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第十三話「静寂のあと」

フランス――二人。


オーストラリア――二人。


それから三日が経った。


新たな感染者は、

確認されなかった。


一週間。


何も起こらない。


二週間。


世界のどこからも、

あの奇妙な感染者の報告はなかった。


そして――


一ヶ月が経った。


「……また止まった」


赤石燈也は、会社のモニターを眺めながら呟いた。


画面にはこれまでの感染記録が表示されている。


メキシコ――一人。


韓国――一人。


フランス――二人。


オーストラリア――二人。


合計、六人。


それだけだった。


あれほど不自然に現れた感染者たちは


まるで最初から存在しなかったかのように、

突然姿を消した。


「赤石、まだ調べてたのか?」


後ろから同僚が声をかける。


「一応な」


「もう一ヶ月だぞ?」


「あぁ」


「結局、感染力がほとんどなかったんじゃないか?」


「……かもな」


以前の赤石なら、

すぐに反論していたかもしれない。


だが、

一ヶ月。


何も起きていない。


自分が感じた規則性も、

たった四ヶ国のデータにすぎない。


一人。


一人。


二人。


二人。


確かに気持ち悪い。


だが、

それだけで「誰かが意図的に起こしている」などと言えば、

ただの妄想だ。


「終わったなら、それでいいんだけどな」


赤石は画面を閉じた。


世界も同じだった。


一時は連日のように報じられていた、

“ゾンビウイルス”。


その言葉は、ニュースからほとんど消えた。


SNSでも、話題にする人間は減っていた。


『結局6人だけ?』


『あれ何だったの?』


『ゾンビウイルスって名前が大袈裟だっただけじゃん』


『もう収束したんでしょ』


人々は安心し始めていた。


いや――


正確には、飽き始めていた。


自分の生活に影響がなければ、

どれほど異常な出来事でも、

いつしか過去になる。


電車は走る。


会社へ行く。


学校へ行く。


買い物をする。


酒を飲む。


笑う。


眠る。


世界は、

何事もなかったように動き続けていた。


その日の夜。


赤石は仕事を終え、自宅へ戻った。


シャワーを浴び、適当に夕食を済ませる。


テレビをつける。


ゾンビのニュースはない。


「……本当になんだったんだ」


赤石はソファに座り、

スマートフォンを手に取った。


何気なくトーク画面を開く。


藍染燈也。


最後に送ったメッセージ


相変わらず未読のまま。


「お前はお前で、何やってんだよ」


赤石は少し笑った。


最近はゾンビウイルスのことばかり考えていた。


だが、

考えてみれば。


藍染の論文――


『再構築された命への序章』


あれも結局、

何を意味していたのか分からないままだ。


「……」


赤石はトーク画面を眺める。


『藍』


そこまで入力して、

手が止まった。


何を書く?


元気か?


どこにいる?


何してる?


何度も送った。


どうせ返事は来ない。


赤石は入力した文字を消した。


スマートフォンを置く。


「まぁ、生きてりゃそのうち会うか」


そう呟いて、

布団へ入った。


暗い部屋。


赤石は目を閉じる。


静かだった。


外から、時折車の走る音が聞こえる。


いつもと変わらない夜。


赤石は眠りについた。 


どれほど時間が経ったのか。


深夜。


街から音が消えていた。


「……」


赤石は眠っている。


その頃。


人気のない道路を、

一人の男が歩いていた。


ふらつきながら、

ゆっくりと。


街灯の下を通る。


服は汚れている。


腕には、黒ずんだような痕。


男が立ち止まる。


「……ァ」


喉の奥から、かすれた音が漏れた。


その少し先。


別の道から、

もう一人。


さらに――


路地裏。


駅前。


住宅街。


暗闇の中から、

人影が現れ始める。 


一人。


二人。


十人。


数えることなど、

もうできなかった。


だが。


誰も、


それに気づいていない。


街はまだ眠っていた。


数時間後。


夜が明け始める。


赤石の部屋。


カーテンの隙間から、

朝の光が差し込む。


赤石はまだ眠っていた。


その時――


遠くから、何かが聞こえた。


「……」


赤石の眉が動く。


再び静かになる。


「……ん」


寝返りを打つ。


そして。






「キャアアアアアアッ!!」


女性の悲鳴。


赤石の目が開いた。


「……!?」


飛び起きる。


「なんだ!?」


直後。


外から別の叫び声。


「助けて!!」


「来るな!!」


「うわああああ!!」


何かが倒れる音。


車のクラクション。


ガラスの割れる音。


「何だよ……」


赤石は布団から飛び出した。


窓へ走る。


カーテンを開ける。


そして――


動きが止まった。


「…………は?」


道路を、人々が逃げている。


その後ろ。


何人もの人間が追いかけていた。


いや。


人間――


なのか?


一人が逃げ遅れた男へ飛びかかる。


倒す。


そして、


噛みついた。


「……嘘だろ」


別の場所でも。


また一人。


さらに奥にも。


これまでニュースで見てきた、あの感染者。


だが――


一人ではない。


二人でもない。


そこら中にいる。


赤石の顔から、血の気が引いていく。


「まさに……」


声が震える。


「映画じゃねぇか……」


スマートフォンを掴む。


ニュースを開く。


通知が、

次々と画面を埋め尽くしていく。


《緊急速報 東京都内で多数の感染者》


《各地で人が人を襲う事件》 


《海外でも同時多発的に異常事態》


「海外……?」


テレビをつける。


画面には、混乱するアナウンサー。


『現在、日本各地で原因不明の感染者が大量に確認されています!』


次々と映像が切り替わる。


日本。


アメリカ。


イギリス。


ドイツ。


ブラジル。


世界中。


『同様の情報が世界各国から入ってきています!』


『感染者数は現在確認できているだけでも――』


赤石は、テレビの前で立ち尽くしていた。


一ヶ月。

何もなかった。


昨日まで、世界は普通だった。


なのに。


一晩で――


すべてが変わった。


「突然こんなに……」


赤石は窓の外を見る。


そして、

これまでの数字が頭をよぎる。


一人。 


一人。


二人。


二人。


「……違う」


赤石の表情が変わった。


恐怖だけではない。


あの時感じた違和感。


それが、

再び頭の中で繋がり始める。


「明らかに今までと違う」


感染の仕方が、あまりにも異常だ。


そして赤石は、小さく呟いた。


「こんなの……」


「自然発生のわけがない」


同じ頃。


どこかにある、静かな部屋。


テレビには、

世界中の混乱が映し出されている。


悲鳴。


逃げ惑う人々。


次々と増える感染者。


その前に、一人の男が立っていた。


まだ、

顔は映らない。


ただ――


口元だけが見える。


男は、世界が崩れ始める光景を見ながら、

静かに笑った。


「……ここからが」


一瞬、

間を置く。


「俺の人生だ」


口元が、

大きく歪む。


「金持ちばかりが得をする時代が終わる」


そして――


「金で解決出来ると思うなよ」


「世界」


その言葉と同時に、


テレビの画面が切り替わる。


《世界各地でゾンビウイルス大量発生》


男は、


小さく笑った。


「クックック……」


世界はこの日、


ようやく気づいた。


これまでの六人は――


始まりですらなかった。

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