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第四十三話「残された場所」

翌朝。


藍染燈也の捜索は夜を徹して続けられていた。


川の下流。


河川敷。


周辺の橋。


捜索範囲は時間とともに広がっていた。



それでも藍染は見つからなかった。



《藍染燈也氏 依然として行方不明》


《銃撃から一夜 捜索続く》


《抗ウイルス試薬A 研究所から消失》



そして世界では感染者数が今も増え続けている。



救世主は消えた。


試薬も消えた。


それでもウイルスだけは止まらない。


止まる理由がないのだから。



――――――――――


赤石は藍染の私設研究所に訪れていた。


昨日まで世界中の人間が押し寄せていたその場所には、今も警察車両や報道陣が集まっていた。


時折、救助隊の無線だけが聞こえてくる。


誰もがまだ、藍染が見つかるという知らせを待っていた。


それが生存の知らせなのか。


それとも。


別の知らせになるのか。


誰にも分からないまま。


規制線の手前まで進んだ時、自分が周りを見えていないことに気付いた。


「関係者の方ですか?」


警察官が尋ねる。


「赤石燈也です。藍染とウイルスの共同解析をしていました」


「今後のためにも彼の研究室を確認させてください」


下を俯きながら低い声で答える。


警察官が確認を取る。


二分くらいだろうか。


赤石は右手の拳を強く握っていた。


たった二分が、とてつもなく長く虚しい時間に感じられた。


「確認が取れました」


「どうも」


警察官が規制線の内側へ通した。


赤石は、自然と研究所の裏手へ回り川を見つめた。


「…………」



昨日あそこに藍染が落ちた。



何度ニュース映像を見ても何度思い返してもその瞬間だけは現実として受け入れられなかった。



赤石は研究所へ視線を戻す。



場所は知っていた。



いや、正確には知ろうと思えばいつでも来られた。



藍染の研究所の場所はすでに公になっていた。


世界中の人間がここを知っていた。



なのに。



「……俺は」



赤石が俯く。



「俺はなんでもっと早くここに来なかった……」



声が震えた。



「場所は分かってたのに……」



藍染が一人でここにいることも知っていた。



何度も連絡を取った。


一緒にデータも見た。


六年ぶりに、ようやく隣に戻れたと思っていた。



だから安心してしまった。



あいつなら大丈夫だと。



「俺がここに来てれば……」



拳を握る。



「昨日だって……」



言葉が詰まる。



「あぁなる前に俺がここに来ていたら……」



あの瞬間、藍染の隣にいたら。



「……あの銃撃だって」


「止められたかもしれねぇのに……」



視界が滲んだ。



赤石は袖で目元を拭う。



だが、涙は止まらなかった。



「……何やってんだよ、俺」



六年前、藍染が突然消えた時、必死に探した。



大学にも行った。


家にも行った。


何度も連絡した。



どこにいるのか分からなかった。



だから見つけられなかった。



でも今回は違う。



藍染がどこにいるのか知っていた。



それなのに自分は行かなかった。



「…………」



赤石が研究所を見上げる。



その時、何の脈絡もなく一つの光景が頭に浮かんだ。



唐揚げ定食。



向かいの席には藍染がいる。



湯気の立つ味噌汁。


山盛りのご飯。


皿に盛られた唐揚げ。



世界の命なんて背負っていない。


救世主でもない、ただの藍染燈也。



くだらない話をしながら二人で飯を食っていた。



あの時はそんな時間がなくなるなんて考えもしなかった。



またいつか普通に会って、普通にくだらない話をして。



もう一度くらい一緒に飯を食えると思っていた。



「……藍」



赤石の頬を涙が伝った。



世界にとって藍染燈也は救世主だった。



人類を何度も救った天才。



世界中の人間が藍染を失ったことに絶望している。



でも、赤石にとっては違った。



救世主になるより。


天才と呼ばれるより。


ずっと前から藍染燈也は、ただの親友だった。



「……バカ野郎」



赤石は目元を拭った。



そして研究所へ向かって歩き出した。



――――――――――



研究所の中には、昨日の混乱が残っていた。



警察による現場確認が続く中、赤石は廊下を進み一つの部屋の前で足を止めた。


そこは藍染が使っていた研究室。



扉の向こうを見る。



「…………」



複数のモニター。


机。


椅子。


シュレッダー。



そして異様なほど綺麗に整理された棚と資料の束。


赤石はしばらく入口に立ったまま動かなかった。



やがて、ゆっくりと中へ入り机に近づく。



何気なく手を置いた。



「……何やってたんだよ、藍」



返事はない。



当然だった。



赤石は椅子を見る。



少し前まで電話の向こうから聞こえていた声。



『……赤、やるね』



『クックック』



頭の中で蘇る。



赤石は目を閉じた。



「……まだ」


「追いついてねぇんだよ」



高校を卒業した日。



『お互いレベルアップしてまた一緒にな!』



あの日、藍染に向かって笑いながら言った。



ここまで六年かかった。



やっと、また同じものを見られるところまで来た。


やっと、高校時代の当たり前だった隣に戻れた。


そんな気がしてた。


それなのに。


「なんでこんなことに」


「また俺の前から居なくなるのかよ……」



静かな研究室に赤石の声だけが響いた。



しばらくして目を開ける。


赤石は、一瞬でも気を緩めればまた流れてしまいそうな涙を、必死に堪えていた。




机。


モニター。


残された資料。


シュレッダー。


薬瓶の棚。


そして。


誰も座っていない椅子。



赤石はそれらをゆっくりと見渡した。



ここは藍染燈也が最後までいた場所。



そして。


六年間。


自分が追いかけ続けた男が何をしていたのか。


その痕跡が残された場所だった。

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