35話
「中央にある魔術学院の尖塔が見えるか? あの地下が、魔神封印の伝承を残す神殿となっている」
「つまりあの目立つ塔まで行ければ、こっちの勝ちってことだろ。単純明快で助かる」
ヴィダールの構造は、古典的な円形都市でありその中央には大陸随一の魔術学院を要する巨大な塔がそびえたっている。
そこから区分けされている街も整然としており、ここに住む人々の性質を色濃く表しているように見える。
特に大通りに出れば、尖塔へは一直線だ。
しかし――
「アイアン・ゴーレムか。厄介だな」
大通りに踏み込んだ直後、行く手を阻むように地響きが轟いた。
巡回していたのは、鋼鉄製の巨大な機巧兵器達だ。
無機質な青い眼光が、俺達をとらえた瞬間に赤く染まる。
完全に敵として認識していた。
「さすがは魔法都市。こんな物まで街中を歩いてるなんてな。男としてはロマンを感じざるをえないな」
「言ってる場合か? アレの標的は私達だ。防壁を破って入ってきたのだからな」
「今回は特別に、アレの相手はアタシがしてあげるわ」
声と共に降ってきた銀色の閃光が、一撃の元にアイアン・ゴーレムを粉砕した。
地面に転がる鋼鉄の巨人の残骸を、その声の主が蹴り飛ばす。
その小柄な背中に、見覚えのある黄金色の髪が揺れていた。
「ハティア!? まさか『燐光の召命』が来てくれたのか?」
「残念、他のメンバーは一斉に活性化したダンジョンの制圧に向かってるわ。アタシは個人的に、あの腹黒の姫様に呼ばれてね。まぁ、こんな状況なら、アタシが来て正解だったわ」
「なら俺達がゴーレムの相手をすべきだ。ハティアが、元凶を叩いてくれ」
星銀級冒険者。
その高みにいるハティアの実力は、この一年間の戦いで嫌というほどに理解した。
元凶を叩きに行くなら、俺達よりもハティアが向かった方が勝算が高い。
だが前に出ようとする俺を、彼女は手首を軽く振ってそれを制止した。
「いいから、行きなさい。姫様から事情は聴いてる。そして『ジノア・アルバス』のこともね」
「ジノア・アルバスのこと……? なにを言ってる?」
引っ掛かり物言いに問い返すも、ハティアは答えない。
代わりに応えたのは、隣にいたオーレリアだった。
「行くぞ、ジノア。彼女がそう言っているのであれば、間違いはない」
「……ハティア、頼む」
「任せなさい。この『燐光の召命』のナンバー2、ハティア・アドモス・ヘクスガートにね」
これ以上の問答は、時間の浪費になる。
先を行くオーレリアを追いかけ、アイアン・ゴーレムを引き受けてくれたハティアに背を向ける。
後方で上がる激しい衝突音を背に受けながら、街の中央にそびえる尖塔を目指して駆け抜けた。
◆
その頂上が見えないほどの高さを誇る、尖塔への入り口。
巨大な門構えの前に立っていたのは、上等なコートを着崩したひとりの男だった。
思わず立ち止まり、そして腰の剣に手を伸ばす。
「お? なんだなんだ、もう来たのかよ」
「明星連合の人間だな」
「いいや? なんだそりゃ」
男は腰に剣を下げてはいるが、戦意は感じられない。
だがこの場所にいるということは、明星連合と無関係である可能性は低い。
相手の真意を測りかね、そして無駄な時間を費やすべきではないと結論付ける。
「……そこを退いてくれ。無抵抗な相手を、巻き込みたくはない」
「私達の邪魔をするなら、どちらにしても始末するがな」
「あら、騙されないか。他の場所に人手を割きすぎなんだよなぁ。結局は俺がこうして処理しなきゃならんのは、ちょっと面倒だ」
男は階段から腰を上げ、ゆっくりと首を回した。
その弛緩した空気を見逃すはずもない。
オーレリアが一歩踏み出し、銀色の槍が煌めいた。
刹那、雷の轟きが響き渡る。
閃光の後には破壊痕が色濃く残されていた。
だが、男に当たった様子はない。
「今の一撃を避けるか」
「おいおい、勘弁してくれよ。初手から殺そうってか?」
「俺達には時間がない。お前のふざけた時間稼ぎに付き合う気もな!」
肉薄し、狙うは男の首。
だが俺の斬撃はわずかに掠めるにとどまった。
いつの間に抜いたのか、男は剣で斬撃の軌道をそらしていた。
続けて斬り結ぶも、男はのらりくらりと交わしてく。
まるで最初から戦う気がないかのように。
だが、俺の目で見てもこの男が魔法を使っている様子はない。
つまり純粋な実力だけでオーレリアの一撃を躱し、俺の攻撃をいなしているのだ。
「ジノア、遊んでる暇はないぞ!」
「そうだな。合わせてくれ、次は確実に仕留める」
どれだけの実力者であろうとも、挟撃すれば全ての攻撃を避けることは不可能だ。
目の前の男もそれを危惧したのか、尖塔の門の付近まで大きく後退する。
「おっかないなぁ。さすがの俺も、まだ死にたくないな」
右手を挙げた男の背後にある暗がりから、ひとり姿を現した。
その顔に昔の覇気は全くない。
まるで意志を抜き取られた人形のように、ゆらゆらと不自然な足取りでこちらへと向かってくる。
「ベルアス!? なんで、お前がここに……。」
「お、知り合いなのか? 感動の再開だな。こいつは俺の玩具にしてた女の……なんだっけ。まぁ復讐しに俺のところに来たらしいんだけどさ、結局はこのざまだ。ぜひ、相手をしてやってくれよ」
風を切り裂く音が響き、顔をそらす。
一瞬の後、俺の頭のあった場所を矢が通過する。
そして雷鳴がとどろき、ベルアスを貫いた。後方からのオーレリアの援護だ。
だが、ベルアスは猛然と立ち上がり、再び矢をつがえる。
「おい、ベルアス! どうしたんだ!?」
「雷撃を無効化したか。スキルか、あるいは魔道具か。いずれにせよ、厄介だな」
「再開の礼はいいからさ、あとは仲良くしててくれよ」
「待て!」
尖塔の中へと向かっていく男を追いかけるが――
「後ろだ、ジノア!」
声に咄嗟に振り返り、剣を構える。
火花が散り、ベルアスの短剣を受け流す。
「ベルアス、目を覚ませ!」
「……す。殺す、殺す殺す殺す! この手で、殺してやる! ギルガー!」
俺の声は、届いていない。
あの男の――ギルガーに良いように使われるベルアスの姿に、僅かな同情が浮かぶ。
かつての身勝手で我の強い姿は、もはや微塵も残っていなかった。




