4話
「目が覚めたんですね、よかった。体の調子は?」
気付けば、ハティアが苦しげに目を開けていた。
しかしその体は脱力しきっており、声も当初と打って変わって弱々しい。
「死んでないってだけよ。とっておきの霊薬と上級ポーションを流し込んだから、どうにかってだけ……」
「じゃあ戦えないのか?」
空気を読まないベルアスの問いに、ハティアは血を吐き捨てるように言った。
「アンタ達だけでも脱出しなさい。アタシのことは、気にせず」
「ですが、見捨てていくなんて……。」
「忠告は、したわよ」
再び気を失うハティアを見て、ベルアスは虚ろな目で立ち上がった。
その様子は先ほどまでの取り乱した様子など、微塵も感じさせない。
ハティアの助言で持ち直したのか。あるいは、覚悟を決めたのか。
警戒をしていると、ベルアスは自分の荷物を纏め始める。
「……付いて来い。荷物をまとめろ」
「どこに行く気ですか?」
「決まってるだろ。『勝利の号令』として、再活性化の原因を突き止める。依頼通りな」
「どうぞ、ご勝手に。私は遠慮しておくわ。星銀級の冒険者をここまで追い詰めた魔物がいる場所の探索なんて」
イルシーアが即座に拒絶する。
だがそれも当然の判断と言えた。
ここで進めば、結果は明白だ。
すでに万全な状況で挑み、そしてこの惨状を招いている。
たった三人で挑んでどうこうできる相手でもない。
ましてやあのマンティコアを相手にしながら原因の究明など、出来るはずもない。
しかしそんな当たり前の考えすら、ベルアスは出来ていなかった。
「ここで結果を残せば、『燐光の召命』にスカウトされることは確実だ。もう目の前に、成功が転がってる」
「いい加減にしてください、ベルアス。スカウトの話は私達が一方的に期待していただけに過ぎません。ハティアからもその話は出ていないでしょう?」
「そんなわけが、ないだろうが! 俺達は『特別』なんだよ! この依頼を成功させれば、必ず――」
なにか目に見えないものに突き動かされているのか。
ベルアスは狂気に取りつかれたかのように叫ぶ。
下手に動けば、この場所もマンティコアに見つかる。
そうなれば、今は動けないキャティやハティアがどうなるか。
無理やりにも進めば確実に壊滅する。
ここにいても仲間達が弱っていく姿を見ることしかできない。
地上へ戻るにも、マンティコアに襲われるかもしれない。
それに仲間を見捨てることになる。
答えの無い問いかけを、延々と繰り返す。
こんな時、どうすれば――
「よかった、無事だったか」
暗がりの中から、聞き慣れた穏やかな声が響いた。
最初は、それが効き間違いだと思っていた。
けれど振り返った先には、確かに彼がいた。
返り血で汚れながらも、静かな瞳を向けるその姿が。
◆
泥と鮮血、それに鼻を突く毒の臭いが立ち込めていた。
ダンジョンの最下層、命がけでたどり着いたその場所はまさしく死地といって差し支えない環境だ。
そんな中見つけたルリア達も同じく、危機的状況に追い込まれていた。
息も絶え絶えなハティアとキャティ。
そして悲痛な面持ちで彼女達の介抱をするルリア。
奥で三人に視線を送っているのが、新たなメンバーなのだろう。
ベルアスはと言えば、自分の荷物を抱えて移動の準備をしていた。
行動方針が見えてこないが、今やるべきことは決まっている。
すぐさま背負ってきたバックを下ろし、素材とポーションを取り出す。
「すぐに治癒のポーションを用意する。怪我があるなら――」
「答えろ! なにをしにきやがった、ジノア!」
ベルアスが剣を握り締めたまま、怒鳴り散らかす。
血走った目に、震える剣先。
そこにはリーダーとしての面影や威厳は微塵も残っていない。
ただただ追い詰められた焦燥感だけが張り付いていた。
「そんなことをしている余裕なんてないでしょう? いい加減にして、ベルアス」
「いまさら手柄を分けろってんだろ!? だが残念だったな。お前の手を借りる必要なんかありゃしねえんだよ」
最初こそ、なにを言われたのか理解ができなかった。
目の前には負傷した仲間達。近くには手に負えない魔物。
そんな状況で真っ先に出てくる言葉が、それなのか。
つまりこの状況においても、ベルアスが最も重視するところは、そこなのだろう。
ギルドに評価されること。『燐光の召命』にスカウトされること。
ベルアスを突き動かしているのは、ただその執着だけだ。
妄執と言い換えてもいいだろう。
だからこそ、俺は現実を口にするしかなかった。
「いいか、ベルアス。落ち着いて聞いてくれ。ギルドはもう救助隊の派遣を決定したんだ」
「そりゃなんの冗談だ? 俺達を救助しに来たって? 青銅級の、お前が」
「俺が伝えたいのはそこじゃない」
数舜の逡巡。言葉が喉に詰まる。
これを伝えたらベルアスがどんな行動をするかわからないからだ。
だが、これしかない。
状況を落ち着かせて、安全に地上へと戻らせるには。
「もうお前の考える『手柄』は存在しないんだ。つまりもう失敗したんだよ。その依頼は」
「……は?」
帰ってきたのは驚愕の表情。
そしてベルアスが俺に初めて見せる、沈黙だった。




