2話
「あれが、『燐光の召命』の冒険者か……。」
ポルトスの街の入り口には、強烈に漂う鮮血の臭いが充満していた。
冒険者だけでなく市民も多く見える群衆の先の光景に、思わず息を呑む。
凶悪と名高い一つ目の巨人『サイクロプス』の死体が無造作に横たわっていたのだ。
そしてその死体を運んできたであろう荷馬車の御者席には、御者と小柄な少女は鎮座していた。
自分達の頂点を一目見ようと集まった冒険者達の多くは、武骨な装備を身に纏った巨躯の冒険者を想像していたに違いない。
かくいう俺も少なくとも、そう言った人物を想像していた。
だが、想像は簡単に裏切られた。
まさか燐光の召命のメンバーに、俺やルリアに近い年齢の冒険者がいるとは。
まるで重さを感じさせない身のこなしで荷馬車から降りた冒険者の少女の前に、ひとつの人影が飛び出した。
「ようこそ、ポルトスへ。いまさら自己紹介も必要ないかと思いますが、俺が『勝利の号令』のリーダー、ベルアス・ギーヴァーです。そしてこいつ等が――」
意気揚々と歩み寄ったベルアスだったが、少女は面倒くさそうに一瞥しただけだった。
「誰よ、あんた達。急いでるから、退いてくれる?」
その冷酷な一言に、周囲の空気が凍りついた。
同時に、野次馬の冒険者達から嘲笑が漏れ始める。
「『勝利の号令』がスカウトを受けるって話じゃなかったのか?」
「知らねえよ、そんな話。ベルアスが勝手に言ってただけだろ」
「おいおい、まさか勘違いかよ。アレだけ吹聴しておいて、赤っ恥だな」
「俺ならもう、街を歩けねぇよ」
顔を真っ赤にして立ち尽くすベルアス。
あれだけ豪語していたスカウトではなかったのだ。
悔しさと恥じらいで思考がメチャクチャになっているに違いない。
だがその光景は同時に、ひとつの疑問を生み出していた。
『燐光の召命』は大陸に名を馳せる英雄達が集うクランだ。
そんなメンバーのひとりが直々にこんな地方の街に訪れたということ、それ自体に大きな理由があるはずだ。
少女の後を追い、ギルドの中へ場所を移す。
すると少女はギルドマスターと短い会話を交わし、ギルドに集まっていた冒険者達に声を張り上げる。
「ハティア・アドモス・ヘクスガートよ。単刀直入に言うけど、この街の近隣にあるダンジョン『翡翠の泉の迷宮』に再活性化の兆候が見られたわ。そこでアタシと一緒にダンジョンへ潜って、その原因を突き止める随伴パーティをここで募集する。いわばアタシの露払いね」
「これは冒険者ギルドからの正式な緊急依頼として広布する。受注条件は依頼の難易度を加味して、白銀級以上の冒険者に限らせてもらう。問題ないな、ハティア嬢」
ギルドマスターの確認に対し、ハティアは鼻で笑う。
「雑魚が付いてきても死体が増えるだけだし、それで構わないわ」
「その『翡翠の泉の迷宮』って、たしか特例級難易度に指定されていたダンジョンじゃ……。」
冒険者の一人が震える声で尋ねる。
「えぇ、そうね。けれど問題ないわ。このダンジョンを前回攻略したのは、私達『燐光の召命』だもの。攻略に必要な情報はすべて揃ってる。だからこそ調査が必要なのよ。これほど短期間でダンジョンが再活性化するなんて、普通なら絶対にありえないことだから」
「完全に活性化していないとはいえ、非常に難易度の高い依頼であることに変わりはない。しかしだからこそ、報酬は望むがままに支払おう。当然ながら相応の働きをした者には、ギルド内でも相応の評価と地位を約束する」
ポルトスにおける冒険者ギルドの長であるギルドマスターの言葉だ。
ベルアス達だけでなく、多くの冒険者達の目の色が露骨に変わった。
だがハティアは見透かしたように、冷たく釘を刺す。
「あぁそれともうひとつ。このアタシが……星銀級冒険者が仲間を募集している、という意味をよく考えてから受けることをお勧めするわ。アタシは仲間を募集してるのであって、ご機嫌取りのカカシは必要ないから」
「し、仕方ないな。俺達が参加しよう。この勝利の号令が――」
前のめりになるベルアスが、誰よりも先に手を上げていた。
『勝利の号令』は、このポルトスで最も勢いのあるパーティだ。
断られることはないはずだ。
俺は別の依頼書を手に取り、空いている窓口へと持っていく。
「この依頼を受けたい。手続きを頼む」
見届けた後に、俺にできることは残っていない。
ならば一刻も早く、ルリアに追いつけるように研鑽を積むほかない。
急く心を落ち着かせて、魔物の討伐依頼を受注するのだった。
◆
「ジノアさん、ありがとうございました。いつも丁寧な仕事ぶりで助かってますよ」
