↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/50

第二十五話「千人」

《感染者――1000人を突破》


その数字は世界から一瞬で余裕を奪った。


これまでとは違う。


一人。


数人。


そんな規模ではない。


千人。


しかも――


ほぼ同時だった。


アメリカ。


日本。


中国。


フランス。


イギリス。


ブラジル。


インド。


オーストラリア。


国境も。


人種も。


年齢も関係なく。


世界各地で感染者が確認されていた。


『現在、各国政府が感染経路の特定を急いでいます』


『しかし、感染者同士に明確な接触は確認されていません』


『感染者数は今後さらに増加する可能性があります』


テレビから流れる言葉に以前まであった安心は消えていた。


世界はようやく気付いた。


藍染燈也が薬を作れることと。


感染そのものを止められることは――


別なのだと。


―――


赤石はモニターに表示された世界地図を見つめていた。


感染が確認された地域には、


赤い点が表示されている。


北米。


南米。


ヨーロッパ。


アジア。


オセアニア。


赤い点は世界中に散らばっていた。


「……おかしい」


何度見ても。


おかしい。


感染症なら広がり方がある。


最初の感染者がいて。


そこから人へ。


さらに人へ。


時間と移動によって、


感染地域が拡大していく。


だが。


今回には――


それがない。


「なんで……」


赤石は、感染が確認された時刻を並べた。


ドイツ。


アメリカ。


日本。


ブラジル。


イギリス。


そして。


世界各地。


「……繋がってねぇ」


移動では説明できない。


接触でも説明できない。


偶然などもっとあり得ない。


世界の反対側で、ほぼ同じ時間に同じウイルスへ感染している。


赤石は椅子から立ち上がった。


「これ……」


その瞬間。


頭の中に一つの可能性が浮かぶ。


だが。


すぐに消した。


「……いや」


あり得ない。


もしそうなら。


これは感染ではない。


誰かが――


ばら撒いている。


「……」


研究室が急に静かになったように感じた。


赤石はもう一度世界地図を見る。


千を超える赤い点。


もし、これが自然発生ではないのなら。


誰かが。


意図的に。


世界中で。


同時に。


「そんなこと……」


できる人間がいるのか?


