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第三十六話 千一人目

四日目。


朝。


赤石は出社すると、いつものようにモニターを確認した。


《世界累計感染者数 1000》


変わっていない。


「今日も1000か」


同僚が横から画面を覗く。


「あぁ」


「もう三日以上だろ?」


「そうだな」


「さすがに終わったんじゃねぇの?」


「……かもな」


そう答えながらも、赤石は画面を閉じなかった。


1000。


何度見ても、不自然なほど綺麗な数字だった。


だが藍染の言う通り。


確認された感染者が1000人だからといって、本当に感染している人間が1000人とは限らない。


赤石自身、それを否定する材料を持っていなかった。


「……考えすぎか」


椅子にもたれ、息を吐く。


三日間、新たな発症者はいない。


世界にも少しずつ日常が戻り始めていた。


ニュースから感染症を扱う時間が減り街を歩く人間も増え。


SNSでも別の話題が目立つようになっていた。


1000人。


その数字は動かない。


誰もが少しずつ。


今回も終わったのだと思い始めていた。


その時。


ピッ。


モニターから小さな通知音が鳴った。


赤石が画面を見る。


《新規発症者確認》


「……」


表示された国はスペイン。


一名。


赤石が身体を起こす。


世界累計感染者数。


《1001》


「……出た」


「え?」


「1001人目」


同僚が赤石のモニターを見る。


「マジか……」


三日間。


一度も動かなかった数字。


それが。


たった一つだけ動いた。


1000。


から。


1001。


赤石は画面を見つめる。


「……なんで今なんだよ」


――――――――――


その一時間後。


《世界累計感染者数 1003》


さらに二時間後。


《1007》


夕方。


《1016》


増えている。


だが。


昨夜まで世界が恐れていたような爆発的な増加ではなかった。


一人。


二人。


数人。


世界各地で散発的に新たな発症者が確認されていく。


ニュースでは再び感染症がトップで扱われ始めた。


『三日以上にわたり1000人で停止していた感染者数ですが、本日、新たな発症者が確認されました』


『現在の累計確認数は1016人です』


『専門家は、再拡大の可能性も含め警戒が必要だとしています』


画面の数字を見ながら。


人々は再び不安を感じ始めていた。


だが。


まだ16人。


そう考える者も多かった。


三日間でゼロ。


そして一日で16人。


以前の爆発的な発生と比べれば、決して多くはない。


この時点では、まだ。


――――――――――


夜。


《1031》


赤石はモニターを見ていた。


「増えてんな」


同僚が呟く。


「あぁ」


「でも一日で31人だろ?」


「……」


「前みたいな増え方じゃない」


赤石は答えない。


数字そのものではなく。


増え方を見ていた。


1001。


1003。


1007。


1016。


1031。


「……待て」


赤石がキーボードを叩く。


時間ごとの新規発症者数をグラフにする。


同僚が画面を覗き込む。


「何?」


「数じゃねぇ」


「は?」


「増える速さだよ」


最初の一人から1003人まで。


一時間。


1003から1007。


二時間。


そこから1016。


そして1031。


単純な一定速度ではない。


まだデータは少ない。


偶然と言われれば、それまでだった。


だが。


「……少しずつ上がってる」


赤石が呟く。


「何が?」


「発症する人数だよ」


同僚の表情が変わる。


「まさか」


「分かんねぇ」


赤石はすぐに否定する。


「まだ分かんねぇけど」


モニターの数字が更新された。


《1044》


二人が黙る。


「……13人」


わずかな時間で。


また増えた。


――――――――――


深夜。


世界各国から新規発症の報告が続いていた。


《1072》


《1118》


《1206》


《1341》


数字が更新される間隔が短くなっていく。


ニュース速報も止まらない。


『アメリカで新たに――』


『イタリアでは――』


『日本国内でも――』


『インド政府は――』


世界地図に。


再び赤い点が増え始める。


しかも今回も。


一つの地域から広がっているわけではない。


アジア。


ヨーロッパ。


北米。


南米。


アフリカ。


オセアニア。


世界中で。


ほぼ同時に増えていた。


――――――――――


翌朝。


赤石はほとんど眠らないまま会社に残っていた。


《世界累計感染者数 3827》


「……」


同僚が言葉を失う。


昨日の朝。


1000人だった。


夕方でも1016人。


それが一晩で。


3827人。


「赤石……」


「あぁ」


赤石はグラフを見ていた。


もう。


偶然では済ませられない。


増えている。


感染者だけではない。


増加する速度そのものが。


「これ……」


同僚が呟く。


「このまま上がったらどうなる?」


赤石は答えなかった。


計算する必要すらなかった。


グラフの傾きが。


時間を追うごとに急になっている。


その時。


数字が更新される。


《4012》


数分後。


《4287》


さらに。


《4671》


「おい……」


同僚がモニターを見る。


《5038》


赤石が立ち上がった。


「各国の発症データ全部集めろ」


「分かった」


「時間単位じゃ遅い」


「分単位で更新する」


「分単位?」


「あぁ」


赤石は画面を睨む。


「これまでと違う」


――――――――――


世界中の研究機関でも、同じ異変に気付き始めていた。


感染者数。


一万人。


二万人。


五万人。


増加速度は落ちない。


むしろ。


上がり続けていた。


十万人。


ニュース番組から通常放送が消えていく。


二十万人。


各国政府が緊急会見を開く。


五十万人。


病院への問い合わせが殺到する。


そして。


1001人目が確認されてから、まだ一日も経っていない。


《世界累計感染者数 100万人突破》


赤石はその数字を見つめていた。


昨日まで。


三日間。


世界は1000人で止まっていた。


それが今。


100万人。


「……なんだよ、これ」


同僚の声が震えていた。


赤石は答えない。


1000人で止まった時。


何者かが人数を決めているのではないか。


そう考えた。


だが藍染の言葉を聞き。


自分が1000という数字に意味を感じているだけなのかもしれないとも思った。


しかし。


三日間止まっていた数字が突然動き出し、今度は加速し続けている。


100万人。


その数字さえ、数分後には過去のものになった。


《1,083,721》


《1,192,408》


《1,347,016》


赤石は無意識に拳を握る。


「……止まらねぇ」


1000人で止まった世界。


そして今。


その世界は。


止まり方を忘れたように。


増え続けていた。

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