第二十二話「救世主の価値」
『出来るかどうかじゃない』
『やるしかないですから』
藍染のその言葉は、瞬く間に世界中へ広がった。
ニュース。
SNS。
動画サイト。
新聞。
あらゆる場所で藍染燈也という名前が飛び交っていた。
『また藍染ならやってくれる』
『一度世界を救った男だぞ』
『頼む』
『もうこの人しかいない』
『藍染を全力で支援しろ』
期待。
希望。
そして――
祈り。
世界中の人間が、
たった一人の男に自分たちの未来を預け始めていた。
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だが、
現実はそんなに簡単ではなかった。
世界各国の研究機関には新たなゾンビウイルスの検体が送られていた。
研究者たちは昼夜を問わず解析を続けた。
「ダメだ」
「前回と構造が違う」
「既存の抗ウイルス剤を調整するだけじゃ無理だ」
「この変異はなんなんだ……」
「そもそも、これを自然変異と呼んでいいのか?」
世界最高峰の研究者たちが答えを出せない。
一日。
二日。
三日。
時間だけが過ぎていった。
感染者は――
増えない。
六人。
メキシコ。
韓国。
フランス。
オーストラリア。
あの日から一人も増えていなかった。
それがかえって不気味だった。
世界中が次に何が起きるのか分からないまま静かに怯えていた。
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赤石も会社に泊まり込んでいた。
モニターには世界中から集められたデータ。
感染経路。
発症時刻。
感染者の年齢。
性別。
生活圏。
移動履歴。
あらゆる情報をAIを使い解析させる。
だが。
「……ダメだ」
共通点がない。
メキシコと韓国。
フランスとオーストラリア。
地理的にも離れている。
感染者同士に接触歴もない。
同じ場所を訪れた記録もない。
それなのに。
発症する。
「感染経路が存在しない……?」
赤石は眉をひそめる。
そんなわけがない。
ウイルスならどこかから入っている。
人。
物。
動物。
空気。
水。
何かがあるはずだ。
なのに。
何も見つからない。
「……まるで」
赤石の指が止まる。
「最初から感染してたみたいじゃねぇか」
自分で言って。
その言葉に赤石自身が違和感を覚えた。
最初から?
そんなはずはない。
だが――
もし。
感染した瞬間と発症した瞬間が、
まったく別だったら?
「……潜伏期間?」
赤石はすぐにAIへ条件を入力する。
一週間。
一ヶ月。
三ヶ月。
半年。
範囲を広げて感染者たちの行動履歴を再解析する。
それでも。
共通点は出ない。
「クソ……!」
赤石は椅子にもたれた。
何も分からない。
世界中の研究者も。
自分も。
そして――
藍染は?
赤石はスマートフォンを見る。
返事はない。
「……今頃、寝ないで研究してんだろうな」
昔からそうだった。
何かに集中すると周りが見えなくなる。
高校時代も。
勉強している時の藍染は声をかけても気付かないことがあった。
「身体壊すなよ」
赤石は小さく呟いた。
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四日目。
進展なし。
五日目。
進展なし。
世界中の研究者から有効な治療法は発表されなかった。
そして。
六日目の朝。
赤石は会社のデスクで眠っていた。
机に突っ伏したままいつの間にか眠ってしまったらしい。
「……ん」
周囲が騒がしい。
「マジかよ!」
「早すぎるだろ!」
「速報出てる!」
赤石がゆっくり顔を上げる。
「……何?」
同僚の一人が赤石を見る。
「お前知らないのか!?」
「何が」
「藍染だよ!」
その名前を聞いた瞬間。
赤石の眠気が消えた。
「藍がどうした?」
同僚がモニターを指差した。
そこには。
大きな文字が表示されていた。
《速報》
《藍染燈也氏、新たな抗ウイルス剤の生成に成功》
「…………」
赤石は画面を見つめた。
「……は?」
まだ。
六日だ。
世界中の研究者が何も掴めていない。
前回とは別のウイルス。
既存の薬も効かない。
それを。
「六日……?」
赤石は無意識に呟いた。
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そのニュースは、瞬く間に世界中へ広がった。
