26話
「緋色の塔。それが、以前ひとつの領地を『強奪』した大盗賊団の名前だ」
フーベルの口から語られたそれは、片田舎で育った俺にとって想像を絶するものだった。
領地を一つ丸ごと強奪するなど、小規模な戦争となんら変わりない。
「ミレイアと親交が深かったレヴェリ伯爵との連合で、緋色の塔を率いていた頭領『将軍』ロットーを討伐。残党は散り散りとなり、その領地に存在した魔道具『緋月の魔笛』も喪失した」
「その際に逃げ延びたカーヴァインと名乗る盗賊が持ち出したと、同じ緋色の塔の残党から聞き出しています」
ロサがまるで見てきたかの良いな言い方で、淡々と補足する。
その言葉の節々から、先ほどのグレイブへの情け容赦ない扱いが思い出される。
生半可な「聞き出し方」ではなかったことは容易に想像できた。
「その緋色の塔の残党って……。」
「あぁ、恐らくクレイブもそのひとりだ。ロサリアはミレイア様の陣営として参加していたと聞く」
「だから顔見知りだったのか」
オーレリアも俺と同じことを考えていたのだろう。
あのグレイブが、なぜメイドひとりに冷や汗を流していたのか。
ロサ自身が、かつての頭領を討伐した一員だったなら納得だ。
「そして十年前、改革派閥の最大勢力である『明星連合』がミラ・レスの領主と接触した。この時は改革派閥への加入を促しただけだと思われていたが……あの事件が起きた」
「その明星連合が、ミラ・レスの悲劇を引き起こした元凶ということですか?」
「断定はできない。だがその可能性は非常に高いと考えている。明星連合は元々、ダンジョン資源の独占と、既得権益を守る為に動いていた。その動きが活発化したのは連中が『緋月の魔笛』を手に入れてから。つまり……ミラ・レスの一件が引き起こされた直後からだ」
あの惨劇は、偶然に起こった災害だとばかり思っていた。
恐らく街にいた人々もそうだろう。
だが意図的に引き起こされた人災であったなら。
それを引き起こした者に問いかけるしかない。
何を考えて引き起こしたのか。そして何が目的だったのか。
答え次第では、相応の報いを受けてもらう必要がある。
だがそれにはまず、重要な情報が抜け落ちている。
「その『緋月の魔笛』と『空の息吹の剣』が、どうして事件に関係があると?」
「構想が元々あったんだ。特にオーレリアは、王国騎士時代に聞いたことがあるだろう。王都の研究所から持ち出された研究成果と、その裏切りについて」
「それは、先代王国騎士団団長の背任行為の話か」
「知っての通り英雄とも称された当時の騎士団長が、あろうことか王立魔導学院の研究員と結託して、研究成果を盗み出してしまった。その内容は簡単に言えば、魔道具同士を共鳴させてより強力な能力を生み出す、というものだ」
「その話なら教師から散々聞かされたわ。ダンジョンを意図的に作り出せるのであれば、危険と引き換えに豊富な資源を独占できる。けれどそれは同時に、他国を滅ぼす兵器にもなる。王都で使われたら……まぁ終わりよね」
エリーシア王女がこともなげに恐ろしい事実を口にする。
魔道具を組み合わせて、意図的にダンジョンを作り出す技術。
それが事実なら、ミラ・レスの被害状況と完全に一致する。
そして大陸中のあらゆる場所がミラ・レスのように魔物の巣窟と化す危険性も同時に生まれる。
一度発生させてしまえば、攻撃はもう終わっているのだ。
あとは半永久的にダンジョンから生み出される魔物が被害を拡大させる。
兵器としては、あまりに悪辣で規模が大きすぎた。
「ミラ・レスの領主は、その危険性にいち早く気付いていた。だが明星連合は自分達が『緋月の魔笛』を持っている事を秘匿して接触した。結果、改革派閥の意に反する答えを返したミラ・レスの領主に対し、明星連合はあの惨劇をもって報復した」
「そんな理由で……ミラ・レスは、滅んだのか」
こみ上げてくるのは怒りではなく、虚無感だった。
交渉が決裂したから、その見せしめに滅ぼされたのだ。
