第二十一話「同じ足跡」
メキシコ――一人。
韓国――一人。
赤石はモニターに表示された二つの数字を見つめていた。
「……」
前回と同じ。
国も。
人数も。
そして――
順番まで。
偶然。
まだそう言える。
だが赤石の頭にはすでに次の国が浮かんでいた。
「フランス……」
前回。
韓国の次に感染者が確認された国。
人数は――
二人。
「来るなよ……」
赤石は誰に言うでもなく呟いた。
「これ以上、同じになるなよ」
もし。
次にフランスで二人。
その後、オーストラリアで二人。
そこまで同じことが起きたら――
もう偶然では片付けられない。
赤石は世界各国の感染情報を監視し続けた。
一時間。
二時間。
半日。
何も起きない。
翌日。
何も起きない。
二日目。
それでも新たな感染者は確認されなかった。
「……考えすぎだったか」
赤石は椅子にもたれた。
偶然だった。
そう思いたかった。
だが。
三日目。
午前十一時十二分。
モニターに一件の通知が表示された。
《フランス国内で原因不明の暴行事件》
「……」
赤石の目が止まる。
すぐに詳細を開く。
まだ、ゾンビウイルスとは書かれていない。
だがそこに記載されていた症状を見て赤石の表情が変わった。
異常な攻撃性。
意思疎通不能。
痛覚反応の低下。
「おい……」
椅子から立ち上がる。
更新。
まだ情報はない。
もう一度。
更新。
数分後。
記事の見出しが変わった。
《フランス政府、ゾンビウイルス感染の可能性を調査》
「……やめろ」
赤石は画面を睨みつける。
「一人であってくれ」
意味のない願いだった。
一人ならいいわけではない。
だが。
二人だったら。
前回とまた同じになる。
そして――
午後零時三十八分。
正式な発表が出た。
《フランスでゾンビウイルス感染者を確認》
赤石はその下に表示された数字を見ることができなかった。
見たくなかった。
だが。
ゆっくりと、視線を落とす。
確認された感染者――
二名。
「…………」
赤石は何も言わなかった。
言えなかった。
メキシコ。
一人。
韓国。
一人。
フランス。
二人。
完全に。
同じだった。
「……なんなんだよ」
赤石は机に手をついた。
「なんで同じなんだよ」
前回と同じ順番で。
前回と同じ人数が。
前回と同じウイルスに感染している。
それなのに。
前回の抗ウイルス剤だけが――
効かない。
「偶然じゃない……」
初めて。
赤石は、はっきりと口にした。
「これは絶対に偶然じゃない」
その日のニュースはフランスでの感染者発生を大きく報じた。
だが。
世間の反応はまだ赤石ほどではなかった。
『また感染者が出ました』
『怖いな』
『早く新しい薬を』
『藍染さんお願いします』
多くの人間にとって。
メキシコ。
韓国。
フランス。
その順番など、重要ではなかった。
ただ、感染者が出た。
それだけだった。
前回の細かな発生順序まで覚えている人間はそう多くない。
だが。
研究者たちは違った。
そして、赤石も違った。
「次……」
赤石は世界地図を見る。
視線がある国で止まる。
オーストラリア。
「次はここだ」
もし。
ここで――
二人。
そうなったら。
偶然という言葉はもう使えない。
その夜。
赤石はほとんど眠れなかった。
スマートフォンを握ったまま何度も感染情報を確認する。
藍染からの返事はまだない。
既読にもならない。
「藍……」
赤石はトーク画面を見つめた。
『俺に出来ることがあれば、今度こそ手伝うから連絡くれよ』
自分が送った言葉。
返事はない。
「また一人でやってんのか……?」
あいつなら。
きっと、もう動いている。
そう思うしかなかった。
翌朝。
何もない。
昼。
何もない。
夕方。
何もない。
「……」
赤石は少しだけ肩の力を抜いた。
外れた。
前回とは違う。
そう思った。
その瞬間だった。
スマートフォンが震える。
ニュース速報。
《オーストラリアでゾンビウイルス感染者を確認》
「…………」
赤石は画面を見たまま固まった。
開きたくない。
だが。
