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24話

「ようこそ、イリィーシアに。私はフーベル・トーラス・ランガーヴィル。今は訳あってこの街に滞在しているが、ランガーヴィル領の領主をしている者だ」


 街の中央に構える豪奢な洋館の広間。

 威厳と風格を備えた中年男性が、柔らかな笑みを浮かべて俺達を出迎えた。

 まさか貴族である本人が出迎えるとは思っておらず、思わず身構える。

 だがフーベルは立場の差などおくびにも出さず、むしろためらいなく頭を下げた。


「そして言わせてほしい。本当に、ここまでご苦労だった。ぜひ、ゆっくりと疲れと傷を癒してほしい」


「貴方の為ではない。ただ友人を助けるための行動だ」


「わかっているとも。それでも感謝の言葉ぐらいは言わせてほしいな、オーレリア。それに君は……。」


 知己の仲であろうフーベル侯爵に対し、オーレリアは一歩も引かずに毅然と答える。

 そしてフーベル侯爵の視線が俺へと向く。

 そこには一抹の警戒心が浮かんでいるようにも見えた。


 見知らぬ人物がこんな場所に入り込んでいれば当然の反応だろう。

 務めて冷静に、月並みな自己紹介をする。


「ジノアです。冒険者をやっています」


「信頼できる同行者だ。幾度となく私とソフィールを助けてくれた。彼がいなければ、無事にたどり着くことはできなかっただろう」


 オーレリアの突然のベタ褒めに、俺は思わず頬を引きつらせた。


「大袈裟じゃないか?」


「いいや、事実だ」


 鉄仮面のオーレリアは、真顔でそんなことをのたまった。

 そしてその言葉を真に受けたフーベル侯爵は、駆け寄って俺の手を取る。

 その顔には人懐っこい笑みが浮かんでいた。


「それなら私の命の恩人も同然だ。是非とも謝礼をさせて欲しい」


「え、えぇ。それでは鑑定士か、ギルドに顔の聞く人物を紹介していただけると、助かります」


「それだけでいいのかい? 望むなら土地や役職を用意することも――」


「旦那様、会合の方々がお呼びです」


 話がとんでもない方向に転がりかけたところで、控えていたメイドが急かすように耳打ちをする。

 感謝を込めて頭を下げると、目を伏せて小さく頷いていた。

 これができるメイドというやつだろうか。

 ただフーベル侯爵は納得していない様子だった。


「待ってくれと伝えてくれ。今日ばかりは――」


「アナタ、役目を果たしなさい。再会を喜ぶのはその後でもできるでしょう?」


 女性の、冷たく響く声が広間に響いた。

 見れば階段の上から、ひとりの女性が見下ろしていた。

 フーベル侯爵はなにか言い返そうとして結局、肩を落とすにとどまった。

 どうやら彼女が正妻、あるいはそれに近い立場の人物らしい。


「……わかった。それでは、ここで私は失礼するよ。また後ほど話そう。彼等に部屋の案内と必要な物の手配を頼むよ」


「承知いたしました、ご主人様」


 メイドに言いつけ、フーベル侯爵は女性を伴って部屋から立ち去る。

 早足に立ち去るその後姿を見送り、俺は思わず小さく息を吐いた。


「緊張したな。あれが本物の貴族か」


「緊張する必要などないだろう。貴族と言えば、私も元騎士階級だぞ?」


「あぁ、そうか。オーレリアも一応、貴族階級の人間だったのか」


「一応とはなんだ?」


 俺の軽口にオーレリアが眉をひそめる。

 下手に応えれば拳が飛びそうな雰囲気の最中。

 建物の入り口側の扉が、ゆっくりと開かれた。

 

「お連れいたしました、旦那様」


 目に飛び込んできたのは、楚々としたドレスの女性だ。

 その明るい髪色の女性は数人の使用人に付き添われ、不安定な足取りで近づいてくる。

 ドレスにも着慣れていないのか、酷く落ち着かない様子だ。


「ほ、ほんとうに、ここで合ってるんですか? 私なんかが入っていいような場所じゃあ……。」


「ソフィール」


「お、オーレリア!」


 名前を呼ばれた女性――着飾ったソフィールは、オーレリアの顔を見るなり安堵の表情を浮かべた。

 正直に言うと、オーレリアが名前を呼ぶまで彼女がソフィールだと気付かなかった。

 それほどに彼女の姿は豹変していた。


 その後ろの付き人達の中に、見慣れた顔を見つける。

 まるで興味なさげなロサに声をかける。


「ロサ、ティルとグレイブは?」


「ティル様は疲れているご様子でしたので、ここのメイドにお部屋へ案内させました。あの薄汚い盗賊は憲兵へ引き渡したので、すぐに情報を漏らすでしょう。持っていればの話ですが」


 長旅で体力の限界だったティルに部屋を当てがってもらえたのはありがたい。

 ただ問題はグレイブのほうだ。

 こちらに必要な情報を、命惜しさに漏らす姿を想像できない。

 

