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28話


 会議はつつがなく進んでいた。

 貴族同士の礼節なのか、激しさを感じる場面はない。

 だがお互いに淡々と譲らず、自分の領地の利益ばかり主張し続けている。


 一歩間違えば周辺一帯がミラ・レスの二の舞になる。

 だというのに、それらの言葉はどこまでも平坦だった。

 髭を蓄えた老獪な印象を与える人物――ギーデル公爵が、対面に座るフーベルへと問いかける。


「ではその『世界樹の種子』を使った場合、我々への影響は? 聖域……とでもいうのでしょうな。それが広がれば魔物の出現頻度も下がるでしょう」


「えぇ、魔物による領民の被害が減り、村ごとの冒険者への金銭的負担も軽減できます」


 にこやかに受け答えるフーベルだがしかし。


「でしょうな。魔物が減れば冒険者が去り、冒険者を相手にする商人も流動的に領地外へ流れる。ダンジョンの不活性化効果もあるのだとか。それらの経済的な損失を、どう補填していただけるのでしょうか」


 ギーデル公爵が穏やかな笑みを浮かべながら、明確な拒絶の色をにじませた。  

 言葉の端々に、同意と引き換えの対価を要求する計算が透けていた。

 だが相対しているのはフーベルだけではない。

 その隣に座っていたミレイアが加勢する。


「ギーデル公爵。今は『明星連合』の蛮行を阻止することこそ、最も優先すべきことではなくて?」


「わかっておりますとも、ミレイア夫人。それは我々としても賛同したします。ですがその後の問題にも目を向けていただきたいのです。自分達さえよければ、周囲はどうなってもいいという恥知らずな考えでなければ、の話ですが」


 議論はつつがなく交わされている。

 しかし前進する様子は一向に見えない。


 ギーデルの主張は単純明快。

 つまるところ、世界樹の種子を使いたければ対価を払え。

 できなければお前達には使わせない、ということだ。


「いつまでこんな馬鹿げた話し合いを続けるんだ……。」

 

 目先の利益しか見えていない老人。

 そんなことを考えながら呟いた一言だった。

 だがそれは、会議室に響くような声量となっていた。


「じ、ジノアさんっ!?」


「おっと、これは申し訳ない。青銅級の冒険者殿には馬鹿げた話に聞こえましたかな? 領民の懐事情を思うのが、我ら貴族の役目なのですが」


 ソフィールが血相を変え、ギーデル公爵は笑みを張り付けたまま俺を挑発してくる。

 たかだかぼやきがなぜ全員の耳に入ったのか。

 周囲をざっと見渡すと、笑いをこらえているエリーシア王女が目に入る。


「やりやがったな……?」


「いいのよ? 好き勝手言いなさい。最悪の時は、私が丸く収めるわ」


 王女本人のスキルか、あるいは護衛のスキルか。

 確かに周囲の認識に干渉するスキルしか見ていないため、片方のスキルは不明だ。

 だからこそ、油断していた。会議が長引き注意力が散漫になっていたということもある。

 

 とはいえ、すでに聞かれてしまったのだ。

 エリーシア王女の許可も出たことで、踏ん切りも付いた。

 襟元を正し、そして覚悟を決めギーデル侯爵に向き直る。


「そうですね、ギーデル公爵。お言葉ですが、この会議の最中にも敵が好き勝手動いていることをお忘れなく」


「もちろんですとも。私もそこまで耄碌していません。ですがね、冒険者殿。貴族には貴族のやり方、考え方が存在するのですよ。そこをご理解いただきたいですな」


「なら庶民には庶民の考え方と生活があることもご理解いただけますか? 貴方達の下らない、庶民には無関係の権力闘争でミラ・レスがどうなったか、忘れたわけではないでしょう」


 一度口を開けば、もう止められない。

 溢れ出すように言葉が次々と流れ出てくる。

 まぁ、今さら止めようとも思わないが。

 

 冒険者としての体面をかなぐり捨てて反論する。  

 ここで怯んでしまえば、いずれ主導権を奪われるからだ。


「あぁ、彼はあの事件の関係者ですの」


 エリーシア王女が捕捉を入れると同時に、話を続ける。


「相手の手元に魔道具がある限り、領地は狙われ続ける。そしてその対抗策の世界樹の種子を使うことに異論があるなら、より有効な意見を出していただけますか。それとも公爵というのは、他人の意見にケチをつけるだけで成り立つような立場なんですか?」


