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27話

「失礼、します」


 ギィ、と静かな軋みが耳に入る。

 振り返ればメイドに連れられたソフィールの姿があった。

 昨日の豪奢な装いとは裏腹に、以前の服装に戻っていた。


 ゆっくりとテーブルまで近づいてきたソフィールは、俺とオーレリアの間の席に座る。

 その正面にはフーベルとミレイア、そしてエリーシア王女が並んでいた。

 相対するような構図になり、沈黙が流れる。

 それを最初に破ったのは、フーベルだった。


「そう気負わないで欲しい。私はフーベル・トーラス・ランガーヴィル。そして――」


 数秒の沈黙。

 ミレイアも目を伏せている。

 逡巡の末に、フーベルは続ける。


「――君の父親でもある」


 静寂に包まれた広間で、やけにその声が大きく聞こえた。

 だがその告白を受けても、ソフィールの顔に驚きはない。

 自分とこの領主を繋ぐ因果に、すでに薄々と勘付いていたのだろう。

 

「お母さんは、ランガーヴィル領で私を生んだと言ってました。けれど、お父さんのことは、なにも話してくれなくて……。」


「それは、済まなかった。君達を遠ざけるために私が頼み込んでいたことだ」


「……なぜですか?」


「貴族としての争いに、君達を巻き込みたくなかった。私の自分勝手な都合だが」


「そうじゃありません。なぜ、お母さんが病気になった時、助けてくれなかったんですか? 愛していなかったから、ですか?」


「彼女に、そう言われたからだ」


 意外な答えに、ソフィールの目が見開かれる。


「助けるなと? 信じられません」


「彼女の治療には莫大な支援が必要だった。私が関与すれば完全に関係を隠し通すことは難しい。それを知って、彼女は……ソーナは、君が争いに巻き込まれることを危惧したんだ」


「でも貴方は、私をここに呼んだ。お母さんが命をなげうってまで遠ざけた、この場所に」


 愛する娘を思い、支援を断った母親。

 その悲壮な覚悟を、フーベルは踏みにじったことになる。

 真っすぐで言い訳のしようもない糾弾を受けて、フーベルは深く頭を下げた。

 

「すまない。ソーナの願いを踏みにじる行為であることは、わかっている。だからこそ、私にはこうすることしかできない。頼む。このランガーヴィル領を、救ってほしい」


「あ、あなた! なにを――」


「叔母様? 静かにしてくださるかしら」


 領主としての体面を捨てた姿に、ミレイアが慌てて止めに入ろうとする。

 だがエリーシア王女が、ミレイアを黙らせた。

 額をテーブルに擦りつけるフーベルは、ひとりの無力な父親としての声で懇願する。


「ソフィール、断るべきだ。正直に言えば、私はこの男を信用したことを後悔している」


「オーレリア、私はお母さんから教わったの。困っているひとに手を差し伸べ、助けることを。その初めての相手が、貴女だった」


 制止しようとした親友の言葉を、ソフィールは遮った。

 ソフィールの目からは、迷いは消え去っていた。


「お母さんが残してくれた教えを、破ることはできない。父親だとか、貴族だとか、そういうことは関係ない。困っている人を、助けるだけ。教えて。私は、なにをすればいいの?」


 そのひたむきな決意に、広間にいた誰もが息を呑むしかなかった。

 

 ◆


「ソフィールの協力で、種子を使うことその物の問題は解決された。王族の許可も――」


「いえーい、第三王女の私が許可を出しちゃいます」


「ということだ。後は周辺領地の領主を説得する必要がある。そこで頼みになるが、ジノア君だ」


 あの話し合いの後。

 会合に向けた本格的な打合せが始まった席で、唐突に名前を呼ばれる。


「俺ですか? 農村育ちの俺に交渉術を求められても、力にはなれないと思いますが」


「実を言うと、ランガーヴィルに隣接するギーデル領の領主が曲者でな。相手の思考に干渉するスキルを持っている、とされている。詳細は不明だが」


 同じ領主であるフーベルがここまで警戒する相手。

 そんな相手を俺がどうこうできるのかと思っていた時。

 ふと小さく手を振るエリーシア王女が目に入る。


「それって……。」


「えぇ、私とダルクのスキルに酷似しているわ。その影響を受けない冒険者君がいれば、会合を有利に進められる」


「責任重大どころの話ではないですね。大丈夫なんですか?」


 大役どころではない。

 青銅級の冒険者に預けるには、あまりに重い責任だ。

 失敗して思考を読まれれば、この領地は切り札を失う。

 想像するだけで気が重くなった。


「主な交渉は私がおこなう。領主としての役目を全うするつもりだ」


「もちろん交渉は第三王女の私と、ソフィールも参加するわ。だから冒険者君は、ギーデル公爵のスキルが発動したらダルクに教えてくれればいい。それだけよ」


「ならひとつ質問が。この会合が重要なことはわかりましたが、その後はどうするんですか?」


 ただ守りを固めるだけの話には乗れない。


「どうする、とは?」


「そのままの意味です。世界樹の種子を使うのは対処療法。そもそも相手のふたつの魔道具を奪還しない限り、被害は拡大し続ける」


 参加するのであれば、ミラ・レスを滅ぼした連中への報復も視野にはいる。

 しかしながら今のランガーヴィル領では、そこに手が届くことはない。


 どれだけ強力な防壁を築いたところで、相手に被害を与えられないからだ。

 災害を起こす側が安全な場所にいるのなら、守る側に限界が来る。 

 根本を……ふたつの魔道具を排除しなければ。

 だが王女は赤いドレスを翻して妖しく微笑んだ。


「安心して。そちらも手を打ってあるわ。王族のコネを使ってね」


 ◆


「大丈夫そうか?」


「問題ない、と強がりたいが、これはもう出たとこ勝負になるだろうな。この先が思いやられる」


「お前の心境などどうでもいい。ソフィールの護衛は大丈夫そうかと聞いたんだ。私は会場の警備に回されてしまったからな」


 周辺領地の重役や領主、そして王族まで出席する大会合だ。

 巨大な扉の前、ひどく窮屈な礼服でオーレリアの冗談に答える。

 オーレリアも参加を希望したが、エリーシア王女の命で警護に回されてしまったのだ


「さすがに元とはいえ、王女様の命令には逆らえないか」


「王国民ならば当然のことだ。一部の例外を除いてな」


 一部の例外とは、言うまでもなく明星連合に与する連中のことだ。

 この会合の行方次第では、多大な犠牲が出る方法を取る必要が出てくる。

 だがまずは、目の前の目標に集中すべきだろう。

 

 剣を帯びることは許されない。

 途方もない重圧を身に纏い、俺は静かに大扉を押し開けた。

 まず目指すは、『世界樹の種子』による領地防衛だ。

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