第二十話「繰り返す悪夢」
『現在確認されている感染者は――一名です』
「……」
赤石はテレビの前から動けなかった。
メキシコ。
一人。
聞き覚えがあるなんてものではない。
すべての始まりとまったく同じだった。
「なんで……」
赤石は呟く。
「なんでまたメキシコなんだよ」
偶然。
その可能性はある。
世界には何十億という人間がいる。
同じ国で、再び一人の感染者が出た。
それだけならあり得ない話ではない。
だが――
赤石にはどうしても偶然とは思えなかった。
メキシコ。
一人。
その並びが、あまりにも同じだった。
---
ニュースではすぐに専門家たちの見解が報じられ始めた。
『現時点では、以前確認されたゾンビウイルスと同一のものかは分かっていません』
『感染者は一名のみです』
『すでに隔離されており、周囲への感染も確認されていません』
アナウンサーが続ける。
『そして何より、私たちには藍染燈也さんが開発した抗ウイルス剤があります』
その言葉に赤石はわずかに息を吐いた。
「……そうだよな」
前とは違う。
あの時は、
何もなかった。
治療法も。
薬も。
希望も。
だが今は違う。
抗ウイルス剤がある。
世界中の感染者を救った、あの薬が。
「ビビりすぎだな」
赤石は自分に言い聞かせるように笑った。
「一人ならすぐ終わるだろ」
そう。
一人だけなら。
薬を投与して、元に戻す。
それで終わりだ。
今度こそ――
本当に。
---
その日のうちに感染者への抗ウイルス剤の投与が決まった。
世界中がその結果を待った。
以前、約一万人を救った薬。
失敗するなど誰も考えていなかった。
SNSにも以前ほどの恐怖はない。
『また出たの怖いけど薬あるから大丈夫でしょ』
『藍染がいて良かった』
『今回は一人で止められる』
『もう前とは違う』
『治して終わり』
人々は、一度手にした安心を信じていた。
赤石も同じだった。
ただ――
胸の奥に残る、小さな違和感だけを除いて。
---
翌朝。
赤石はいつもより早く目を覚ました。
すぐにテレビをつける。
「……」
ニュースでは別の話題が流れていた。
感染者の続報はない。
「治ったのか?」
スマートフォンを確認する。
まだ詳しい情報は出ていない。
会社へ向かう準備をしながら何度もニュースを確認する。
だが。
何もない。
「遅くねぇか……?」
前回。
抗ウイルス剤を投与された感染者たちは比較的早く正常な状態へ戻った。
今回は、昨日のうちに投与されたはずだ。
なのに。
結果が出ない。
赤石の中で嫌な感覚が少しずつ大きくなっていく。
そして。
午前八時を過ぎた頃。
テレビの画面が切り替わった。
『速報です』
赤石の手が止まる。
『昨日、メキシコで確認されたゾンビウイルス感染者について、新たな情報が入りました』
「……」
赤石は黙ってテレビを見る。
『感染者には、以前世界中の感染者を回復させた抗ウイルス剤が投与されました』
『しかし――』
アナウンサーの表情が曇る。
『症状に改善は見られなかったとのことです』
「…………は?」
赤石は動かなかった。
聞き間違いかと思った。
だが。
画面には大きく文字が表示されている。
《既存の抗ウイルス剤 効果確認できず》
「効かない……?」
---
そのニュースは一瞬で世界中へ広がった。
昨日までの安心が崩れ始める。
『どういうこと!?』
『前の薬効かないの?』
『じゃあ別のウイルス?』
『また最初から?』
『藍染は?』
『藍染なら何とかできるだろ』
『早く藍染に調べてもらってくれ』
人々の視線はすぐに一人の男へ向いた。
藍染燈也。
一度、世界を救った男。
前回。
世界中の研究者が答えを出せなかった中、
唯一、治療法へ辿り着いた人間。
当然だった。
また、彼なら。
そんな期待が、世界中で膨らみ始めていた。
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赤石は会社へ向かわなかった。
オンラインへ切り替えすぐにデータを確認していた。
「変異した……?」
モニターには新たな感染者の情報。
前回と症状はほぼ同じ。
