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36話


 泣いている。

 ルシェリアが、泣いている。


 あの男を、ギルガーを殺すしかない。


 あの悪魔を。


 だが、どうやって。


 いや、どうすれば殺せるのか。


 わからない。


 俺は今、なにをしている?


 寒い。暗い。


 なにも、覚えていない。


 誰だ?


 この目の前の男は。


 この暗闇の向こう側に見えるのは。


「ジ、ノア……?」


 なぜ、この男が?


 かつて見下し、軽蔑していた顔が、どうしようもなく悲痛な目をして俺を真っ直ぐに見据えている。


 見るな。


 そんな顔で、俺を見るな。 


 お前に同情されてしまえば、俺はどうすればいい。


 お前だけは、俺を恐れなければならない。


 出なければ、俺は――


 ◆


 剣の腹の一撃が、首筋に飛び込んだ。

 地面に崩れ落ちるベルアスを一瞥する。


 何がベルアスを追い詰めたのか。

 誰がベルアスを駆り立てたのか。


 ピクリとも動かないベルアスは、それを答えはしない。


「行くぞ、ジノア」


「……あぁ、急ごう」


 

 促され、尖塔の中へ踏み込んだ。

 過去の因縁や抱いていた劣等感。

 それらを一度、置き去りにして。


 ◆


「悪いね、処分に付き合わせて。あの……なんとかってガキもさ、殺すのは忍びないと思ってたんだよね」


「気にするな。次は、お前も始末してやる!」


「合わせろ、オーレリア!」


 地下で待ち受けていたギルガーに、オーレリアが銀槍を突き出した。

 稲光と共に放たれた雷撃が、その地面を打ち据えて炸裂する。

 だが男は流れる様な身のこなしでその一撃を避けて見せた。


 しかし、僅かながらに見えた。

 俺の目で、魔法の痕跡が。


 ギルガーの注意がオーレリアに向いている隙に、回り込む。

 そして二発目を放とうとするオーレリアに視線を送る。

 

 挟み撃ちの形だ。

 だがギルガーもそれに気づいている。

 その結果――


 俺の一撃を避けようとしたギルガーに雷撃が直撃する。

 壁際まで吹き飛んだギルガーだがしかし、再びゆっくりと立ち上がった。

 その表情に苦痛や焦りはなく、むしろ最初のけだるげな表情のままだ。


「直撃、したはずだが」


「なんだ、この程度か。警戒して損したな。それじゃあ次は俺の番だ」 


 追撃に入ろうとした手が、止まった。

 ギルガーは先ほどまでとは全く異なる、まるで抱擁を受け入れるかのような構えを取っていた。

 その目には薄暗い光が宿り、周囲には異様な魔力が解き放たれる。

 咄嗟に立ち位置を変え、オーレリアの前に躍り出る。


「オーレリア! 俺の後ろに!」


「無駄だと思うよ。効果の範囲内に入れば、誰だろうと俺の言いなり――」


「す、すまない、ジノア」


 地下に強烈な嫌悪感が充満する。

 そして謝罪の言葉に振り返れば、オーレリアの体の動きが不自然に硬直していた。

 その銀色の槍の先が、ゆっくりと俺の方へと向きを変える。

 これがギルガーのスキル……ベルアスを操っていた能力の正体なのだろう。


「あれ、おかしいな。俺のスキルが効かないなんてことがあるんだ。なんでだ?」


「オーレリアは上の階へ引いてくれ。この男は、俺が始末する」


「だが……。」


 俺の体質のおかげか、あるいはこの眼の力か。

 スキルが通用しない俺に対して、ギルガーはわざとらしく首をかしげて見せた。

 正気を失いつつあるオーレリアを背に、俺は僅かな強がりを見せる。


 スキルが通用しない俺の存在に、ギルガーはわざとらしく首を傾げて見せた。

 正気を失いかけているオーレリアの背中を、俺は力強く押し返す。


「頼む。もしオーレリアと戦うことになったら、勝てる気がしないからな」


「……済まない」


 実際に、オーレリアと正面から戦うことになったら厳しい戦いを強いられる。

 相手を操っているからギルガーも動けない、という訳ではないのだろう。

 二対一、あるいはそれ以上の数的な有利を作り出せる凶悪なスキルだ。

 オーレリアの退避を見届けるが、意外なことにギルガーは追撃をしてこなかった。

 だがその表情には、今までにない嫌悪感が浮かんでいる。


「その目……気に食わないな。あのふたりを思い出す。いや、そうだな。魔神と契約できたら、探し出して殺すのも楽しそうだ。アルバスの、くそったれ共を」


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