第四話「当たり前の未来」
高校生活は、驚くほど早く過ぎていった。
入学したばかりだと思っていた二人も、いつしか卒業後の進路を考える時期になっていた。
教室では大学の話が増えた。
どこの大学を受ける。
何を勉強する。
将来、何になりたい。
そんな話を聞くたびに、赤石は楽しそうにしていた。
一方、藍染はいつもと変わらなかった。
成績は相変わらず学年トップ。
教師からは、国内でも有数の大学を狙えると言われていた。
だが藍染が最初に調べたのは、大学の偏差値ではなかった。
――学費。
そして、特待生制度。
祖父母が残してくれた預金も、決して多くは残っていない。
高校に入学してから続けてきた週五日のアルバイト。
生活費を払いながら、少しずつ貯めてはいる。
それでも大学の学費を何年間も払い続けられるほどの金はなかった。
だから藍染にとって、
「行きたい大学」
より先に、
「行ける大学」
を探す必要があった。
もっとも――。
藍染には、それすら突破するだけの頭脳があった。
特待生として学費が全額免除になる大学。
それが藍染の最低条件だった。
そんなある日の帰り道。
二人はいつものように並んで歩いていた。
赤石が突然、口を開いた。
「なぁ、藍」
「ん?」
「お前、高校卒業したらどうすんの?」
「どうって?」
「大学行くんだろ?」
藍染は少し間を置いた。
「あぁ。行くつもりだけど」
「だよなー」
赤石は両手を頭の後ろで組みながら歩く。
「お前ならどこでも行けるだろ」
「金があればな」
「……そこなんだよな」
赤石の表情が少し曇った。
「でも、お前なら特待取れるだろ?」
「そのつもりで探してる」
「やっぱ考えてんじゃん」
「当たり前だろ。大学行った瞬間ホームレスになったら意味ねぇからな」
「笑えねぇ冗談言うなよ」
「半分本気だよ」
藍染は笑った。
赤石は少しだけ黙った。
だが、すぐにいつもの表情へ戻る。
「俺はさ」
「ん?」
「前から言ってるけど――」
赤石は藍染より半歩前に出ると、振り返った。
「将来、お前と世界のトップ企業を作りてぇって思ってる!」
藍染は赤石を見る。
「またそれか」
「またじゃねぇよ。ずっと言ってんだろ!」
「本気だったのかよ」
「当たり前だろ!」
赤石は笑った。
「俺とお前なら出来るって」
「世界トップだぞ?」
「だから何?」
「簡単に言うなよ」
「簡単じゃねぇよ」
赤石の声が少しだけ変わった。
「だから大学行くんだろ」
「……」
「俺も勉強する。大学でも色んなこと覚える。経営でも、コンピューターでも、必要ならなんでも覚える」
そして、藍染を指差した。
「お前も好きなことやれ」
「最後に二人で合流すりゃいい」
藍染は黙って赤石を見ていた。
「……俺は」
一瞬、言葉が止まる。
「そうだな」
「出来たら……いいな」
赤石が眉をひそめる。
「なんだよそれ。出来んだろ!」
「お前は相変わらずだな」
「何が?」
「根拠なく自信満々なところ」
「根拠ならあるぞ」
「なんだよ」
「俺とお前だから」
「……」
藍染は何も言わなかった。
赤石にとっては、それだけで十分な理由だった。
少し歩いたところで、藍染が口を開いた。
「俺は薬学部に行こうと思う」
赤石の足が止まる。
「……薬学部?」
「あぁ」
「なんで?」
藍染は前を向いたまま答えた。
「ちょっと、やりたいことがあってな」
「薬剤師になりたいってこと?」
「まぁ……そんなところだ」
その瞬間。
藍染の表情から、いつもの柔らかさが消えた。
ほんの一瞬だけ。
赤石が見たことのない目をしていた。
だが赤石は、それ以上聞かなかった。
「そっか」
再び歩き出す。
「俺はそっちは考えてなかったなー」
「別に同じ学部に行く必要ないだろ」
「まぁな。大学はさすがに別々か」
赤石は少し寂しそうに笑った。
しかし、すぐにいつもの調子に戻った。
「じゃあその間に、俺は将来お前を何でもサポート出来るように色々スキルアップしとくわ!」
藍染が呆れたように赤石を見る。
「……なぁ、赤」
「ん?」
「なんでお前、そこまで“俺と”にこだわんだよ?」
赤石はきょとんとした。
「お前だって頭いいんだし、好きなことやれよ」
「好きなことやってるけど?」
「だから、俺抜きで考えろって言ってんの」
「なんで?」
「なんでって……」
今度は藍染が言葉に詰まった。
赤石はしばらく考えた。
そして、あまりにも当然のように言った。
「だって物心ついた時から、ずっと“お前と”いたじゃん」
「……」
「朝起きたら顔洗うだろ?」
赤石は笑った。
「一緒だよ(笑)」
藍染は赤石を見つめた。
数秒の沈黙。
そして――
珍しく、藍染が心から笑った。
「お前、頭いいけどバカだな(笑)」
「またそれかよ!」
二人の笑い声が、夕暮れの道に響いた。
赤石にとって。
藍染と未来を歩くことは、夢ではなかった。
朝起きて顔を洗うように。
明日になればまた学校へ行くように。
それは疑う必要すらない、
当たり前の未来だった。
ただ――。
藍染燈也が見ていた未来だけは、
赤石燈也が思い描いているものとは、
すでに少しずつ違い始めていた。