行動も同じ。
外見上、大きな違いは確認できない。
それなのに。
薬だけが効かない。
「だったら中身が違うってことか……?」
赤石には薬そのものの解析はできない。
だが。
一つだけ分かる。
**前回と同じではない。**
「……」
まただ。
分からない。
このウイルスは、いつも世界が理解したと思った瞬間に、
その先へ行く。
一人。
一人。
二人。
二人。
世界同時大量発生。
停止。
そして。
治療。
すべて終わったと思った瞬間――
再発。
しかも。
治療薬が効かない。
「なんなんだよ……」
赤石は椅子にもたれた。
「まるで……」
言葉が止まる。
また、
あの感覚だった。
世界の動きを見ながら、
何かが次の手を打っているような――
そんな感覚。
「……いや」
赤石は首を振った。
また同じことを考えている。
一度、藍染まで疑った。
そして。
その藍染が世界を救った。
「考えすぎだ」
そう言い聞かせる。
だが。
胸騒ぎは消えなかった。
---
昼。
テレビでは世界中の研究者が再び動き始めたことが報じられていた。
『現在、新たに確認されたウイルスについて解析が進められています』
『以前のウイルスが変異した可能性も含め、調査が行われています』
『また、藍染燈也さんにも情報が共有されているとのことです』
赤石がテレビを見る。
「藍……」
今頃。
また研究しているのだろうか。
世界中があいつを待っている。
赤石はスマートフォンを手に取った。
藍染とのトーク画面。
最後のやり取り。
『やっと落ち着いて動けるようになったんだ。』
その後。
赤石が送った、
飯へ誘うメッセージ。
既読。
返事なし。
「やっと落ち着いたと思ったのにな」
赤石は苦笑する。
そして、
新しく文字を打った。
『藍、ニュース見てんだろ』
送信。
『前の抗ウイルス剤、効かなかったみたいだな』
少し考える。
そして。
『また研究してんのか?』
送信。
さらに、もう一通。
『俺に出来ることがあれば、今度こそ手伝うから連絡くれよ』
「……」
送信。
画面を見つめる。
未読。
「まぁ……そうだよな」
赤石はスマートフォンを置いた。
今は返事を待っている場合ではない。
藍染には藍染の戦いがある。
そして自分にも出来ることがある。
「俺もやるか」
赤石は再びモニターへ向かった。
---
その日の夜。
新たな感染者は確認されなかった。
メキシコ――一人。
それだけ。
「……」
赤石は少しだけ安心した。
薬が効かなかったのは問題だ。
だが。
感染が広がらなければ、時間はある。
世界中の研究者。
そして、
藍染。
全員で調べればいい。
今度は前回より早く答えが出るかもしれない。
「頼むぞ……」
赤石はテレビを消した。
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翌朝。
目覚ましが鳴るより先に、
スマートフォンの通知音で目を覚ました。
「……んだよ」
眠そうな目で画面を見る。
ニュース速報。
赤石の目が止まった。
《韓国でゾンビウイルス感染者を確認》
「……」
身体を起こす。
記事を開く。
そして。
その数字を見た瞬間。
眠気は完全に消えた。
**確認された感染者――一名。**
「……嘘だろ」
メキシコ。
一人。
そして。
韓国。
一人。
赤石はゆっくりベッドから降りた。
頭の中に過去の記憶が蘇る。
最初も。
そうだった。
メキシコで一人。
その一週間後――
韓国で一人。
「……」
赤石は誰もいない部屋で呟いた。
「同じじゃねぇか」
偶然。
まだ、
そう言える。
二回だけなら。
だが。
もし――
次も同じなら?
赤石の頭には二つの国が浮かんでいた。
フランス。
そして。
オーストラリア。
前回。
その二つの国で確認された感染者は――
**二人ずつ。**
「……やめろよ」
赤石はスマートフォンを握り締めた。
もし次に。
フランスで、
二人現れたら。
それはもう――
偶然と呼べるのか。
赤石は、
ただ画面を見つめていた。
世界はまだ知らない。
二度目の悪夢が、
前回とまったく同じ足跡を辿り始めていることを。




