38話
「なら、お前の手でそいつを殺させてやるよ!」
「ルリア、俺の後ろに――」
「『影縫い』!」
ギルガーの凶悪な干渉スキルがルリアへ向けられようとした瞬間、ルリアは疾風のごとく踏み込んだ。
騎士達の間を影のようにすり抜け、地面を走るような低い一撃が、ギルガーの足元に炸裂する。
精神支配のスキルより先に、ルリアの一撃がギルガーに届く。
「くそ! あの女の動きを止めろ!」
「させるか!」
命令と共に魔導騎士達が動き出す。
襲い掛かってくる騎士達に対し、俺はすかさず煙幕と痺れ薬のポーションを投擲した。
ベルアスのように、雷撃を受けても動く可能性はある。
だが麻痺で体の自由その物を奪ってしまえば行動不能に持ち込める。
「強力なスキルなら、相応の制約も存在するはず。スキルを使うときは、相手を視界に入れる。あるいは動きを止めるなどです」
「母さんが……剣の師匠が言ってたことだったな」
ルリアが俺と背中合わせになりながら、冷静に状況を分析する。
確かにギルガーの精神干渉は強力だが、決して万能ではない。
使用者が焦っていること自体が、明確な弱点の証明だった。
煙幕で視界を奪われたことで、ギルガーは決定的な手を打てずにいる。
「邪魔くせぇ! ロットー、来い!」
「こいつ、緋色の塔の元頭領だ! 生きていたのか!?」
ギルガーが苛立ちに任せて叫ぶと、塔の影から凄まじい巨体を誇る男が飛び出してきた。
かつて大討伐隊が組まれた、緋色の塔の元領主。ロサの魔法を受けて死んだとされていたが、生きていたとは。その意識は見えず、ただただ強力な駒として生かされているようだった。
だが今さらその程度の敵で、止まるはずがない。
「問題ありません! この程度の敵が増えたところで!」
「ルリア、合わせてくれ!」
「もちろん!」
圧倒的な質量と威圧感を放つロットーの一撃を、ルリアは柔らかな剣筋でいなして受け流す。
その体勢が崩れた瞬間に、俺の一撃が深々とロットーの急所を抉った。
長年の連携による、完璧に息の合った一撃だった。
どう、と倒れるロットーを尻目にギルガーへ肉薄する。
だが――
「え、エイジス!」
「魔道具か!」
頼みの綱だった巨漢が崩れ落ちるのを見て、ギルガーは懐から黒い宝玉を取り出した。
即座に起動した宝玉から半透明の強固な障壁が展開され、ギルガーの全身を覆い隠す。
そのそれは、ヴィダールが魔法障壁を展開した時と同じ反応。
いかなる攻撃も通さない、絶対防御の障壁だ。
ギルガーにとっては、だが。
「惜しかったな、お前ら。ここから俺も出られないが、お前達も入れない。まぁせいぜい外で――」
「惜しかった? なにを言ってるんだ、お前」
俺の眼で見れば、防御魔法の隙はすぐに分かる。
刀身を障壁にあてがい、そして一気に貫く。
残光を残して魔法障壁は崩れ落ち、ギルガーの持つ宝玉は砕け散る。
「な、なんでエイジスが――」
魔道具ごと障壁を砕かれ、ギルガーは床にへたり込んだ。
常識ではあり得ない力の発現。
震えるギルガーの脳裏に、かつて自分が探し求めていたものの正体がよぎったのだろう。
「そうか、お前が精霊の残滓を、受け取ったのか……。」
『精霊の聖水』と『精霊の眼』。
これが俺の力の源であることは、間違いなさそうだ。
だがそれを手に入れたのは全くの偶然だった。
なぜ両親があのダンジョンに隠したのかはわからない。
『燐光の召命』より以前、『翡翠の泉の迷宮』を攻略した二人組というのが、恐らく俺の両親であることは間違いないだろう。
だがそれを知ったのは、この力を授かった後だ。
あの『翡翠の泉の迷宮』が再活性化しなければ。
あの時、俺が無謀にもルリアを助けにいかなければ。
この力が手に入る事もなかったのだ。
であるなら、俺が両親から貰った物は、この力ではない。
「俺が両親から受け取ったのは、家族を守るという、その教えだ」
俺をここまで連れてきたのは、間違いなく両親からの教えだった。
そして母から教えられた剣術。父から与えられた薬草学。
両親から受け継いだそれらの知識と技術だけだ。
絶望に染まったギルガーを見下ろし、俺は最後の一撃を、振り下ろした。