「いえ、こちらこそ依頼を回してもらって感謝してます。また、よろしくお願いします」
ハティアたちの調査隊が迷宮へ出発してから、五日目。
俺は相変わらず、ギルドで青銅級向けの依頼をこなしていた。
これまでは後衛のサポーターとして戦っていたため、魔物との戦闘経験を積めていない。
数だけ多い魔物の討伐依頼は、戦闘経験の勘を取り戻すのには好都合だった。
そしてダンジョン調査の方はと言えば、そちらも順調に進んでいると耳に挟んでいた。
『勝利の号令』には新しいメンバーも加入しているという。
俺がいなくなったからこそ、順調に進んでいるのだろう。
ただ、スカウトの話がどうなっているのかは、まだわからない。
とはいえ随伴パーティとして実力を証明できれば、可能性も少なからず出てくるはずだ。
俺とは馬が合わなかったが、勝利の号令の実力は本物だ。
問題と言えばむしろ、俺の方にある。
「おい、あれって……。」
「偶然拾われただけの無能だろ。双星って話だし、運だけはいいんじゃないか?」
「運がいいわけねえだろ。使えないカスみたいな下級スキルを二つも抱えてんだからよ」
「あれ? 俺は今回の依頼にビビッて抜けたって聞いたけどな」
すれ違う冒険者たちの心無い陰口が、背中に突き刺さる。
これまでは白銀級パーティに所属しているという実績が担保となっていたが、これからはただ一人の最下級冒険者として活動していかなければならない。
加えて悪評が広まれば依頼を受けることも難しくなる。
「ここに、執着する理由もないか。見届けたら、街を離れるべきだな」
ポルトスで俺が受けられる依頼は限られている。
これならば、最も幅広く依頼を受けられる別の街に異動した方がいいだろう。
少なくとも危険な魔物と戦わなければ、俺の成長も見込めない。
そう結論付けたときだった。
「……なんだ?」
ギルド内が、にわかにどよめきとざわめきに包まれる。
飛び込んできた血まみれの冒険者のそれは、絶叫に近かった。
「ひ、『翡翠の泉の迷宮』が再活性化! 調査のため潜っていた冒険者と連絡が途絶えました!」
「調査隊は……ハティア嬢はどうなっている!? 随伴したパーティは!?」
「情報の伝達を担当していた冒険者達からは、調査隊は最下層近くまで到達していたとの報告を受けています。ただ……まだ確定ではありませんが、状況からして最下層の『迷宮主』も復活したのではないか、と……。」
「い、いかがなさいますか? ギルド・マスター」
「現時刻を持って調査依頼は破棄する! 調査隊の救助、およびダンジョン近郊の魔物による被害拡大を抑え込むための人員を募集する!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の体は思考よりも先に動いていた。
「ルリア!」
◆
「お、おい! 止まれ! ここは白銀級以下の立ち入りは許可されていない!」
「許可されなくても結構だ! 責任は自分で取る!」
ダンジョンの入り口を封鎖していた警備の制止を振り切り、中へと飛び込む。
やはり再活性化した内部は、浅層ですら魔物が溢れかえっている。
魔道具のローブを身に纏い、薄暗いダンジョンを駆け抜けるが――
「ブラッド・ファングと、あっちはスケルトン・ウォリアーか……。」
再活性化と同時に襲われたのか、他の冒険者達が魔物に囲まれていた。
手早く腰のポーチから材料を取り出し、即座にポーションを完成させる。
「発火のポーションと、治癒のポーション。これだけあれば事足りるか」
一息に肉薄し、調合したばかりのポーションを放り投げる。
弧を描いたそれが魔物に直撃した瞬間、炎が一面を照らし出した
「ギャオ!?」
「だ、だれッ!?」
火だるまとなったエメラルド・ファングを仕留め、即座に治癒のポーションをばら撒く。
すると冒険者達を囲んでいたスケルトン・ウォリアー達の動きが途端に鈍化する。
アンデッド系の魔物には、治癒効果のあるポーションは致命となるのだ。
見れば戦っていた冒険者の仲間と思われる数名が、地面に転がっている。
「治癒のポーションを使った! 仲間を担いで地上に戻れ!」
「でも貴方は――」
「問題ない!」
青銅級でも、戦いようはある。
高濃度の薬草液を剣に塗布。
そのまま身動きの取れないスケルトン・ウォリアーへと、叩きつける。
魔石だけを残し、スケルトン・ウォリアーが砕け散る。
浅い層ならば、まだ戦いようはある。
先ほどの冒険者達は地上への道を進んでいくことを確認し、再び奥へと歩みを速める。
ルリアの無事を、祈りながら。




