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5話

 

 荷物を広げ、必要な素材を取り出す。

 キャティの傷は深く、そのままの治療は難しい。

 そもそも怪我をポーションで治療するにはいくつか手順を踏む必要がある。

 ここまでの怪我ともなればなおさらだった。


 即座に三種のポーションを調合し、順番に振りかけていく。

 淡い光とともに、キャティの傷口が急激に再生していく。


「すごい。やっぱりジノアはこのパーティに必要だと思うわ」


「ありえない、こんなこと。あなた、本当に青銅級なの?」


 新しく加入したというヒーラーの女――イルシーアが、信じられないものを見る目で俺を凝視した。

 魔術師である彼女から見れば、この回復速度は異常に映るのだろう。

 ポーションというアイテムが冒険者達にどうみられているかを考えれば、無理もないことだが。


「別に俺の能力は関係ない。効力の高い素材を掛け合わせれば、結果として高い効力を得られるのは当然だ。ただ採算が取れないから、このレベルのポーションは市場にはほとんど出回らないがな」


 俺の『下級薬草学』では、魔法的な特別な効果をポーションに付与することはできない。

 だが強力な効果を持つ素材を集め、必要な手順を踏めば一定の効果は期待できる。


 一般的な魔法や攻撃系スキルは、個人の能力に完全に依存している。

 だが素材の組み合わせ如何でポーションは効果を保証されている。

 これだけが俺にとっては唯一の救いともいえる部分だった。


 加えて体力を回復させるポーション、傷口を浄化するポーションも併用する。

 これなら傷を塞ぐ治癒のポーションの効果を、最効率化できる。

 俺がキャティの容態を安定させると、ルリアが憔悴した顔で口を開いた。


「マンティコアに襲われたの。それでセジルが不意打ちを受けて、ハティアとキャティも毒を……。」


 マンティコア。

 強力な毒を持つ、凶悪な魔物だ。

 本来であれば星銀級のハティアが後れを取るような相手だとは思えないが、不意を突かれたのか、あるいは仲間をかばった結果なのか。

 いずれにせよ毒に侵された彼女の呼吸は酷く浅く、危険な状態であることは容易に見て取れた。

 だが、まだ手の打ちようはある。


「クリスタル・スライムの霊薬で体力を補っているのか。それにマンティコアの毒ならどうにかなるかもしれない。ここで治療しよう」


「そんなことが可能なの? まともな素材もないように見えるけど……。」


「このダンジョンが『翡翠の泉の迷宮』と呼ばれているのは、翡翠色の毒沼を中心に特殊な環境が形成されているからだ。そしてそこには独自の進化を遂げた薬草も自生している。それが、これだ」


 道中の毒沼で採取してきたばかりの、変色した葉を取り出した。

 魔道具のローブによって魔物に見つかりにくいため、出来た芸当だ。

 ハティアの持ち込んだクリスタル・スライムの霊薬に、薬草を調合する。


 霊薬はいわば、超高純度の魔石と希少な素材を掛け合わせて作られた、最高級のポーションだ。

 使った魔石によって効力は様々であり、クリスタル・スライムの魔石を使った霊薬ならば、状態異常を大幅に軽減する。

 これに採取してきた薬草を調合して効力を上げる。

 うまくいけば治療も不可能ではない。


 気付けば、イルシーアが隣にしゃがみ込んで調合の様子を眺めていた。


「博識ね。それにずいぶんと用意が良い」


「ギルドの公開している情報にも薬草のことは乗ってる。それに青銅級冒険者にとって、入念な事前準備と調査は欠かせない。足りない能力は、知識と工夫と道具で補うしかないからな」


「それがあれば、ハティアを助けられますよね? ジノア」


「あぁ、可能性は十分ある。加えて毒への対策が立てられれば、万が一にもマンティコアから襲われても、十分に対処できるはずだ」


 目的は治療ではなくその先。ここからの脱出だ。

 万が一、そのマンティコアとの戦闘になった場合に備えて、分量は多くしておく。

 そして完成した解毒の霊薬を、ハティアの口へとゆっくりと流し込んだ。


 ◆


 数分後。

 激しい咳き込みと共に、ハティアが重い瞼をこじ開けた。

 左右に視線を振った後に、見覚えのない俺をとらえて、口を開く。


「アンタ、なに考えてるわけ? 死にたいの?」


 開口一番がそれか。

 とは言え彼女からは俺のぶら下げる青銅級の冒険者章が見えているのだ。

 ハティアは、事実上の最高峰ともいわれる『星銀級ミスリルクラス』の冒険者だ。

 自分でさえ手を焼く魔物のいるダンジョンに最下級の冒険者がいるのだから、当然の反応といえた。


 ただ余計な問題を起こさないためにも、手早く説明をする。

 言い訳と言い換えてもいい。

 

