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第三十七話 一億人

翌朝。


世界累計感染者数。


《1,347,016》


100万人を超えてからも。


数字は止まらなかった。


《1,582,441》


《1,903,782》


《2,316,095》


更新するたび数十万という人間が増えていく。


赤石はモニターの前から動けずにいた。


「……昨日まで1000人だったんだぞ」


同僚が呟く。


赤石は答えない。


画面には世界地図。


赤い点は、もう点ではなかった。


各国を覆うように広がっている。


日本。


アメリカ。


中国。


インド。


フランス。


ドイツ。


イギリス。


ブラジル。


オーストラリア。


国は関係ない。


地域も関係ない。


世界中で同じことが起きていた。


《2,781,306》


「また増えた……」


同僚が呟く。


数分後。


《3,104,728》


赤石が時計を見る。


「昨日より速い」


「……あぁ」


「まだ上がってる」


増えているのは感染者数だけではない。


その速度。


一時間あたりの新規発症者数が、時間を追うごとに大きくなっていた。


昨日1001人目が確認された時。


世界は一人の感染者に注目していた。


今は一人が増えたことなど誰にも分からない。


――――――――――


午前九時。


《5,816,209》


午前十一時。


《9,274,601》


そして。


午前十一時四十二分。


《10,000,000突破》


世界累計感染者数。


1000万人。


ニュース番組では、アナウンサーが繰り返し同じ言葉を伝えていた。


『外出を控えてください』


『各国政府からの情報を確認してください』


『感染者との接触を避け――』


だがその言葉に意味があるのか誰にも分からなかった。


感染者同士の明確な接触が確認できない。


発症地域にも規則性がない。


世界各地で突然、人が発症している何から逃げればいいのか。


どこへ逃げればいいのか。


それすら分からない。


――――――――――


午後。


《14,682,311》


《19,407,582》


《26,118,903》


数字の桁が増えていく。


病院には人が押し寄せていた。


発熱した者。


少し体調が悪いだけの者。


家族が発症した者。


自分も感染しているのではないかと怯える者。


救急車が足りない。


病床が足りない。


医師が足りない。


薬が足りない。


世界各地で。


医療が限界を迎え始めていた。


ニュースでは感染者数と同時に。


一つの名前が繰り返されるようになっていた。


『これまで抗ウイルス剤の開発を主導してきた藍染燈也氏は――』


『藍染氏の研究チームでは現在――』


『新たな治療法について藍染氏からの発表は――』


『世界各国が藍染氏との連携を――』


藍染燈也。


感染者が増えるほど。


その名前が呼ばれる回数も増えていった。


これまで何度も人類が危機に陥るたび最後に答えを出した男。


人々は、また同じ男に答えを求め始めていた。


――――――――――


夕方。


《38,728,419》


赤石はスマートフォンを手に取った。


藍染の名前を開く。


電話をかける。


呼び出し音。


一回。


二回。


三回。


出ない。


「……」


赤石は電話を切った。


少しして短いメッセージを送る。


『藍、大丈夫か?』


既読はつかない。


「藍染?」


同僚が聞く。


「あぁ」


「出ない?」


「出ねぇ」


「大丈夫なのか?」


赤石はスマートフォンを机に置く。


「まぁ、そりゃそうか」


「え?」


赤石がモニターを見る。


《40,106,773》


「4000万人だぞ」


「今あいつが暇なわけねぇだろ」


「……確かに」


赤石は少し笑った。


「むしろ最近、連絡取れてた方か」


大学時代。


研究に没頭していた藍染は元々、簡単に捕まるような男ではなかった。


まして今は世界中が藍染を必要としている。


「今頃また、一人で何かやってんだろ」


赤石はスマートフォンから手を離した。


そこに疑いはなかった。


ただ藍染ならまた何とかする。


そう思っていた。


――――――――――


夜。


《51,903,286》


5000万人。


《59,112,804》


《67,805,331》


《74,661,920》


数字は止まらない。


一時間ごとに一つの都市が消えるような人数が増えていく。


テレビには世界各地の映像が流れていた。


病院の外まで続く人の列。


道路を埋める救急車。


閉鎖される学校。


営業を停止する店。


緊急会見を開く政府。


泣きながら家族の名前を呼ぶ人々。


誰も明日の世界がどうなっているのか分からない。


そして、日付が変わった。


1001人目が確認されてから。


二日目。


《81,308,552》


八千万人。


《87,462,118》


《92,770,401》


九千万人。


世界中のニュースが。


同じ数字を映していた。


《95,118,306》


《97,403,882》


《98,719,501》


《99,306,744》


赤石も。


研究者も。


医師も。


政府も。


一般市民も。


ただ増え続ける数字を見ていた。


そして。


《99,981,204》


更新。


《100,000,000》


一億。


世界から音が消えたようだった。


一億人。


わずか二日。


世界人口の巨大な一部が。


原因すら分からないまま発症した。


一つの国が丸ごと消えてもおかしくない人数。


それがたった二日で生まれた。


――――――――――


ニュースキャスターが震える声で伝える。


『世界累計感染者数が……』


一度、言葉に詰まる。


『一億人を超えました』


その数字はこれまでの感染とは意味が違った。


感染症の問題ではない。


国家が崩れる。


経済が止まる。


社会そのものが維持できなくなる。


そんな規模だった。


そして世界中で。


同じ言葉が飛び交い始めた。


《藍染燈也はどこにいる》


《藍染なら薬を作れる》


《早く藍染を》


《藍染を出してくれ》


《また世界を救ってくれ》


SNS。


ニュース。


政府関係者。


医療関係者。


感染者の家族。


誰もが。


一人の男を求めていた。


救世主。


藍染燈也。


――――――――――


深夜。


私設研究所。


外の世界とは違い、室内は静かだった。


そこにいるのは藍染一人だけ。


机の上には大量の資料。


複数のモニター。


世界中から送られてきた発症データ。


そして。


《世界累計感染者数 100,000,000突破》


藍染はその数字を無言で見ていた。


スマートフォンの画面には、いくつもの着信。


研究機関。


政府関係者。


報道。


そして。


赤石燈也。


藍染はスマートフォンを伏せた。


再びモニターへ視線を戻す。


一億人。


世界中が、藍染燈也を求めていた。


しばらくして。


藍染は静かに席を立った。


研究室の窓際へ歩いていく。


カーテンを少し開ける。


窓の向こうには夜の街。


そして研究所の裏手には。


一本の川が流れていた。


藍染は何も言わない。


ただ静かに、流れていく川を見つめていた。


数秒。


やがてカーテンを閉じる。


藍染は研究室の奥へ向かう。


扉を開け、その先へ入る。


誰もいない研究所。


誰にも見られることのない場所で。


藍染は一人。


次の段階へ進もうとしていた。

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