多大なる犠牲を出したあの惨劇が、ただの見せしめだったという事実。
そして権力者達の底知れない身勝手さに、吐き気さえ覚える。
「そして今、明星連合が狙っているのがこのランガーヴィルの地なのだ」
「フーベル! ここが最も安全だと言ったはずだ! あれは嘘だったのか!?」
フーベルの告白に、オーレリアが激高して身を乗り出した。
ソフィールを守るために手を血に染め、ギルドすら敵に回して逃げてきたのだ。
その逃げ込んだ先が次の標的だと聞かされれば、怒るのも無理はない。
だがそれを抑え込んだのは、ロサとミレイアだった。
「落ち着いてください、オーレリア様。ここが安全であることは変わりありません」
「狙っている、というのはミラ・レスのようになるという意味ではないわ。あくまで領地を奪おうと画策してるに過ぎない」
「とはいえ今はまだ交渉の段階だ。下手をすれば、奥の手として行使してくる可能性はゼロではない」
フーベルも声を上げてなだめるが、オーレリアに納得した様子はない。
だがそれも当然だった。
言い換えればこの瞬間も、時間稼ぎをしているに過ぎない。
明星連合の思い通りにならなければ、いつでもこの都市を滅ぼせる。
相手はそういう切り札を常に持っている状態なのだから。
「なにがしたいんだ? そんな場所に娘を呼んで、なにをさせようとしてるんだ?」
「ジノアと同意見だな。私は安全な場所に避難させるという理由で、ソフィールをここまで連れてきたつもりだ。お前達の闘争に巻き込むためではない」
「言葉を慎みなさい。フーベルは正当なランガーヴィル領の領主です。貴族に対する礼節を、教える必要がありそうですね」
「いや、ふたりの言う通りだ。全てを説明して、ソフィールに判断を仰ぐべきだろう」
ミレイアの威圧を遮り、フーベルは静かに頭を振った。
その顔には、複雑な感情が刻まれているように感じた。
領主としての覚悟と、父親としての後悔が。
「全てを、ということはまだ説明していないことがあると」
「我々も手をこまねいていただけではない。明星連合の一手を封じる方法が私達の手に内にある。だがそれを使うには王族や周辺地域の領主達の承諾が必要だ。そして何より、ソフィールの力も必要になる」
ソフィールは、まだこの場にはいない。
それはソフィールがこの話に関係がないからだと思っていたが、そうではない。
まずは全員の意見を統一する必要があると、フーベルが考えたからだ。
その証拠に、フーベルの事情を知るオーレリアと俺以外の全員は声を上げずにいる。
まずはソフィールと親しい間柄の人間を説得するという手法なのだ。
ちらりと横を見れば、仏頂面のオーレリアが目に入る。
確かに、状況は危機的だ。
断ればランガーヴィル領がミラ・レスと同じ運命をたどると言われれば断れない。
だが安易に、手伝うとまでは言えない。
最後に決断を下すのは当の本人――ソフィールなのだから。
「一応、話だけでも聞かせてください。それを手伝うかどうかは、また後から決めます」
「ミラ・レスを滅ぼした相手に復讐をしたいんじゃなくて?」
「それは俺の都合です。ソフィールを巻き込む理由にはならない」
試すような物言いのエリーシア王女。
だがそんな言葉に乗せられるほど、冷静さを欠いてるわけではない。
むしろ不思議と、頭はさえわたっていた。
フーベルは俺の主張を聞き入れ、そしてテーブルに置いてあった箱を空ける。
その中には、何の変哲もない一粒の種子が納まっていた。
「手段は単純明快だ。この『世界樹の種子』をランガーヴィル領に植え、ソフィールの本来のスキル……ありとあらゆる植物の育成を可能にする『大地の癒し手』としての力で、この領地を守るという手段だ」
そのスキルの名を聞き、俺はようやく納得できた。
ソフィールが追われていた真実。
それは単なる栽培のスキルなどではない。
大地そのものに干渉し、強大な魔力を誇る植物すら根付かせる力。
それがソフィールの正体であり、侯爵が彼女を隠さざるを得なかった本当の理由なのだ。




