39話
「ジノア、起きてください」
「あ、あぁ、どうした?」
「式典の準備に時間がかかるから、早めに起こしてほしいと言っていたでしょう」
穏やかな朝の日差しと、どこか心地よい呆れ声で意識が覚醒する。
ベッドから身を起こすと、寝間着姿のルリアが窓辺で風を浴びていた。
「そういえば、そうだった。復興を始めて五年で、まさかここまで来れるとはな」
「私達の……皆の努力のたまものです」
「そうだな」
彼女の言葉通り、ここは数年前まで魔物たちが徘徊する地獄の迷宮だった場所だ。
だが窓の向こうには今、瓦礫一つない、活気に満ちた美しい街並みが広がっている。
振り返った彼女の柔らかな横顔から、どうしても視線を外すことができなかった。
ミラ・レスの復興を夢見て、俺は戦ってきた。
ルリアと肩を並べるために。
だが全ての戦いを終えた今、俺はようやく本当の理由に気付いていた。
俺はきっと、ルリアのこの顔を見たかったのだ。
故郷を取り戻し、朝日の中でたおやかな微笑みを浮かべる彼女の姿を。
「いつまでそこにいるんですか? 先に準備してきますよ。早く着替えてください」
「そうだな、準備するかぁ」
少しだけ赤くなった耳を誤魔化すように、ルリアは慌ただしく部屋を出ていく。
俺は大きく伸びをし、ベッド横に置いてあった擦れた青銅級のプレートを首に掛けた。
◆
今日のミラ・レスは、完全復興を宣言する歴史的な式典の日だ。
かつての争いなど嘘のように、様々な領主や王女のエリーシアまでが出席するという。
街のあちこちで祝福の歓声が上がり、華やかな飾り付けが行われている。
「『勝利の号令』のメンバーも参加するようです。ただランガーヴィル領の新領主……ソフィールさん、でしたよね。彼女はお腹に子供がいるので欠席するそうですよ。手紙が届いていたはずです」
「そりゃめでたい。後から祝いの言葉を添えて返事を書くとする……か?」
「どうしました?」
雑踏の中を並んで歩いていると、冒険者ギルドの建物の前で、幼い子供が右往左往していた。
子供が必死に声がけをしても、周囲の大人達は気付かないか通り過ぎていくかだ。
俺は思わず立ち止まり、その小さな視線にしゃがみ込んで目線を合わせた。
「お嬢さん、どうした? 冒険者になにか依頼か?」
「お、お誕生日のお母さんに、お花を取ってきてほしいの。えっと、マーキスの、お花」
差し出された小さな手のひらの中で、硬いものが光った。
握られていたのは、使い古された大銅貨がたったの一枚。
命懸けで危険地帯に入る冒険者への依頼としては、少しばかり心もとない金額だ。
だが幸運なことに、『青銅級冒険者』への最低依頼料は設定されていない。
「わかった、俺が受けるよ」
「ほ、ほんとに!?」
「あぁ、任せておけ。俺は青銅級の冒険者だからな。こういう依頼は得意なんだ。お母さんの誕生はいつ?」
「え、えっと……三日後、だと思う」
「なら、急がないとな。必ずギルドに届けておく。だから名前を教えてくれるか?」
名前を聞いた後、満面の笑みを浮かべる子供を見送り立ち上がる。
マーキスの花ならば、ミラ・レスの近隣で採取できる。
馬車を使えば一日で往復できる距離だ。
ポーションの備蓄や素材はまだ余裕がある。
急げば明日にでも戻ってこれるだろう。
そんなことを考えながら振り返ると、ルリアが仕方がないというように小さく肩をすくめていた。
「まったく、仕方ありませんね。式典には欠席すると伝えておきますよ」
「助かる。たぶん明日にでも帰ってこれるはずだ」
「エリーシア王女殿下から直々に二つ名を貰えるというのに。ですがそれも、ジノアらしいですが」
正直に言えば、大袈裟な授与式にもあまり興味はなかった。
もちろん光栄なことだと思うし、昔の知り合いと再会するのも楽しそうだとは思う。
だが誰かが困っているのであれば、それを助けることがしたい。それが、俺の性に合っている。
呆れるルリアに苦笑を返し、俺は踵を返す。
荷物を取りに戻らなければ。
俺とルリアの家に。
そんな俺の背中から、名前を呼ぶ声がする。
「ジノア」
「あぁ、どうし――」
振り返って、そして唇を塞がれる。
