25話
「ジノアです。見ての通り、冒険者をしています」
なるべく粗相のないように。
そして昨日のことを気付かれないように。
端的に自己紹介をするにとどめる。
「ねぇ、ギルドや酒場で私達を見ていたと思うのだけれど、違う?」
「……どうでしょう、覚えがありません」
「そうなのね。ごめんなさい、私の勘違いだったみたい」
微笑を浮かべるエリーシア王女は、それだけ言うとあっさりと距離を取った。
誤魔化しきれたのか、それとも俺が意図的にそう答えたことを見抜いたのか。
深く追及してこなかったのはありがたい。
これ以上会話をすればボロを出しかねない。
「エリーシア様、全員集まったようです」
「わかったわ。それじゃあね、冒険者君」
背後に立つ護衛の言葉に、王女は微笑んで身をひるがえす。
そして部屋の上座へと、優雅な足取りで向かっていった。
周囲には、すでに侯爵を面々が席に着いている。
「さて、揃ったかな。昨日は忙しなくしていたが、今日は大丈夫……な、はずだ。邪魔が入らないうちに、本題に移ろう。ここに呼ばれたことに疑問を持っている者もいるだろうが――」
「確認したいのですけれど、そちらの冒険者も話し合いに参加させるつもりなのかしら」
進行を遮ったのは、氷のような声だった。
声の主は、昨日もフーベルと共にいた女性だ。
その視線からして、俺に猜疑心を抱いているのは明白だった。
まぁ、青銅級の冒険者が紛れ込んでいれば疑うのも無理はないが。
「ミレイア様、彼はソフィール様の護衛を務めた冒険者です。信頼できるかと」
「その話は聞いています。感謝すべき相手であることも。でも話に参加させる理由にはならない。報酬を渡して、立ち去ってもらうべきではなくて?」
傍に控えるロサの言葉を、ミレイアはあっさりと切り捨てる。
しかしその主張はまったくもって正しい。
本来であれば、俺のような存在がここにいること自体が異常だ。
さっさと立ち去れるものなら、俺だってそうしたい。
求めた報酬がもらえるならすぐにでもそうするだろう。
だが、そんなミレイアの言葉を遮った者がいた。
真っ赤なドレスに身を包んだ、エリーシア王女である。
「いいえ、彼には是非とも参加してもらうべきだわ」
「再三になるけれど、その理由を伺っても? 姫殿下」
「彼には何故か、私とダルクのスキルが通じていないみたいなの。今後の会合を考えれば、彼を手放すのは惜しいと思わない?」
王女の一声で、場の空気が明確に冷え込んだ。
エリーシア王女とその護衛のスキル。
恐らく、俺に対して使われた幻術か隠密の類だろう。
それを看破したと判断されたことで、俺への利用価値が見いだされたのだ。
王女の中では、昨日も俺が気付いていたことは確定事項らしい。
「その話が事実なら、たしかに会合を有利に進めることができるでしょうね」
「なにか含みのある言い方じゃないかしら」
「そう感じたのでしたら謝罪いたしますわ」
豪奢な調度品と着飾った参加者。
まるで優雅な夜会のような光景とは裏腹に、ミレイアとエリーシア王女の舌戦に冷や汗が滴る。
そして最大の問題は、その焦点が常にこちらへ向いているということだ。
「発言をお許しください」
「許可します。名乗りなさい」
「元王国騎士のオーレリアと申します。彼は……ジノアは目的のために、ソフィールの護衛を引き受けてくれた冒険者です。依頼の内容からして、報酬を支払い解放すべきかと」
矛先が俺に向こうと瞬間、オーレリアが俺を庇うように一歩前に出た。
無用な権力闘争から俺を遠ざけようとしてくれているのだ。
不器用だがしかし、確かな気遣いを感じられた。
だがオーレリアの進言を聞いてもエリーシア王女は揺るがない。
視線をこちらに向け、淡々と質問を繰り出した。
「なぜ、ソフィールの護衛を引き受けてくれたのですか? 事情が分かった時点で逃げることもできたはずですが」
誤魔化し切れる相手ではない。
観念した俺は自身のルリアへの思いと、抱えている目的を白状する。
下手に嘘を付く必要もない。
どう転んでも、後ろ盾が必要なことに変わりはないのだ。
「……という理由があるからです。そのために鑑定士か、燐光の召命に顔が利く人物を紹介して欲しいと考えていました」
「魔物に滅ぼされた、幼馴染の故郷の奪還ですか。美しい友愛、そして家族愛ですね」
「どうも。ですが家族を思って行動するのは当然のことです」
「ならばなおのこと、同席してもらうべきでしょう。我々の都合ではなく、彼の為にも」
怪しげな笑みを浮かべるエリーシア王女。
そしてミレイアは扇子で口元を隠しているため、表情は読めない。
そもそも今の話を聞いて、なぜ俺が参加すべきとなるのか。
「姫殿下、俺はそこまで固執されるような冒険者では――」
「その滅ぼされた都市は『ミラ・レス』ですね。違いますか?」
まるで、心臓を鷲掴みにされたかのようだった。
搔い摘んだ説明はしたが、具体的な都市の名前までは出していない。
だというのに、なぜ彼女はその名前を言い当てることができたのか。
動悸が早まり、早鐘を打つ。
「……なぜ、それを?」
「この一連の騒動には、『ミラ・レス』が滅んだ理由と、その際に持ち去られた秘宝『空の息吹の剣』が関わっているからですよ」
ミラ・レスが滅んだ理由が、ただの天災ではなかったという事実。
それに関する情報をちらつかされた以上、ここで引くという選択肢は消滅した。
「さて、もう一度聞きます。冒険者君には私と護衛の姿は、どう見えているの?」
「昨日と同じ赤いドレスと、顔を隠した長身の冒険者。これでいいんですか?」
周囲を見渡すと、各々が目を見開いていた。
その反応を見るに、各自が別の姿を見ている様子だった。
そしてエリーシア王女が護衛にひとこと掛けると、僅かな光の残滓が流れていく。
そこでようやく、本来の姿を晒したのだろう。
「合格です。彼の有用性はこれで、証明できましたね」
「……わかりました。彼が望み、その能力も示したのであれば問題はありません」
ミレイアもエリーシア王女の言を認め、目を伏せる。
そこで話の進行を止められていたフーベルが、宣言する。
「ではミレイアも納得した所で、話を進めよう。このランガーヴィル領の未来。そしてひいては、王国の未来を左右する議題に」




