第三話「信じるということ」
高校生活にもすっかり慣れた頃。
放課後の教室には、部活動へ向かう生徒たちの声が響いていた。
「藍! 帰ろうぜ!」
赤石燈也が、少し離れた席から藍染に声をかける。
「悪い。今日バイト」
「知ってる」
「じゃあなんで帰ろうぜなんだよ」
「途中まで一緒だろ」
「……お前、本当に暇だな」
「親友との帰宅を暇つぶし扱いすんな!」
藍染は小さく笑いながら鞄を持ち上げた。
「はいはい。行くぞ、赤」
「おう!」
二人は並んで教室を出た。
昔から変わらない光景だった。
学校が変わっても。
制服が変わっても。
二人の関係だけは何も変わらない。
赤石は今日学校で起きたどうでもいい話を、楽しそうに藍染へ話し続けていた。
「それで先生がさ――」
「赤」
突然、藍染が遮った。
「ん?」
「お前さ」
藍染は前を向いたまま歩いている。
「俺のこと、信用してんの?」
赤石は一瞬だけ藍染を見る。
「……何、急に?」
「いや、なんとなく」
「してるけど」
即答だった。
あまりにも迷いがなかった。
藍染が横目で赤石を見る。
「へぇ」
「なんだよ、その反応」
「いや」
藍染は少しだけ笑った。
そして、冗談を言うような軽い口調で続けた。
「赤」
「俺はお前も平気で裏切るぞ(笑)」
赤石は足を止めた。
藍染も数歩進んだところで振り返る。
「なんだよ」
赤石は藍染の顔を見つめた。
そして――
笑った。
「あぁ、構わねぇよ」
今度は藍染が黙る。
「俺はお前を信じてるから」
「……」
「俺はお前に裏切られても恨みもしねぇし、嫌いにもならねぇよ」
藍染の表情からほんの一瞬だけ笑みが消えた。
赤石は続ける。
「信じるって、そういうことだろ」
「裏切らないから信じるとか、何かしてくれるから信じるとか、そういうんじゃなくてさ」
赤石は少し照れくさそうに頭をかいた。
「何があっても最後まで信じる」
「真の友って、俺はそういうことだと思ってる」
「……」
藍染は何も言わなかった。
赤石が首をかしげる。
「なんだよ?」
「……いや」
藍染は再び前を向いた。
「お前、やっぱバカだなと思って」
「はぁ!?」
「普通、裏切るって言ってる奴を信用するか?」
「お前だからな」
「それがバカだっつってんだよ」
「うるせぇ!」
また二人は歩き始めた。
赤石はすぐに別の話を始めた。
さっきまでの会話などもう気にしていないようだった。
だが――
藍染は違った。
(何があっても、か)
赤石には見えないように、藍染はわずかに目を細めた。
この男は昔からそうだった。
自分の家庭のことを知っても態度を変えなかった。
父親が死刑囚だと知っても。
母親を失ったことを知っても。
貧乏だとからかわれても。
赤石だけは何一つ変わらなかった。
同情するわけでもない。
腫れ物に触るように接するわけでもない。
ただ当たり前のように隣にいた。
それが藍染にとって、どれほど特別なことなのか。
赤石は知らない。
「そういや藍」
「ん?」
「今日バイト何時まで?」
「九時」
「じゃあ終わったらなんか食いに行こうぜ」
「金ねぇよ」
「今日は俺が奢る」
「嫌だ」
「なんでだよ!」
「借り作りたくねぇ」
「俺相手にまで?」
藍染は少し黙った。
「……特にお前にはな」
「意味わかんねぇ」
赤石は笑った。
二人はいつもの分かれ道へ着いた。
ここから赤石は家へ。
藍染はバイト先へ。
「じゃあな、藍!」
赤石が手を上げる。
「あぁ」
「明日も一緒に行こうぜ!」
「毎日一緒だろ」
「だから明日もだよ!」
藍染は呆れたように笑った。
「分かったよ」
赤石は満足そうに背を向ける。
その背中が少しずつ遠ざかっていく。
藍染はその場に立ったまま、しばらく赤石を見ていた。
「……赤」
誰にも聞こえない声で呟く。
そして、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。
「だから言ったからな」
俺はお前も、平気で裏切る。
それでも赤石燈也は――
藍染燈也を信じると言った。
この日の何気ない会話を、
いつか二人がもう一度思い出すことになるなど、
この時はまだ、どちらも知らなかった。