離れていくルリアの顔に、思わず口元が緩む。
「いってらっしゃい」
「いってくる。すぐ戻るよ」
それだけを言い残して、装備を取りに向かう。
大銅貨一枚の依頼だがそれでも大切な依頼だ。
今日も僅かだが、俺の手の届く範囲で人を助けに向かう。
最下級の青銅級冒険者として。
◆
鏡と水の都、ミラ・レス。
王国が誇る麗しの都が復興を遂げたのは、今から約100年も昔。
歴史に残る壮絶な派閥争いが終結した後年の、王国歴144年のことだった。
伝説に謳われる冒険者クラン『燐光の召命』の活躍により、魔物の巣窟と化した都を奪還。
それ以降、クランの重要メンバーであったルリア・アーカレスト、後のルリア・アルバスの元に多くの協力者が集い、都は急速な復興の道を歩み始めたと記されている。
だが正史の裏で、そこにはもう一人の真の立役者がいたとする奇妙な説も残っている。
曰く、彼は冒険者ギルドで最も低い階級に身を置いていたという。
曰く、彼は冒険者の頂点である星銀級よりも優れた絶対の力を秘めていたという。
その極端な評価と、全く異なる見聞はいくつも発見されており、百年経った現代に至るまで歴史学者たちの間で激しい論争の的となっている。
しかして、その名も残らぬ冒険者は後世の記録でこう呼ばれていた。
最も低い階級でありながら、冒険者達の頂点に手を届かせた者。
『青銅の王冠』と。
「本当なのかなぁ?」
埃臭い本をめくり、擦れた文字を追っていく。
書かれていることは心躍る冒険譚を交えた歴史書だ。
だが出てくる人物達は、とても現実とは思えない人達ばかりだ。
特にこの、『青銅の王冠』と呼ばれた人物は。
きっと恵まれないスキルを授かった人達が作り出した、偶像かなにかだろう。
切りの良い部部まで読み終え、ぐっと背伸びをしたその時。
「レスティ、また本読んでるんでしょ! 今日はスキル鑑定の儀式をする日だって言ってあったじゃない!」
「わかってるよ、クーネ。今行く」
外から飛んできた声に思わず笑みが零れる。
幼馴染のクーネはこの日を長い間、待ち望んでいた。
だからこその気合の入りようなのだろう。
世界から与えられるスキルは、天啓と言っても差し支えない。
これから生きる道を指し示す、道しるべとなるのだ。
ごく一部の例外を除いては。
「教会のひとも来てるんだから早くしてよね! 私まで遅刻したと思われちゃうでしょ!」
ふと、そんなことを聞いて足が止まる。
確かに儀式は教会で執り行われるが、その迎えが来るとは聞いていない。
事前に調べた時も、儀式を受ける者達が直接教会へ出向くのが一般的だと言われていた。
子供達の数も膨大だ。
それらを全て回っていては、とてもではないが人手が足りない。
違和感を覚えて、クーネに問い返す。
「ごめんって。それで教会のひとが来てるって……?」
「そうよ、魔術師なんだって! すごく綺麗な人だったの!」
「へぇ、なんて名前なの?」
「き、興味あるの?」
「いいから、教えてよ」
自分で問いただして、そして耳を疑った。
「たしか……イリーシアだったかしら」
最古の王の都が生まれるより、人間の王国がこの地に根付くよりも以前。
精霊達が世界を回していた時代に生まれた者。
彼女は精霊と共に生き、そして歴史から姿を消していった。
魔女イリーシア。
運命を弄ぶ者。
そして――運命の歯車を廻す者。
「まさか、ね」
そっと古書を閉じ、その著者に目をやる。
イリーシア。奇しくも同じ名前だ。
なにかの偶然か。
いいや、それとも――。
そして再び、運命が動き出す。
物語はここで完結となり、後はあとがきの更新となります。
お付き合いいただきありがとうございました。
新作も投降し始めましたので、そちらもよろしければ読んでやってください。
本日中に14話まで投稿予定です。
追放された異端者、辺境で魔王たちの王となる。〜前世のゲーム知識で魔物を育成しながらのんびり開拓していたら、世界最強の魔王領が建国されていました〜
https://ncode.syosetu.com/n6684mp/
魔物達と開拓をしていたら、周囲の国々がビビり散らかす、あれです。
どうよよろしくお願いします。




