離施設内で始まった共食い。



「感染者が……死んでるんです」



《感染者数 550,719,408人》


《死者数 1,728,406人》



五億を超える感染者が。



初めて。



別の数字へ移り始めていた。



死者。



だが。



それは。


感染が収束し始めたという意味ではなかった。



二時間後。



《感染者数 554,904,728人》


《死者数 2,963,117人》



さらに。



《感染者数 560,381,506人》


《死者数 4,816,293人》



「…………」



赤石は数字を見つめたまま動かなかった。



殺している。



それでも増えている。



一体のゾンビが撃たれて死ぬ。



その間に別の場所で何人もの人間が襲われる。



襲われた人間が凶暴化しまた次の人間を襲う。



感染者が増える。



死者も増える。



研究者は減る。



隔離施設は崩れる。



警察も。


軍も。


病院も。



増え続ける凶暴型への対応に追われていく。



《感染者数 566,728,194人》


《死者数 6,391,805人》



人類はこれまで。



感染者を見つけ。



保護し。



隔離してきた。



いつか治療するために。



だが今、感染者を撃っている。



遠くから狙撃している。



隔離施設では感染者同士が食い合っている。



それでも増えている。



赤石は、二つの数字を見つめていた。



感染者数。



死者数。



どちらも。



増えている。



「…………」



赤石が小さく呟いた。



「これ……」



「もう、感染を止めるとかいう話じゃねぇぞ……」



誰も答えなかった。



答えられる人間など。



もうどこにもいなかった。

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