『速報です!』
『藍染燈也さんが、新たなゾンビウイルスに対する抗ウイルス剤の生成に成功したと発表しました!』
『現在、最終的な検証が行われているとのことです!』
世界が沸いた。
SNSは藍染の名前で埋め尽くされた。
『きたあああああ!!』
『救世主!!!』
『やっぱり藍染だった』
『天才とかいうレベルじゃない』
『世界中が無理なのに一週間かかってないぞ』
『この人何者なんだよ』
『もう藍染に研究所じゃなく国作ってやれ』
赤石はその文字を眺めていた。
嬉しい。
当然だ。
親友が。
また世界を救おうとしている。
それなのに――
「……速すぎねぇか?」
その言葉が口から出た。
前回も速かった。
異常なほどに。
そして。
今回も。
世界中の研究者が、
ウイルスの正体すら掴めていない中。
藍染だけが。
答えに辿り着いた。
「……」
赤石はモニターを見る。
そこには数日前の藍染の会見が映っていた。
『まだ断定はできません』
『恐らく、前回とはまた別のゾンビウイルスだと思います』
そして。
『また最初から調べ直す必要があります』
最初から。
そのはずだった。
「……六日で?」
赤石の中にほんの一瞬、あの疑念が戻ってきた。
藍染は。
どこまで知っている?
「……」
だが。
すぐに首を振った。
「何考えてんだ、俺」
前にも同じことをした。
疑って。
その結果。
藍染は世界を救った。
それに。
自分は知っている。
あいつが、どれだけ頭のいい人間なのか。
高校時代から。
一度見たものは忘れない。
教えられる前に答えへ辿り着く。
そんな人間だった。
「……天才って便利な言葉だな」
赤石は少し笑った。
自分が理解できないことを全部それで片付けられる。
でも藍染なら。
本当にやってしまうのかもしれない。
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その日の午後。
藍染が再び記者の前に姿を現した。
フラッシュが一斉に焚かれる。
『藍染さん!』
『本当に新しい抗ウイルス剤は完成したのでしょうか!?』
藍染は落ち着いた表情で答えた。
『一応、形にはなりました』
『一応!?』
『まだちゃんと試せていませんから』
藍染は笑った。
『それに、前回みたいに大量発生するかも分からない』
『今いる六人の感染者に有効なのかも、これから確認するところです』
記者が尋ねる。
『ですが、わずか六日ですよ!?』
『世界中の研究機関が答えを出せていない中、なぜ藍染さんだけが?』
藍染は少し考える。
そして。
『前回の経験があったからだと思います』
『経験?』
『はい』
『まったく同じウイルスではありません』
『でも、一度似たものと向き合っている』
『ゼロからではなかった』
藍染は少し笑った。
『それだけですよ』
それだけ。
世界中の研究者たちが聞けば到底それだけでは済まない話だ。
だが。
人々はもう疑わなかった。
藍染燈也だから。
その一言だけで納得できるほどに。
彼はすでに世界の救世主になっていた。
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そして。
ニュースが流れてからわずか数時間。
藍染のもとには世界中から連絡が殺到していた。
政府。
研究機関。
製薬会社。
財団。
大企業。
著名人。
資産家。
表向きはどれも同じだった。
『研究を支援したい』
『量産に協力したい』
『世界を救うために力を貸したい』
だが。
その中には。
少し違う連絡も混ざり始めていた。
『個人的に薬を確保することは可能でしょうか』
『費用はいくらでもお支払いします』
『家族の分だけでも先に』
『正式な量産前に、一定数を譲っていただきたい』
そして。
一件。
桁の違う金額が提示された。
《一億円》
条件は――
新しい抗ウイルス剤を優先的に一本。
藍染はそのメッセージを見つめていた。
「……」
しばらくして。
画面を閉じる。
そして静かに椅子から立ち上がった。
その表情は――
誰にも見えなかった。
世界は命を救う薬の完成を喜んでいた。
だが。
同時に。
別のものも動き始めていた。
金。
誰よりも先に自分だけは助かりたい。
その欲望が。
ゆっくりと――
救世主のもとへ集まり始めていた。




