6話
小部屋を抜けて、薄暗いフロアをゆっくりと進む。
幸いにも足元を照らす程度の光源はあり、道に迷うこともない。
ただそれは魔物にも同じことがいえる。
下手に突出せず、後ろをついてくる仲間に合図を送る。
「ここから先は、俺が先行して安全を確認する」
「くれぐれも気を付けてください、ジノア」
「アタシも少し後ろをついていくわ。ただ気を付けなさい、相手も奇襲を得意とする魔物よ」
ルリア達を探している最中は必至で気付かなかったが、どうやらこのフロアは中心が窪んだ逆円錐状になっているらしい。
先ほどまでいた小部屋や通路はその外周部分で、中央に寄るほど大きな毒の沼地が姿を現す。
だが不用意に沼地に近づく必要もないだろう。
できる限り奇襲を警戒して外周近くの壁際を進んでいくが――
「あの大盾は、セジルのものか」
――見覚えのある大盾が、地面に転がっていた。
手で合図を送り、後方の仲間に警戒するよう伝える。
話を聞くには、セジルは奇襲で負傷した後、マンティコアに捕食されたという。
前衛のセジルは死ぬその瞬間まで盾を手放すはずがない。
そのためマンティコアが吐き出したと考えるのが一般的だが、なにかがおかしい。
よく見れば、壁際には数多くの朽ちた武具が乱雑に散らかっていた。
「そうか、ここはマンティコアの住処なのか。いや、だがこの痕跡は……。」
気になるのはセジルの大盾と、その付近にある巨大な痕跡。
ここが住処だとしたら、少なくともマンティコアにとっての縄張りだ。
そこに巨大な爪痕のような痕跡が残っているとなると、それはつまりマンティコアがなにかと争ったということに他ならない。
近づいて確認するかを逡巡する。
だが危険を取る必要はない。
マンティコアが戻ってくる前に、さっさと迂回して階段を目指すべきだ。
後退して迂回するようハティアに合図を送る。
そして物音を絶てないように、ゆっくりと下がろうとした。
その時。
「避けなさい!」
後方から檄が飛ぶ。
反射的に体を投げ出す。
そしてその数瞬後、凄まじい衝撃と共に俺の立っていた場所がえぐられていた。
「くそ! 待ち伏せか!」
「冗談じゃないわ。こんな魔物……どこに隠れてたのよ」
駆け寄ってきたハティアが見つめる先。
それは壁の上部に張り付いた、サソリに似た魔物だった。
その両手には頭部が両断された、魔物の死体を抱えている。
ギルドの報告書からして、抱えられている方がマンティコアなのだろう。
ではそのマンティコアを抱える方の……サソリのような魔物は、いったいなんなのか。
「ハティア! この魔物はなんだ!?」
「知らないわ。アタシも初めて見る魔物よ」
「この魔物、マンティコアを捕食していたの……?」
食い破られたマンティコアの腹部からは鮮血が滴り、ゆっくりと壁を伝って落ちてくる。
セジルの盾が落ちていたのは、あの謎の魔物に腹を食い破られたからだったのだろう。
マンティコアを仕留めたであろう魔物は、そのまま死体を投げ捨て俺達の前へと滑り落ちてくる。
巨体に比べてその動きは素早い。
とてもではないが、走って逃げ切れる相手ではないだろう。
「このまま逃がしては……くれそうにないわね。どうするの」
イルシーアの疑念はもっともだ。
だが真正面から戦えば犠牲を増やす可能性も高まる。
ならば取るべき行動は決まりきっている。
剣を引き抜くと同時に、もう一度同じ指示を手で後方に送る。
「討伐ではなく牽制で時間を稼ぐ! 隙を見て迂回し、上の階層に逃げるぞ!」
「ならアタシが隙を作る! その間にアンタ達は階段の方へ移動しなさい!」
その声と共に、銀色の閃光が俺の隣を流れていった。
同時に、破裂音がダンジョン内を揺らす。
気付けば、ハティアの一対の剣による突きが、謎の魔物の足の一本を粉砕していた。
「これが、星銀級冒険者の実力なんですね……。」
先ほどまで毒で倒れていたとは思えない動きに、ルリアが戦きの声を上げる。
痛覚があるのかは不明だが、魔物は体をよじらせ両手の鋏を振りまわす。
だがハティアは冷静にその鋏を剣で受け流し、隙を見ては間接部分に斬撃を浴びせている。
猛攻に少しづつ、活路が生まれていくのがわかる。
「ハティアの後方支援をしつつ移動を始める! くれぐれも巻き込まれるなよ!」
◆
目の前で、激しい戦いが繰り広げられている。
星銀級冒険者という選ばれた人間が、大いなる脅威を打ちのめしている。
だがそれに疑問は抱かない。
何故ならハティアは特別な人間だからだ。
ならば普通に人間には到底想像もつかないような功績を残しても、驚くことではない。
だが、それはハティアが特別な人間……英雄と呼ばれる冒険者だからだ。
凡庸で劣った人間が、その同じ舞台に上がることはできない。
いいや、許されないはずだ。
「なぜ、お前がそこにいる? なぜ、俺じゃない?」
ジノアが、そこにいる。
青銅級冒険者が、ここにいる。
ポーションで支援をしながら、パーティを率いている。
星銀級冒険者を含む、ここにいる皆を。
特別なはずの人間達を、あの特別ではない人間が。
「態勢が崩れた! 今のうちに上層階へ!」
声を受けてみれば、傷を負ったサソリのような魔物が大きく後退していた。
不安定な足取りで、数本の脚は引きずっているようにも見える。
目の前の冒険者に恐怖を抱いたのか、それともあの距離から仕留める手段があるのか。
正確にはわからないが、全てはジノアの提案の通りに進んでいた。
俺ではなく、あのジノアの指示で、全ては順調に進んでいた。
「青銅級だろうが、お前は。誰に、命令してやがる」
受け入れられるはずがない。
俺は失敗した。
冒険者達には笑われ。
ギルドからの評価も得られず。
ハティアからも評価はしてもらえない。
だが、認めない。
認められるはずがない。
俺は、特別だ。
そうでなければならない。
「ベルアス、早くしろ!」
俺の名前を呼ぶな。
お前のような人間が、俺に指図をするな。
だが顔を上げれば、全員が俺を見ている。
誰もがジノアの指示通りに動かない俺を、眺めている。
まるで、俺が間違っているかのように。
「黙れ、黙れ黙れ黙れ! 俺が……この俺こそが、『特別』なんだ!」
背中の重りを――キャティを捨て、弓を取り出す。
特別だと証明する必要がある。
あの馬鹿共に、わからせてやる必要がある。
成果を出せばいい。
結果を残せばいい。
特別だと、証明すればいい。
そうだ、簡単だ。
目の前の、星銀級冒険者でさえ見たことのない魔物を討伐すればいい。
ほら、もうあの魔物は死に体だ。
討伐寸前だ。
ならば俺がその一手を担う。
俺が討伐する。
俺の手柄だ。
俺こそが、特別になるに相応しい人間だ!
「ベルアス!」
魔物の尻尾が輝きを放つ。
音と視界が消え、世界が暗転した。




