第五話「分かれ道」
三年間という時間は、長いようで短かった。
春。
三年前と同じように、校庭には桜が咲いていた。
ただ一つ違うのは、
あの日、真新しい制服を着てこの学校へやって来た二人が、
今日、この場所を去るということだった。
卒業式。
体育館には卒業生たちの声が響いていた。
泣いている者。
笑っている者。
写真を撮り合っている者。
三年間を共に過ごした友人たちと、いつまでも話し続けている者。
その中心には、やはり藍染と赤石がいた。
「藍染! 大学行っても絶対モテるだろ!」
「赤石もだろ!」
「二人とも彼女作らないまま卒業とか意味わかんない!」
女子の一人が笑う。
赤石が藍染を指差した。
「コイツが作らねぇから!」
「まだそれ言ってんのかよ」
「俺は最後まで付き合ったぞ!」
「頼んでねぇよ」
周囲から笑い声が上がる。
「二人って本当にずっと一緒だったよね」
「大学は別々なんでしょ?」
「あぁ」
赤石が答える。
「でも、ちょっと別行動するだけだから」
「何それ?」
「そのうちまた一緒になる」
赤石は当たり前のように言った。
藍染は隣で何も言わなかった。
「じゃあな!」
「また集まろうぜ!」
「大学行っても連絡しろよ!」
それぞれが、それぞれの未来へ向かって学校を出ていく。
やがて二人も校門をくぐった。
藍染は、学費が全額免除になる特待生制度のある大学に合格していた。
進学先は――薬学部。
圧倒的な成績で、特待生の枠を勝ち取った。
一方、赤石は国内でもトップクラスの大学に合格。
二人とも、周囲が驚くほどの進路だった。
けれど。
幼い頃からほとんど毎日のように一緒にいた二人が、初めて別々の道へ進む。
そのことだけは、どれだけ頭が良くても経験したことがなかった。
いつもの帰り道。
三年間、何度歩いたか分からない道を、今日も二人で歩く。
ただし――
制服姿で歩くのは、今日が最後だった。
「なぁ、藍」
「ん?」
赤石が空を見上げる。
「これからは、しばらく別々だな」
「あぁ」
「なんか実感ねぇな」
「家近いんだから当たり前だろ」
「そうなんだけどさ」
赤石は笑った。
「漫画とかでもよくあるよな!」
「何が?」
「一回仲間がバラバラになってさ、それぞれ修行して――」
赤石が拳を握る。
「後でまた集合して、めちゃくちゃ強くなってるやつ!」
「お前はこれから何と戦うつもりなんだよ」
「世界?」
「規模デカすぎだろ」
二人が笑う。
「でもマジでそんな感じだよ」
赤石が藍染を見る。
「お互いレベルアップして、また一緒に! な!」
「……」
藍染は少しだけ間を置いた。
「あぁ……そうだな」
そして、
「出来たらいいな」
赤石が藍染を見る。
「なんだよそれ?」
少しの沈黙。
そして二人同時に、何かを思い出した。
「……って、この会話前もしたよな(笑)」
赤石が吹き出す。
藍染も笑った。
「したな」
「お前変わんないな! いつもどっか冷めてんだよ(笑)」
「お前もなんも変わってねぇじゃん(笑)」
藍染が、わずかにほくそ笑む。
「俺はいいんだよ!」
「なんでだよ」
「完成されてるから」
「はいはい」
二人はまた歩き始めた。
しばらく、くだらない話が続いた。
高校で起きたこと。
教師の話。
友人たちの話。
三年間で一番笑った出来事。
まるで明日も同じように学校で会うかのように。
やがて――
いつもの分かれ道に着いた。
何百回と別れてきた場所。
右へ行けば赤石の家。
左へ行けば藍染の家。
今までなら、
「じゃあまた明日」
それだけだった。
赤石が口を開く。
「まぁ家近いんだし、ちょくちょく連絡取って遊ぼうぜ!」
「あぁ」
「大学違うくらいで何も変わんねぇだろ」
「そうだな……」
赤石が藍染を見る。
「……」
「……なんだよ」
藍染が聞く。
「いや」
赤石は少しだけ笑った。
「なんか今日のお前、変だなって」
「卒業式だからじゃねぇの」
「お前そういうタイプじゃねぇだろ」
「うるせぇな」
「まぁいいや!」
赤石はいつものように手を上げた。
「また連絡すっからよ!」
藍染は答えなかった。
「……」
赤石が数歩歩く。
だが――
足を止めた。
振り返る。
藍染はまだそこにいた。
「藍」
「ん?」
赤石は少しだけ真剣な顔になった。
「お前、会わない間変わんなよ」
「……」
藍染は黙って赤石を見る。
その言葉に、
返事をしなかった。
「……なんだよ。そこは『お前もな』とか言えよ(笑)」
赤石は笑ってごまかした。
「じゃあな!」
手を上げ、今度こそ歩いていく。
藍染は何も言わない。
ただ、遠ざかっていく赤石の背中を見ていた。
やがて赤石の姿が見えなくなる。
静かになった道。
一人になった藍染は、ゆっくりと反対方向へ歩き始めた。
三年前。
この高校に入学した時、
藍染燈也には金がなかった。
今も、それは変わっていない。
だが――
三年間で一つだけ、
明確になったものがあった。
自分が何を学ぶべきなのか。
何を手に入れるべきなのか。
そして――
自分が、どんな世界を望んでいるのか。
「……変わる、か」
藍染が小さく呟く。
その口元が、
ほんのわずかに笑った。
「悪いな、赤」
「俺は――」
そこで言葉を止めた。
その先を口にする者は、誰もいなかった。
桜の花びらが風に舞う。
一枚の花びらが、
二人が別れた分かれ道へ落ちた。
幼い頃から、ずっと一緒だった二人の燈也。
この日を境に――
二人は初めて、
別々の未来へ歩き始めた。