確認しなければならない。
指で通知を押す。
記事が開く。
感染者――
二名。
「……やっぱり」
赤石はゆっくり椅子に座った。
「同じだ」
メキシコ。
一人。
韓国。
一人。
フランス。
二人。
オーストラリア。
二人。
一度目と。
完全に同じ。
その事実は、すぐに世界中の研究者たちも気付き始めた。
ニュース番組では、
過去の感染記録と今回の感染記録が並べて表示された。
《第一波》
メキシコ 1名
韓国 1名
フランス 2名
オーストラリア 2名
《第二波》
メキシコ 1名
韓国 1名
フランス 2名
オーストラリア 2名
アナウンサーの声にも明らかな動揺があった。
『ご覧ください』
『偶然なのでしょうか』
『今回確認されている感染者の発生国と人数が、前回の初期段階と完全に一致しています』
専門家が答える。
『現時点で断定はできません』
『しかし、統計的に見ても非常に不自然です』
『さらに問題なのは――』
画面が切り替わる。
メキシコの感染者。
韓国。
フランス。
オーストラリア。
『今回の感染者全員に、以前の抗ウイルス剤が効いていません』
世界から再び安心が消えていった。
SNSの空気も変わる。
『待って、前回と全部同じじゃん』
『これまた大量発生するんじゃないの?』
『怖すぎる』
『薬効かないんでしょ?』
『また一万人出たらどうすんの』
『藍染さんは?』
『藍染どこ?』
『お願いだからまた助けて』
そして。
一つの言葉が再び世界中に溢れ始める。
――救世主。
人々は、藍染燈也を求めていた。
一度。
奇跡を起こした男。
ならば。
二度目も――
そう願うしかなかった。
だが。
藍染は姿を見せなかった。
一日。
二日。
三日。
ニュースにも出ない。
声明もない。
新しい抗ウイルス剤の情報もない。
世界中の研究者が新たなウイルスを調べ続けていた。
だが。
答えは出ない。
そして。
感染者も――
増えなかった。
メキシコ一人。
韓国一人。
フランス二人。
オーストラリア二人。
合計六人。
そこでまた止まった。
「……まただ」
赤石は感染者数のグラフを見つめる。
「また止まった」
前回と同じ。
まるで、次の何かを待つように。
世界が静かになる。
誰もが分かっていた。
これは終わった静けさではない。
何かが始まる前の――
静けさだ。
そんな中。
突然。
ニュース速報が流れた。
『速報です!』
『藍染燈也さんが、現在の状況について会見を行うことが分かりました!』
赤石が顔を上げる。
「藍!」
世界中が一斉にテレビを見る。
しばらくして。
画面が切り替わった。
そこには――
藍染燈也がいた。
以前と変わらない。
落ち着いた表情。
その姿を見ただけで。
世界中の人間が、
少しだけ安心した。
記者が尋ねる。
『藍染さん!』
『以前の抗ウイルス剤が効かないということですが、原因は分かっているのでしょうか!?』
藍染は静かに答えた。
『まだ断定はできません』
『ただ――』
一度。
言葉を止める。
世界中が、
その続きを待つ。
『恐らく』
『前回とはまた別のゾンビウイルスだと思います』
ざわめきが起こった。
記者がすぐに問い返す。
『別のウイルス!?』
『では、以前の治療法は使えないということでしょうか!?』
『そうですね』
藍染は頷いた。
『残念ですが』
『せっかく多くの研究者の方々に協力していただいて、量産の準備を進めていたんですが……』
一瞬。
藍染が申し訳なさそうに目を伏せる。
『また――』
顔を上げる。
『最初から調べ直す必要があります』
世界中が息を呑んだ。
また。
あの絶望から。
やり直し。
記者が震える声で尋ねた。
『藍染さん……』
『また、作れるのでしょうか』
藍染はすぐには答えなかった。
数秒。
沈黙する。
そして。
静かに答えた。
『分かりません』
世界から音が消えた。
『でも』
藍染はカメラをまっすぐ見た。
『やります』
『出来るかどうかじゃない』
『やるしかないですから』
その言葉に。
世界中が――
再び、一人の男へ希望を託した。