「ギルドが救助依頼を交付したんだ。文句があるなら俺じゃなく、ギルドマスターに言ってくれよ」


「ひとりで乗り込んできて救助って、よく考えなさいよ。自分の命はもっと慎重に使いなさい」


 そんな文句を言いながらも、彼女の顔色にはすでに生気が戻っていた。

 調合した薬は問題なくマンティコアの毒に効果を発揮したらしい。

 その旨を伝えると、ハティアは持ち込んだポーションを確認し始める。


 残ったのは上級ポーションが数本。

 クリスタル・スライムの霊薬が一本。

 そして解毒の霊薬が三本。


 全てを解毒の霊薬にすると怪我をした際の対応が遅れるからだ。

 勝手に使ったことを謝罪するが、ハティアは肩をすくめるだけだった。


「霊薬一本で命ひとつでしょ、安いもんよ。それに『燐光の召命』の支部に寄れば補充できるわ」


「それならよかった。毒の影響も、もうほとんどなさそうだな」


「そうね、色々と文句を言ったけどこればっかりは感謝するわ。まさか青銅級の冒険者に助けられるなんてね。なかなかやるわね、アンタ」


 その賞賛を素直に受けていいのか迷うが、俺も感謝の言葉を告げておく。

 まさか燐光の召命のメンバーに感謝される日が来るとは、なにが起こるかわからないものだ。


 問題も残ったままだが、これで一応はキャティの容体も安定し、ハティアも目を覚ました。

 当初の目的でもある地上への脱出も不可能ではないだろう。

 周囲の警戒をしていたイルシーアも、俺と同じことを考えている様子だった。


「談笑してるところ悪いのだけれど、さっさと脱出するべきじゃないかしら。治療が終わったのなら、ここに長くとどまる理由もないでしょう?」


「ならキャティは俺が背負っていこう。後方で支援してるだけの俺が、一番行動に支障が出ない」


「そもそもアンタはどうやってここまで来たわけ? 青銅級がひとりで潜るには難しいでしょ」


「このローブのお陰だ。魔物の注意を引きにくくなる」


 これも全て父親の残した魔道具のローブのお陰だ。

 『下級剣術』しか身を守るすべのない俺がここまで生き残ってこれらのは、間違いなくこの魔道具があったからだ。

 そしてそんな俺を見て、ハティアは短くない沈黙の末に、驚きを提案をしてきた。


「なら、アンタが先導するべきよ。ここまで潜ってこれたのなら、脱出だってできるはず」


「おい、本気じゃないだろうな!? 俺達を全滅させる気かよ!」


「いたって本気よ。奇襲を受けて半壊したパーティと、たったひとりで無事にここまで到達した冒険者。どっちを信頼するかと言われれば、考えるまでもないわ」


 ベルアスの激しい抗議を、ハティアは一蹴する。

 そのむず痒い程の期待と信頼に、思わず口を挟む。


「そこまで買ってくれてるところ悪いんだが、本当に俺でいいのか? 純粋な戦闘になれば、一番の足手まといになるが」


「それにマンティコアに襲われた場合、斥候は一番危険では……。」


 ルリアも俺と同じく、難色を示していた。

 セオリーを考えれば最も身体能力が高く、奇襲を受けても対処できるであろうハティアが戦闘を歩くべきなのだ。加えて今では解毒方法も手元にある。

 驚くべき提案をしたハティアはしかし、俺の肩を叩いて小さく口角を上げた。


「大丈夫よ、今回はアタシもしっかり見張ってるわ。絶対にジノアを守る。それにここまで無傷で潜ってこれたってことは、アタシ達より隠密行動が優れてるってことでしょ。頼らない手はないわ」


 今はマンティコアがいるという前提の元行動できる。

 加えて一度奇襲を受けたことで相手の行動なども把握しているはずだ。

 ならばここは星銀級冒険者の言葉を信じるべきだろう。


「わかった、俺が斥候を務めよう。悪いんだが、ベルアス。キャティを背負って貰っていいか?」


 俺は周囲を見渡し、壁際で座り込むベルアスに声をかける。

 近接戦闘を得意とするルリアや魔術師のイルシーアでは、行動そのものに支障が出る。

 だが遊撃手であるベルアスであれば人を背負っていても最低限の動きは可能だ。


 しかしベルアスからの返事はなく、ただただ足元をじっと見つめるのみだ。

 どこか怪我をしていたのかと近づくが、その様子もない。

 

「ベルアス、どうした?」


 再びの問いかけに、ベルアスふと顔を上げた。

 だがそこには、もはや怒りの感情さえ消え失せていた。

 力ない眼光が、ふらふらと俺を睨みつける。


「黙れ。俺に、話しかけるな」

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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これからも引き続きよろしくお願いいたします。

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