31話
「止まった方がいいっすよ。誰か、待ち伏せしてるんで」
「この先に……? よくわかったな」
「目がいいんで」
そういって、ダルクは自分の目を指さした。
彼のスキルからして、視力を強化するものではない。
つまり王女の護衛という立場で鍛え上げた実力に裏打ちされた能力だ。
そしてその助言通り、オータル村へと続く街道沿いにはひとりの男が待ち受けていた。
銀槍を構えようとするオーレリアを手で制し、俺は単身で馬車から降りる。
男の顔は、薄暗がりの中でもはっきりとわかった。
「ケルック・バートラムか。丁度いい、叩き潰して――」
「待ってくれ、オーレリア。ここは俺が」
周囲に、仲間の姿はない。
だがケルックは重装備を身に纏っていた。
話し合いが目的でないことは、一目瞭然だ。
「よく、その顔を見せられたな。アレだけのことをしでかしておいて」
「自虐はよせよ。シターデの幻草の栽培にバートラムが関与していることも、盗賊団との繋がりがあったことも割れてる。それにお前が加担してたこともな」
「ははは、それを指摘するために戻ってきたのか? なら納得するまで吠えてろ。どうせお前はここで終わりだ」
ケルックの顔に焦りはない。
悪事がバレたというのに、強者の余裕を崩していなかった。
直後、彼の掌の中で禍々しい光が明滅する。
身に着けた装備も徐々に力を増していく。
統一された防具ではなく、どこかちぐはぐに見える。
恐らく、そのすべてが魔道具なのだろう。
そしてなにより目を引くのは、その腰に下げられた剣だ。
スキルや魔法をとらえられるようになった俺の目で見ても、その剣は異質だった。
「魔道具か。それだけの数を揃えるのに、そうとう時間がかかったんじゃないか?」
「いまさら怖気づいたか? 青銅級のお前は知らないだろうが、世の中にはこうやって回ってんだよ。搾取する側と、搾取される側に分かれてな」
見下すように笑うケルックは、すでに勝ちを確信しているようだった。
だがケルックが見せびらかすそれらは、所詮バートラムが与えた力だ。
その構造に気付きもしない哀れな男に向けて、俺は短く告げた。
「なら問題ない。お前も俺も、搾取される側だろ? 自分が使い捨てにされてることにも気付けない、馬鹿な駒だ」
「ほざいてろ!」
◆
「アレだけ大口を叩いておいて、その程度か!?」
流れる様な踏み込み。
そして振りぬかれた剣は、触れてもいないのに石畳の道をずたずたに引き裂いた。
剣で受ければ、俺も同じような運命をたどることになるだろう。
「まるで周囲にはお構いなしだな。いいのか、たとえギルドマスターの息子とは言えこんな場所で暴れまわって」
「馬鹿が。この程度、親父に頼めばいくらでももみ消せる」
「どこまで行っても親頼りか。その魔道具も親から貰ったものなんだろ? 自分で解決しようとは思わないのか?」
「なにを言い出すかと思えば、まさか命乞いか!? 生れも財力も、全て力に変わりないだろう? 惨めだな、スキルに恵まれない奴は!」
ポーションを使って、防御や回避に専念する。
受ければ致命傷。だが不思議と恐怖……いや、生命の危機を感じない。
確かに強力だが、動きが単調なのだ。
魔道具の性能に対して、使っている本人の実力に乖離がある。
攻撃を一通り見切った後に、反撃転じようとするが――
「そろそろ本気で行かせてもらう!」
「急に出力が上がった……?」
「気付いたか? だがもう遅い!」
技術もなにもない、ただの袈裟斬りだ。
だがしかし、その威力は絶大だった。
「避けろ、ふたりとも!」
破壊の渦が地面を穿ち、その勢いのまま馬車を直撃した。
破片が飛び散り、原形をほとんど留めていない。
見ればケルックの持つ剣には、夥しいほどの光――魔力がまとわりついていた。
先ほどまでの単調な攻撃とは次元の違う、尋常ならざる威力だ。
「まさか、それが――」
「魔力の流れを取り込む聖剣、『空の息吹の剣』だ!」
勝ち誇ったように、ケルックが咆哮を上げる。
あれが、ミラ・レスから奪いされれた魔道具か。
燃える様な怒りがこみ上げるがしかし、どこか冷静な自分もいる。
「さすがの威力だな。普通に打ち合ったら、少し不味いか」
「ほらほら、どうしたよ! さっきまでの威勢はどこに行っちまったんだ!?」
「良かったよ、お前がそれに振り回されるような奴で」
探していた魔道具がこうして手元に転がり込んできたのだ。
恐らくだが『空の息吹の剣』を持ち出したのは、ケルックの独断だろう。
なら遠慮なく、頂くとしよう。
あの魔道具が強力でも、使い手であるケルックの技術は何一つ向上していない。
大振りの一撃を躱し、間合いの内側へと踏み込む。
放り投げたポーションが足元で炸裂し、ケルックに刹那の隙を生む。
「な、なにを――」
最初から、打ち合うつもりはない。
体勢を崩したケルックの肩口へと、剣の腹を無慈悲に叩きつける。
剣がケルックの手から零れ落ちて地面に転がった。
金属音が夜明けの街道に虚しく響き渡る。
利き腕を完全に潰され、ケルックは肩を庇いながら恐怖で顔を引きつらせる。
再び踏み込み、その無防備な腹部へと重い蹴りを叩き込んだ。
地面を何度も転がり、やがて呼吸も絶え絶えになって止まる。
これで、勝負は完全に決着だ。
そんな時、背中から声が飛んだ。
「とどめをささないのか? 私が代わりにやってやろう」
「目的の魔道具を手に入れたんだ。手を下す必要もないだろ」
「ま、待て! まだ終わって――」
腰のポーションに手を掛け、そしてケルックの顔面に投げつける。
痺れ薬と睡眠薬の混合ポーションだ。
それらを吸い込み、ケルックは白目を剥いて地面へと突っ伏した。
「死んだか。自業自得だな」
「おい、物騒なこと言うな。少し寝てもらってるだけだ」
オーレリアの冗談めかした呟きに溜息を吐きながら、『空の息吹の剣』を拾い上げる。
手にかかる重みが、ようやく実感を沸き立たせる。
問題の元凶である魔道具の片割れが、俺の手中に納まったのだ。
これでミラ・レスの奪還に、一歩近づいたのだ。
確実に。