 どこか抜け目のない男だ。

 だが憲兵もそういった専門のスキルを持った者がいるのだろう。

 数日もたてば結果はわかる。


 ここにいれば急ぐ必要もない。

 俺達は客人の身であり、持て成される側だ。


「侯爵も色々と忙しいようだ。詳しい話はまた後でということになってる。俺も少し体を休めたい」


「でしたらメイドに頼んで部屋を用意させましょうか」


「あ、あぁ、そうだな」


 ロサが視線を向けると、壁際に立っていた他のメイド達が一歩前へ出た。

 メイドがメイドを使っている。その光景に違和感を覚えるが、これが普通なのだろうか。

 じっとロサの後ろ姿を眺めていると、ふいに彼女が振り返る。


「私もメイドですがハウスメイドではないので、こういった雑務は専門外です。あしからず」


 空気を読んだメイドの一人が、慌てたようにロサの代わりを務める。


「お、お部屋へご案内します」


「あら、ご丁寧にどうも」


 メイドがメイドに案内させるという珍妙な光景と共に、俺達の死闘と逃避行は一応の休息を迎えたのだった。


 ◆


 冒険者の性だろうか。


 立派すぎる天蓋付きのベッドで少しばかり横になったのもつかの間。

 落ち着かず、すぐに街中へと繰り出していた。

 道中に使用したポーションの材料を補充するのが主な目的だが、観光も兼ねている。


 最古の王の都、イリィーシア。

 そう呼ばれるだけあって、その名にふさわしい、古き良き美しい街並みが今も多く残されていた。

 かつてこの都に王家の血を引く者達が多く住んでいたというのも、単なる与太話ではないのだろう。

 歴史を感じさせる重厚な建築物は、歩いているだけで目を奪われる。


 街の風景を楽しんだ後は、道具屋や鍛冶屋の品揃えを確認する。

 こういった施設の質には街ごとに特色があるため、冒険者にとっては一種の楽しみでもあった。

 俺の薬草学で使える珍しい素材もいくつか見つけることができた。

 

 最後に冒険者ギルドへ向かい、ここの依頼傾向などを確認しようと考えていた。

 だがギルドが建つ大通りを歩いていると、不思議と目を引く二人組が中へと入っていくのが見えた。

 俺も後を追うようにギルドの扉をくぐる。

 しかし中へ入ると、周囲の荒くれ冒険者達はその二人組に一瞥もくれていない。

 

「なんだ……?」


 怪訝に思い、遠巻きに観察する。


 その二人組の片方は、長身の冒険者だ。

 革と鉄製の防具を組み合わせた実戦的な装いに、背の丈ほどの長剣を背負っている。

 目元を布で隠しているため素顔はわからないが、冒険者としてはさして変わったところはない。

 

 問題はもう片方だ。

 豪奢な真っ赤なドレスに身を包んだ少女が、堂々とギルドの中を歩き回っているのだ。

 それも、他の冒険者達を値踏みするかのように、じろじろと覗き込みながら。


 普通なら冒険者側から下品な野次が飛ぶか、絡まれて喧嘩になるだろう。

 だが誰一人として、その少女を気にする素振りを一切見せない。

 この街の冒険者が揃いも揃って極度に行儀が良い、という可能性ないわけではないが。


「まぁ、余計なことに首を突っ込むのは――」


 御免被る。

 厄介事の匂いしかしない。

 

 そう結論づけて視線を外そうとした瞬間、思わず足を止めた。

 視界の端。

 布で顔を隠した長身の冒険者が、俺の方をじっと見つめ返していたのだ。

 

 慌てて視線をそらし、俺はギルドから足早に立ち去った。

 どう見ても普通の二人組ではない。

 逃げるように大通りを歩き、手近にあった小奇麗な酒場へ駆け込んで一息つく。

 

 ここなら安全だ。

 だが、頼んだ冷たいエールを一口飲もうとした時だった。


「ねぇ、このひと? 私のこと見てたのは」


 いつの間にか、俺の目の前の席で赤いドレスの少女が優雅に頬杖をついていた。

 その背後には、例の長身の冒険者が彫像のように立って俺を見下ろしている。

 少女が目の前で手を振るが、なるべく目を合わさないよう酒場のメニューに集中する。


「あら、気のせいだったのかしら。つまらないわ」



 反応を保留し続けていると、次第に興味を失ったのだろう。

 彼女は長身の冒険者を引き連れて酒場を立ち去った。

 

 あからさまに高度な隠密スキルか、それに類するスキルを使っている相手だった。

 俺が気づいたことが、彼らにとっては不服だったのか、不都合だったのか。

 はたまた本物の幽霊の類だったのか……。。

 

 だが、確かめる必要もない。

 こんな古都なら、そういった奇怪な現象のひとつやふたつ、あって当然だ。


 ならば深入りしないのが一番に決まっている。

 下手に巻き込まれてしまえば最後、これ以上厄介事を抱え込む余裕などない。

 そう自分に言い聞かせてエールを飲み干し、簡単な食事を腹に詰め込む。


 そして何事もなかったかのように、速足でランガーヴィル侯爵の館へと戻ったのだった。


 ◆


 翌日。

 俺達は広間に呼び出されていた。

 会合がひと段落したところで話し合いの場を設けたいというのだ。

 そして目の前にいる人物を紹介され、俺は絶句することになる。


「紹介しよう。彼女は我らが王国の第三王女、エリーシア・ヴァン・ハルヴィート・エテルシア姫殿下だ」


 フーベル侯爵が恭しく一礼し、赤いドレスの少女へと手を差し向ける。


「あら、貴方。昨日の冒険者じゃない」


 『幽霊』が、王家特有の金糸の髪を揺らして悪戯っぽく微笑んでいた。

 まさか幽霊よりもよっぽど厄介な相手に絡まれていたとは、流石の俺も想定していなかった。

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