赤石はそこで思考を止めた。


いや。


違う。


考えるべきなのは誰ができるかではない。


誰なら。


このウイルスを――


持っているのか。


「……」


赤石の頭に一人の男が浮かんだ。


すぐに首を振る。


「やめろ」


声に出した。


「それ以上は……違う」


親友だからではない。


証拠がない。


ただそれだけだ。


疑うなら証拠が必要だ。


赤石は再びモニターへ向き直った。


――――――――――


一方。


世界では別の問題が起き始めていた。


薬が――


足りない。


『現在、抗ウイルス剤の生産を急いでいますが、感染者全員へ即時投与できる量は確保されていません』


その発表を境に、世界中から問い合わせが殺到した。


『娘を助けてください!』


『金なら払います!』


『父が感染しました!』


『何でもします!』


『薬をください!』


以前とは違う。


もう、将来への保険ではない。


目の前で。


家族が。


友人が。


恋人が。


死ぬかもしれない。


一本の薬が、本当に一人の命を左右するものになった。


そして。


そこへ。


当然のように――


金が入り込んだ。


――――――――――


「一億出す!」


「こっちは三億だ!」


「五億!」


「十億出す!」


「娘を最優先にしてくれ!」


「二十億払う!」


「頼む!一本だけでいい!」


世界中の富裕層。


企業経営者。


投資家。


政治家。


王族。


権力を持つ者たちから次々と申し出が届いた。


金額はもはや常識を失っていた。


一本。


五十億。


百億。


それでも欲しい。


命が買えるなら安い。


そんな言葉すら飛び交い始めていた。


だが、藍染の回答は変わらなかった。


『売りません』


一律、誰であろうと。


どれだけ金を積もうと答えは同じだった。


薬は医療機関を通じて。


必要性の高い患者から順番に投与する。


金で順番は変えない。


その姿勢に。


世界は再び藍染を称賛した。


『100億でも動かなかった』


『本物だ』


『こんな人間いるのかよ』


『藍染がいてくれて本当に良かった』


しかし、当事者たちは違った。


自分の家族が。


薬を待っている。


目の前で苦しんでいる。


金ならある。


それなのに、買えない。


そして、人間は、金で手に入らないものほど――


欲しくなる。


――――――――――


ある男が藍染の研究施設を訪れた。


世界でも有数の資産家だった。


「藍染さん」


応接室。


男は藍染の正面へ座っていた。


「私の息子が感染しました」


藍染は黙って話を聞いている。


「まだ十九歳です」


「……そうですか」


「お願いします」


男は頭を下げた。


「薬を一本、譲ってください」


「それはできません」


即答だった。


男が顔を上げる。


「……金なら払います」


「金額の問題ではありません」


「百億」


藍染は何も言わない。


「二百億」


「……」


「五百億でもいい」


それでも、藍染の表情は変わらなかった。


「息子さんより先に薬を必要としている人がいます」


「……」


「順番を変えることはできません」


男の拳が震えた。


「私の息子だぞ」


藍染は静かに男を見る。


「はい」


「私が今まで、どれだけ――」


男は、言葉を止めた。


藍染は穏やかな声で言った。


「あなたの息子さんも」


「他の患者さんも」


「同じ命です」


「……っ」


男は何も言えなかった。


やがて。


立ち上がる。


「……後悔するぞ」


藍染はその言葉にも反応しなかった。


男が部屋を出ていく。


扉が閉まる。


静寂。


藍染は一人になった。


机の上には男が置いていった資料。


資産。


企業。


保有株式。


数字だけなら。


普通の人間が想像すらできないほどの富。


藍染はそれを眺めた。


そして。


小さく呟いた。


「……五百億か」


その声に、驚きも喜びもなかった。


ただ、何かを確認するように数字だけを見ていた。


――――――――――


その頃。


赤石は感染者のデータを調べ続けていた。


発生地点。


時刻。


年齢。


職業。


生活圏。


移動履歴。


共通点を探す。


だが、何もない。


何時間経っても。


何も見つからない。


「クソ……」


赤石は目を擦った。


その時だった。


一つのデータが目に入った。


「……ん?」


感染者の一人。


日本。


三十四歳。


男性。


赤石はその人物の記録を開く。


発症時刻。


行動履歴。


そして、検査結果。


何かがおかしい。


「待てよ……」


別の感染者を開く。


アメリカ。


四十二歳。


女性。


さらに。


フランス。


二十八歳。


男性。


比較する。


赤石の表情が徐々に変わっていく。


「……なんだ、これ」


三人とも。


発症した時間は違う。


住んでいる国も違う。


当然。


接触もない。


だが、感染後のウイルス量の推移が――


ほとんど同じだった。


「……」


偶然?


いや。


千人いる。


赤石は、さらにデータを開いた。


十人。


二十人。


五十人。


調べる。


そして背中に。


冷たいものが走った。


「……同じだ」


自然感染なら。


個人差が出る。


免疫。


年齢。


体質。


感染量。


発症までの時間。


まったく同じになるはずがない。


なのに、異常なほど揃っている。


まるで――


最初から同じ条件で感染させられたように。


「……」


赤石は画面を見つめた。


そして無意識に呟いていた。


「これ……感染じゃねぇ」


誰もいない研究室。


赤石の声だけが響く。


「投与……されてる?」


言った瞬間。


自分の言葉に赤石自身が固まった。


もし、そうなら自然発生ではない。


事故でもない。


これは――


誰かが起こしている。


赤石はゆっくりと椅子にもたれた。


心臓が嫌な音を立てていた。


その時。


スマートフォンが震えた。


画面を見る。


《藍染燈也》


「……!」


赤石の動きが止まる。


こんな時に。


藍染から。


電話。


数秒。


赤石は画面を見つめた。


そして通話ボタンを押した。


「……もしもし」


『赤』


いつもの声だった。


何年も。


何度も聞いてきた。


親友の声。


『今、時間あるか?』


「……あるけど」


『久しぶりに飯でも食わね?』


「……」


赤石は目の前のモニターを見る。


《同一条件による感染の可能性》


そしてスマートフォンを握り直した。


「……いいぞ」


『じゃあ、いつものところで』


「分かった」


電話が切れる。


赤石はしばらく動かなかった。


藍染からの何でもない誘い。


昔なら何も考えずに向かった。


だが今は違う。


赤石はモニターを閉じた。


「……藍」


親友を疑いたくない。


それでも。


確かめなければならない。


赤石は立ち上がった。


その夜。


二人の燈也は――


久しぶりに。


二人きりで向かい合うことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。