30話
冒険者の街、メル・クラウス。
その名の通り冒険者の行き来が盛んであるため、俺のようなしがない冒険者が悪目立ちすることもない。街に入った途端、憲兵に包囲されるという懸念も肩透かしを食らい、あっけなく冒険者ギルドへとたどり着いた。
そして目的の窓口に並び、そして受付嬢に対して軽く右手を挙げた。
「久しぶりだな、エルゼ」
「ジノア? 貴方、なんでこんなところに……。」
「すこし訳アリでな、ポルトスから拠点をこっちに移したんだ。なんせメル・クラウスは冒険者の街だろ? 俺が受けられる依頼も多いと思ってな」
幼馴染のエルゼ・ルールクは、受付嬢にあるまじき不快感を顔に張り付けていた。
そもそもこのギルドの建物は街の中央にあり、冒険者達の中にも暗黙の了解で上級冒険者専用という認識があった。
底辺ともいえる青銅級の俺がふざけて近づいてきたとでも思ったのだろう。
そしてそれら……露悪的ともいえる対応の根源には、彼女との確執が存在した。
「残念だけれど、青銅級に任せられる依頼はないわ。あったとしても、貴方には任せられない」
「まだ恨んでるのか、俺を」
「当然でしょ? 私の妹が……サリュアがあんな男とくっ付いたのは貴方が原因なんだから」
「それは本人が望んだことだろ。それにローガスだって悪い男じゃない」
エルゼが俺をそこまで嫌う理由。
それはまだ故郷にいた頃、彼女の妹に生き方についての助言をしたことに起因する。
ルリアと共に育った俺は両親の影響もあり、自分の信じた道を進むことが正しいと思っていた。
そのため、エルゼの妹であるサリュアに同じような助言をした。
だがそれは、美しく優しい妹を支配下に置いておきたかったエルゼにとっては、面白くないのだろう。
「あの子のスキルと見た目なら、街に出ればもっと上の幸せを目指せたはず。それなのに、貴方が冒険者になるなんて言い出して、好きに生きるべきだなんて無責任なことを言い出して、サリュアに悪影響を与えた」
「俺が冒険者になったこととサリュアの幸せは別問題だろ。それにお前が幸せだと思ってることが、必ずしも妹の幸せになるとは限らない。いい加減、サリュアを認めてやれよ」
「勘違いしてるみたいね。別にサリュアを否定してるわけじゃないわ。貴方の生き方を否定しているだけ」
氷のように冷めきった声音。
妹の為を装いながら、実際には『自分の支配下から逃れる相手』への単純な嫌悪だ。
そしてこのエルゼは、俺の両親が無くなった時に『自業自得だ』とのたまった相手でもある。
思い出すだけで腹が立つが、今はその時じゃない。
このエルゼの傲慢さこそが必要なのだから。
「ずいぶんと辛辣だな。これでも幼馴染だろ」
「やめて、反吐がでるわ、二度と言わないで。いいえ、今すぐここから出ていって」
「なら依頼の件は別の窓口で頼むとしよう。だがこれの手続きだけは頼む。受付嬢の仕事の一環だろ?」
俺はもったいぶった仕草で、懐から羊皮紙を取り出す。
表面には『燐光の召命』の紋章が押されている。
それを青銅級の、それも険悪な相手が持ち込んだ。
どうなるかは、火を見るより明らかだ。
エルゼは、今や自分が絶対的な権力の側にいると思い込んでいる。
だからこそ彼女は、俺を徹底的に追い詰めるはずだ。
冒険者ギルドの看板が自分を守ってくれると思い込んで。
だが逆だ。
エルゼはギルドの看板を背負っているのだ。
問題を起こせば、ギルドに波及するというのに。
だがもう、その羊皮紙はエルゼの手に渡った。
「これは、なに?」
「見ての通りだ。『燐光の召命』からの推薦状だよ」
ギルドを揺るがす、劇薬が。
「最低、最悪。ほんとうに、気持ち悪い」
そして予定通り、最悪の形でそれは始まった。
◆
「どうだ? うまくいったか?」
別のギルドの建物で合流したオーレリアを見て、思わず言葉が詰まる。
「ま、まぁ、想定以上に上手く失敗した……と言っていいのか。逆にあそこまで派手にやらかしてくれたなら、上手くいったといえるのか?」
「どっちなんだ? はっきりしろ」
本来ならエルゼが大袈裟に騒ぐことで、ギルドの上層部が介入。
そこから芋ずる式にギルドマスターまで巻き込む騒動を引き起こす手はずだった。
だが、初っ端からエルゼに『燐光の召命』の推薦状を破かれてしまったのだ。
当初の想定外ではあるがしかし、目的は達せられた。
バートラムを表に引きずり出すための、初手としては完璧だ。
バートラムを追い詰めるにはギルドマスターという地位を利用すればいい。
何故なら、ギルドに後ろ盾はない。ギルドその物が公平な組織として成り立っている、という建前が存在するからだ。
結果、ギルドマスターよりも立場が強い存在、例えば大陸最高と呼ばれる冒険者クランに詰められる状況になれば、バートラムは逃げることができない。
立場と権力が強力であればあるほど、その責任も同じように追わなければならないからだ。
その作戦に『燐光の召命』を巻き込んでしまったが、護衛曰くエリーシア王女は『燐光の召命』と面識があると言うので、問題はないだろう。
「少なくともこれで、『燐光の召命』が介入する切っ掛けはできた。エリーシア王女が手を回してくれるなら、確実にバートラムを表に引きずり出せる。そっちはどうだ?」
「依頼内容を確認したが、やはりオータル村付近の依頼はひとつもなかった。意図的に遮断しているか、あるいは特定の冒険者にのみ提示している」
「こっちも言われた通りやったっすけど、そのケルックって冒険者以外には立ち入ってないっすね。記録上は、っすけど」
一方、俺の仕込みの最中にはふたりに調査をしてもらっていた。
依頼の管理に介入できるような強権は、ギルドマスターであるバートラムしかいない。
そして意図的に、そして不自然にならないよう、記録を改ざんしているとすれば。
俺の考えは、そう的外れでもないはずだ。
「まぁ隠すなら当然、あの場所……オータル村だろうな」
「なくはない。だが持ち出している可能性もある。アレだけの大事があったのだからな」
「エリーシア王女から渡された手紙によれば『空の息吹の剣』は起動にも時間がかかるうえに、本格的に発動したら長時間動かすことができないらしい。つまり簡単に場所を移動することはできない」
強力な能力には相応の対価や制約が伴う。
それは魔道具であったとしても例外ではない。
起動してしまえば莫大な魔力を発する代わりに、秘匿と管理が難しいということだ。
だからこそ、バートラムは村をまるごと協力者にして、盗賊との癒着にも手を出した。
「なら急ごう」
近づいている。
ミラ・レスから奪われた魔道具に。
そしてミラ・レスを滅ぼした連中に。
逸る気持ちを抑えながら、再びあの村へと足を向けるのだった。