「ほう、恐れ知らずですな。ひとはそれを蛮勇と呼ぶのですよ。私も昔はそのような生き方に憧れましたが、老骨となった今では――」


「無駄ですよ、話を引き延ばしても。貴方のスキルは俺に通用しない」


 自然な形で俺と視線を合わせたつもりなのだろう。

 だが、俺には何故かエリーシア王女のスキルに類する能力は効かない。

 そこで初めて、老練な男の表情に微かなヒビが入る。


「『双星』でしたな、冒険者殿は。ご両親の名前を聞いても?」


「すでに亡くなっているので、そのような脅しは無意味ですよ」


「いえいえ、そのような下品な手は使いません。消したい相手がひとりならば、なおさらです。答えにくいのであれば、冒険者殿のお名前をお聞かせいただけますか」


 質問の意図が読めない。  

 だが俺も隠す必要はない。


「ジノアです。ジノア・アルバス」


「あ、アルバス……? サーティファ・アルバスのご子息、ですかな?」


「だったらなんですか?」


「あはははははははははっ!」


 突然、ギーデル公爵が腹を抱えて狂ったように笑い出した。  

 本人の護衛を含めた周囲が、その異様な振る舞いに呆気にとられている。

 当然ながら、それは俺達の仲間も同様だった。

 エリーシア王女は、俺の発言を聞いて悔し気に呟いている。


「そう、冒険者君はあの人達の息子だったのね」


「あのひと? 知っているんですか? 俺の母親のことを」


「あぁ失礼。ですがこれが笑わずにいられますか? なんの因縁か、あるいは星の巡り合わせだとでもいうのか。恐ろしいものですな、運命とは」


「ひとりで納得されても困るのですが」


 公爵の表情からは、先程までの敵意や計算高さは霧散していた。

 今は単純に、俺の顔をじろじろと無遠慮に眺めていた。

 まさかジノアの名前に、この場をひっくり返すほどの力が隠されていたのが驚きだ。

 さらなる説明を待っていたが、ギーデルは納得したようにうなずくだけだった。


「いえ、これ以上の話し合いは必要ありませんよ。私は世界樹の種子の使用に賛同します」


「急ですね。いいんですか?」


「えぇ、もちろんです。これが彼女の選んだ運命ならば、逆らう必要などありませんから」


 公爵の予想外の転向により、会議の形勢は一気に傾いた。  

 反対派の筆頭が同意したことで、そのまま世界樹の種子の利用は決定された。


 ◆


 会合が終わり、会議室を後にしようとしたとき。

 目の前にエリーシア王女が立ちふさがり、両手を広げた。


「よくやったわ、冒険者君。褒めてあげるから、しゃがんで?」


「俺の成果ではないので遠慮しておきます。それに護衛が凄い形相で睨んでいるので」


「いいのよ、彼ってば嫉妬するほどいい活躍をするから。定期的にこうやって餌をあげてるの」


 エリーシア王女の背中には、相変わらず影のように護衛が張り付いている。

 それを見ながらハグを交わす度量はない。

 そもそも相手は気軽い調子で話しかけてきているが、女王なのだ。

 俺が勝手に触れていい相手ではない。


「いい性格してますね」


「そうなの、よく言われるわ。だから、ね?」


 何事かと思い立ち尽くしていると、エリーシア王女の方が詰め寄ってくる。

 そして俺の耳元で、小声でささやいた。


「『空の息吹の剣』の在りかがわかったわ。『緋月の魔笛』のほうは、まだ正確にはわからないけれど」


「どこにあるんですか?」


「まさかとは思うけれど、奪いに行く気なの?」


「当然です。世界樹の種子を使っても、その魔道具があるかぎり被害は広がる。根源を絶たなければ意味がない」


「そう言ってくれると思ってた。だからね、特別に教えてあげる」


 守りを固めているだけでは、被害は防げない。

 その根本を解決しなければ。


 だが俺がそう答えることは想定の範囲内だったらしい。

 楽し気に笑みを浮かべたエリーシア王女は、一枚の用紙を俺に手渡した。

 開けば、簡潔に都市の名前と人物名が記載されている。


「そこなんですね。わかりました」


 思えば、エリーシア王女は最初から俺を送り込むつもりだったのだろう。

 

「頑張ってね、冒険者君」


 微笑む王女の視線を背に、俺は屋敷の外へと向かう。

 目的地までは遠くはない。


 なんせ、来た道を戻ればいいだけの話なのだから。

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