3話
ギルドの記録を辿れば、『翡翠の泉の迷宮』は二度攻略されている。
一度目は十数年前、とある村の専属冒険者がたったふたりで攻略を成し遂げた。
そして二度目は、三年前。『燐光の召命』によって攻略され、沈静化していた。
他のダンジョンの傾向からも、十年程度は再活性化はしないと考えられていた。
たとえ再活性の兆しが見えたとしても、それは年単位で進行していくものだと思われていた。
そのはずだった。
「どうなってんだよ! クソ! これじゃスカウトなんて……。」
「落ち着いてください、ベルアス。あまり騒ぐと、気付かれます」
「一々指図してんじゃねえよ! 誰のせいでこんな事になってると思ってんだ!? 畜生、なんでこんな使えねぇんだよ」
リーダーとしての重責か。
あるいはハティアの視線があったからか。
私は後者だと睨んでいるが、少なくともベルアスは完全に調子を崩していた。
いいや、彼だけではない。
『勝利の号令』は、今や崩壊寸前だった。
どうにか小部屋を見つけて駆け込んだが、ここもいつまで安全かわからない。
我らがリーダーの言動を見て、不安に駆られたのは私だけではないらしい。
新たに加入したサポーター兼ヒーラーのイルシーアが、静かにベルアスを責め立てる。
「誰のせいって、決まってるでしょう? 少なくとも私は事前に申告したとおりの働きをしている。けれどさっきの貴方達の醜態は、いったいなんなの?」
「ごちゃごちゃうるせぇな! パーティに加えてやったってのに、俺達の実力に文句があんのか!?」
「その通りよ。難易度1000は超える『スケイル・ワイバーン』を討伐したと聞いていたけど、とても信じられないわ。少なくとも前評判通りの実力なら、彼女の足をここまで引っ張っていないはずでしょ」
イルシーアの視線が地面に転がるふたりへ向く。
そう、今や自由に動けるのは私とベルアス、イルシーアだけだった。
魔術師のキャティと、そしてハティアまでもが負傷して動けずにいる。
今の私達は、ハティアの足を引っ張っている状況だった。
「苦戦してるのは、そこに転がってる女が勝手に突っ込むからだろうが! こんな勝手な戦い方をされなけりゃ――」
「言い争いしている暇も猶予もありません。イルシーア、今は治療をお願いします」
完全な崩壊だけは、止めなければならない。
ダンジョンの奥底で仲間同士で殺し合いなど、目も当てられない。
少なくとも、怪我人の治療さえできれば立て直すことも可能だろう。
だがイルシーアは負傷したふたりを一瞥しただけで、肩をすくめた。
「無理ね。魔術師は延命できるけど、魔力を全て使うことになるわ。ハティアのほうはもう、私の魔法じゃあ手の施しようがないわ。だからこそ、マンティコアへの対策として色々と持ち込んだのよね?」
「毒を受ける危険が最も高い、セジルが持ち歩いていはずですが……。」
「えぇ、今頃はバジリスクの腹の中に納まっているでしょうね。それにハティアが持ち込んだアイテムも、毒を受けた魔術師に使ってしまった。つまり、手詰まりよ」
バジリスク。それが『翡翠の泉の迷宮』における『迷宮主』だった。
最下層に広がる翡翠色の毒沼を縄張りとし、侵入者をじわじわと死に至らしめるという、恐るべき死神。
だが対策をしてこなかったわけではない。
万が一、ダンジョンが再活性化した時に備えて私達も、そして当然ながらハティアもマンティコアに対処するためのアイテムを持ち込んでいた。
持ち込んではいたが、万全ではなかったのだ。
解毒のポーションを持っていたセジルは、奇襲を受けて負傷。
引くこともできただろうが、こともあろうにセジルは戦闘を継続しようとして、そのまま捕食された。
タンクを失った私達の後衛は好き勝手に荒らされ、キャティが毒を受けて負傷。
そんなキャティを救助して解毒のポーションを使ったハティアも、救助の際に毒を受けたらしい。
ハティアは希少なポーションを数本飲み干し、今では昏睡状態だ。
だがそんな小康状態もいつまで続くかは、わからない。
「黙って聞いてりゃ、ぐだぐだ御託を並べやがって! お前を雇ったのは回復魔法が使えるからだろうが! お前は俺達の命令通り、魔法を使ってりゃいいんだよ!」
「この状況で魔力を全て使えというのは魔術師にとって、死ねと言われていることと同意義なのよ。理解できるかしら」
「あぁそうかよ、お前も所詮は口だけの役立たずだったってことだろ。ルリア、あるだけのポーションでキャティを治療しろ。こんな無能の魔法なんざ使う必要もない」
もちろん、各自で必要なポーションは持ち込んでいる。
前衛である私も、傷を塞ぐ治癒のポーションを何本かポーチにねじ込んでいた。
だがキャティの容体は、それを使ったところでどうにかできる状態ではないことは、素人目にも明らかだった。
とは言え、仲間を見殺しには出来ない。
ポーチをまさぐっていると、それを制止する声が上がった。
「辞めておきなさい。無能なリーダーを持つと大変ね。あくまでポーションは補助的なアイテム、回復魔法とは根本的に仕組みが違うわ。そんなことも知らずに冒険者をやっていたの?」
「あぁ!?」
「そもそも聞きたいのだけれど貴方達、なぜそんなに怪我に無頓着なの? 軽い傷なんてまるで気にしていない。毒を受けた直後もそう。ここまで追い詰められてようやく、問題の重大さに気付いたみたいだけれど」
イルシーアの指摘に、ベルアスは顔をひきつらせた。
それは『勝利の号令』が抱えている問題でもあったからだ。
高位の回復魔法は膨大な魔力を必要とするため、連発はできない。
そもそも下級の回復魔法ですら相当に魔力を使うと聞き及んだことがある。
だからこそ切り札として温存しておくのだ。
そして軽度な怪我などは、補助的なポーションで治療するのが一般的だ。
だが『勝利の号令』はそうではない。いや、そうではなかった。
今まで素材も持ち込んで必要な時に必要な物が即座に提供されていた。
戦闘中ですら状況に合わせて、ジノアがポーションを使って支援していからだ。
結果として、軽度な怪我に無頓着となる。
毒に関してもそうだ。放っておけば、ジノアが治療していた。
だが今回からはそうもいかない。
各自の面倒は自分で見るほかないのだ。
しかし怪我や毒を軽視した結果、重傷者や死者が発生していた。
回復魔法でさえ取り返しのつかない状況に、追い込まれてしまった。
「これまでの評価を鑑みると、私の前任者が優秀だったという話なのかしら。でもおかしいわね、彼って有名な『青銅級』の冒険者よね。まさか新進気鋭の『勝利の号令』が最下級冒険者に支えられていた、なんて知られたらギルドの評価も――」
「黙れ! 今すぐに、その口を閉じろ!」
地下空間に反響する大声に、思わず身をすくめる。
いつマンティコアがこの場所を見つけるかもわからないのだ。
ベルアスの行動は、自殺行為にも等しかった。
だが、死神はやってこなかった。
代わりに、力ない声が上がる。
「うるさいのよ、まったく……。」




