37話
「アルバス……?」
名を呼ばれ、心臓が跳ねる。
だがギルガーは俺の名前を知らないはず。
問いかける俺に、ギルガーは吐き捨てるように告げる。
「堕ちた英雄、サーティファ・アルバスを知らないのか? 研究員と結託して、王国から魔道具の研究結果を盗み出した大罪人だよ」
確かに、俺の両親は過去を語りたがらなかった。
母親は剣術に優れ、父親は薬草学に長けていた。
もしも、その英雄が母で、研究員が父なのだとしたら辻褄は合う。
しかし、そうだとしても。
「……それがお前となんの関係がある」
「関係? 大ありだね。俺のスキルを強化するには、『精霊の聖水』と『精霊の眼』が必要だった。だが馬鹿共はそれを王都から盗み出しやがった。現存する最後の精霊の残滓と呼ばれた代物だ。結局、どんなスキルを使っても見つけることはできなかった」
「だから、魔神を呼び出すことにしたとでも言うつもりか?」
「仕方がないだろ。欲しいものがどこかに消えたんだ。別の方法で、俺の願いを実現するしかない」
なぜ俺の両親が研究成果を持ち出したのかは不明だ。
『精霊の聖水』と『精霊の眼』を持って消息を絶ったのかも。
だが俺の中にひとつの仮説が浮かび上がっていた。
それは俺の眼と、俺の体に流れている力がそのふたつの魔道具によるものではないか、というものだった。
『翡翠の泉の迷宮』の最下層で俺に語り掛けてきた声。
それ以降の、俺のものとは思えない常識を超えた力の数々。
俺の両親によって奪われた者と、与えられた者がこうして相対している。
これもなにかの因果か。
あるいは運命か。
「そんなにもスキルが重要か?」
「馬鹿だなぁ、お前。スキル以外になにが重要だってんだ? この力のおかげで王都では全てが手に入った。金も名誉も女も。いずれこの国さえも、俺の物になる予定だったってのに」
「そうか、だから俺の両親は……。」
すべてが繋がった。
この目の前の男を、ギルガーを生かしておくべきではない。
利己的で、そしてこの世の全てを自分の思い通りにできると考えている。
それが当然だと。
魔神との契約がなしてしまえば、それが現実になってしまう。
「なんだって? 聞こえねえよ」
「お前を、生かしてはおかないと言ったんだ」
「そりゃ怖い。だがな、勝敗でさえこの世はスキルで全てが決まる。こんな風にな」
男が指を鳴らした瞬間、足音が降ってきた。
それは魔法で強化された重装備を纏った、魔導騎士達の足音だった。
鎧に刻まれた意匠からして、ヴィダールの騎士達なのだろう。
数で全てが決まるとは思わない。
だが絶対的な数の有利は存在する。
この瞬間、勝機は限りなくゼロに近かった。
◆
「相手の精神を支配するスキルか。これで、ベルアスを操っていたのか」
「まぁ気付いても意味ないけどね。お前に効かないなら、こんな風に他の奴を操ればいいだけだし」
操り人形と化した騎士達が、一斉に強力な支援スキルを詠唱し始める。
後方に立つギルガーへと向けられた強化魔法だ。
他人を操ることができるなら、それはすなわち他のスキルや魔法を使えるようになるも同然だ。
だがそれはあくまで、借り物の力に過ぎない。
「それで強くなったつもりなのか? ベルアスは、昔の方が強かった」
「あれは玩具だって言っただろ。本物ってのは、こうやって使うんだよ」
腕を一振り。
ただそれだけで、魔導騎士達が流れる様な動きで俺を取り囲んだ。
ギルガーにようる支配によって、意識が統一されているからこそなせる技だ。
そして、この騎士達はヴィダールの精鋭に違いない。
加えてギルガーの意思のままに動かせるということは、ギルガーの剣術をも再現できるということだ。
あれが、十数人。
それも同時に相手をしなければならない。
勝機は、限りなく遠い。
それでも、勝つしか道は残されていない。
「種が割れれればなんてことはない。お前自身には、特別な能力はなにもないんだろ!」
「あぁ、必要ないからな。俺が命令すれば、勝手に周りがやってくれる。誰も仲間のいない、お前と違ってな」
精一杯な強がりはしかし、分厚い騎士達を前に霧散する。
この数の強化魔法を受けたギルガーも十分に脅威だ。
操られた騎士達と、極限まで強化されたギルガー。
くしくも俺とオーレリアが行った挟撃を返された形だ。
どうにか騎士達を突破して、短期決戦でギルガーを仕留める。
そんな考えを巡らせていた最中、地下に足音が響き渡る。
振り返れば、そこには星銀級の冒険者章を下げた少女がいた。
「誰もいない、ですか。残念ながらそれは、的外れな指摘ですね」
「なに? お前」
俺の背後から静かに歩み出たのは、凛とした空気を纏う剣士だった。
ギルガーの強化された魔力を前にしても、まるで恐れる様子はない。
それどころか、ただそこに立つだけで場の空気を支配していた。
「名乗るなら、ジノアの幼馴染で……そして家族でしょうか」
「ルリア!」
「遅くなりました。ここからは、貴方と共に」
その手に握られているのは、最後に会った時と同じ剣だ。
だがルリア自身の纏う空気は、全くの別物だった。
今まで絶望しか感じなかったこの状況でも、もはや恐怖は感じない。
ここから先は、俺一人の戦いではない。
背中には、これ以上ない頼れる相棒がいるのだから。




