29話
「よし、行くぞ」
「……待て、オーレリア。なんでここにいる? そもそもどこに行くかわかってるのか?」
「いいや、知らん。だがお前の様子を見ていればわかる。エリーシア姫殿下と会話してから、思いつめていただろう」
誰にも告げず、深夜の館を抜け出して馬車を用意した。
だというのに、いつの間にか御者台には当然のように銀鎧の女騎士が座っていた。
呆れ混じりに溜息を吐きながら、俺は荷物を馬車に放り込んだ。
「『空の息吹の剣』の場所が判明した。その詳細も色々とエリーシア王女から聞くことができた。それを奪いに向かう」
「ひとりでか」
「身動きがとりやすいからな。それに青銅級冒険者なら、失うものも多くはない。最後にミラ・レスを取り戻すことさえできれば、それでいい」
最悪冒険者ギルドから除名を受けても、個人で依頼を受けて活動するという方法もある。
もちろん信用も低く、ひとつ依頼を受けるのにも一苦労することになるだろう。
だが極論を言えば、最後の最後にルリアと共にミラ・レスを奪還できればそれでいいのだから。
しかし、そんな俺の言葉を聞いて腕組みをしていたオーレリアが小さくため息をついた。
「お前は、その幼馴染のことを理解できていない」
「ルリアの顔も知らないだろ、オーレリアは」
「あぁ、知らない。だが親しい相手が自分の為に全てをなげうつと言ったとき、果たしてお前はそれを喜んで受け入れられるのか? 私はそうして、ソフィールを傷つけた」
反論しようとした俺の言葉は、オーレリアの重い自嘲に遮られた。
「気負い過ぎだ。ふたりならば、多少は問題も軽くなる」
「いいのか? 下手をすると冒険者ギルドを敵に回すことになるぞ」
「それになんの問題が? もうソフィールは安全な場所にいて、自分の役目を見つけたのだ。ならば私も、すべきことをするだけだ」
迷いのない断言に、思わず頭を掻く。
説得は無理そうだ。それに俺が失敗してもオーレリアがいれば挽回も効く。
そして馬車を出発させようとしたとき、気の抜けた三番目の声が飛んできた。
「じゃあさっさと馬車を出発させてもらっていいっすか」
咄嗟に振り替える。
馬車の荷台には、見覚えのある長身の剣士が座っている。
「お前はダルクだったか。エリーシア王女の護衛が、なぜここに?」
「そりゃもちろん、目的を果たすためっすよ。あの魔道具の奪還を手伝うよう、命令を受けてるんで」
ダルクが面倒くさそうに答える。
あの曲者の第三王女が、気まぐれで戦力を寄越したらしい。
王女直属の護衛だ。
戦力として数えるならこの上ない助っ人と言える。
「まぁ戦力は多い方がいい。それで、目的地はどこだ? 長旅になるなら、物資も必要になるだろう」
「いいや、その必要ない。来た道を戻るだけだからな」
目的地に向けて伸びる暗い夜道を睨み据えた。
因縁の相手との決着をつけにいくための道だ。
◆
幸いにも盗賊の襲撃もなく、ただひたすら道を進み続ける。
揺れる荷馬車の御者席で、エリーシア王女から受け取った手紙を読んでいたオーレリアが顔を上げた。
「これの打開策はあるのか?」
「ケルックを交渉に使えれば良かったんだが、バートラムが息子を置いて逃げ出す可能性も十分にあるからな」
最終的な目的は、バートラムを表に引きずり出してその行いを白日に晒し、潰すこと。
だがその障害になるのが、バートラムを引きずりだす方法。
そしてバートラムが隠し持っている、『空の息吹の剣』の在りかだ。
ただ両方とも、目星がないわけではない。
「ではどうする。三人で突っ込んでバートラムを縛り上げるつもりか」
「無茶言うな。相手は『まだ』、ギルドマスターだ。直接手を出せばギルドその物を敵に回すことになる」
「問題は、バートラムの地位っすよね。領主もグルだろうなぁ」
「シヴィアス領の領主が明星連合だった場合……まぁ十中八九そうだろうが、強行突破は難しい。バートラムを脅せる物的な証拠を集めても、もみ消されるだけだ」
オータル村の一件がどう伝わっているかは不明だが、シヴィアス領内で暴れまわった俺達が信用される可能性は低い。そこを理由に証拠もバートラムを陥れるための捏造だと切り捨てられれば終わりだ。
それを打開するための方法は限られていた。
「バートラムに自白をさせる。あるいはそれを強要できる、強制力を持つ相手が必要か。しかし……。」
「あぁ、冒険者ギルドのギルドマスターとしての地位、そして領主という貴族の後ろ盾。その強固な立場から『空の息吹の剣』を任されるのも納得だ。正直に言えば、ほぼ手出しできる隙はない」
「賛辞の言葉を並べている暇はない。どうするつもりだ、ジノア」
「盤石と言える社会的な地位が脅威ではある。だが同時にそれは弱点にもなりうる」
シヴィアス領主という後ろ盾とギルドマスターという立場。
一見、立場上なんでもできるように見えるが、この場合は逆に足かせとなる。
こういった地位にいる場合、簡単に逃げることができないからだ。
組織の権力を笠に着ているのであれば、同じ組織の権力者には弱い。
俺達がすべきは、バートラムが逃げられないようにするための、下準備だ。
「なんでもいいっすけど、考えがあるってことでいいんすよね?」
「もちろん、打開策は考えてある。だがそれを使うには冒険者ギルドその物と、あの『燐光の召命』に迷惑が掛かる」
視線を後ろの席のダルクに向ける。
この作戦の肝は、ギルドマスターよりも立場が上のギルド関係者の協力が必要不可欠という所にある。
つまり大陸最高の名を欲しいままにする『燐光の召命』が最適だ。だが俺の独断専行で巻き込むことはできない。
援助を頼もうと王女の護衛にそれとなく探りを入れると、ダルクは簡単にうなづいた。
「いいんじゃないっすか? 姫様は燐光の召命と懇意にしてるっすよ」
「あのエリーシア王女が?」
「その辺は、まぁこっちでうまくやっとくんで」
本当に王女と燐光の召命に繋がりがあるなら、これほど心強いことはない。
これで一つ目の問題である、バートラムの処理はつつがなく進む。
後はエリーシア王女が俺の意思を汲んで動いてくれるか、だ。
「ひとつ頼みがある。今からいう言葉をエリーシア王女に伝えて、口裏を合わせてくれ。そうすれば簡単に、バートラムを引っ張ってこれるはずだ」
「ずいぶんと自信ありげだが、本当に可能なのか?」
失敗できない状況だ。
オーレリアが不安になるのも理解できた。
だが俺には不思議と相当に自信があった。
「あぁ、たぶんな。これを使って、ひと悶着おこすだけだ」
自分で言ってもなんだが、青銅級が持っていたら問題になるものを、俺は持っている。
大陸最高峰と言われた冒険者、その英雄のみが集まる冒険者クラン『燐光の召命』。
その推薦状を。




