22話
ギルドの扉をあけ放ち、速足でカウンターへと進んでいく。
視線を感じ、ざわめきがさざ波のように広がっていく。
その名前が呼ばれ、畏怖と尊敬、そして侮蔑の声が交じり合う。
新生『勝利の号令』。
元々白銀級のパーティだったが、半壊。
そこで私は残ったキャティと共に新たなメンバーを迎え入れた。
ベルアス、セジル、ジノアの穴埋めという訳ではない。
全く新しい、一からのスタートという心意気で。
ただ当然ながら構成しているメンバーが変わったため、現在のギルドの評価による階級は一つ下がっている。
だが今では、再び白銀級に返り咲く目前という所まで来ていた。
「なんだか注目の的ですね、私達」
新しく加入してくれた剣士のシオンが、居心地悪そうに周囲の視線を気にしている。
同じく新加入の僧侶のミーヤが、自慢げに胸を張る。
「そりゃそうでしょ。なんたって私達はあの『勝利の号令』なんだから」
注目されるのにも理由はある。
元白銀級の私とキャティがいることで依頼を次々とこなしているという実績。
加えて、『燐光の召命』から直々に訓練を受けたこと。
そしてハティアから目をかけられているという事実が広まっているからだろう。
だがそれらが必ずしも、良い結果だけを引き寄せるわけではない。
「やぁ、こんにちは、ルリア。以前の話は考えてくれたかな」
人ごみを掻き分けて近づいてきたのは、見知った顔の冒険者――セイヌだった。
白銀級パーティに所属しており、以前にも何度か顔を合わせている。
そして顔を合わせれば眉をひそめるめる。そんな相手だ。
「セイヌ、その件はすでにお答えしたはずです。今は誰とも組む気はないと」
彼らからの合併の申し出を受けたのはずいぶんと前だ。
ハティアからの訓練が終わり、新たなメンバーを募集していた時。
彼等から自分達のパーティに加入するなら、と誘いを受けたのだ。
もちろん断った。
だが、セイヌは引き下がる気配を見せない。
「どんな手を使ったのか知らないけど、たとえ『燐光の召命』に認められようと所詮は黒鉄級だ。メンバーの質も下がって、連携も取れてないんじゃないか?」
「いいえ、むしろ以前より動きやすいほどですが。それが貴方達に関係があるのですか?」
努めて冷静に、彼の言葉へ返答する。
それに冒険者同士のイザコザは日常茶飯事だ。
並大抵のことで気を立てていては、やってはいけないだろう。
「強情だなぁ。なぜそんなお荷物を背負って戦っているんだ? 前もそうだっただろ。あの『双星』の出来損ないを――」
前言撤回。
右の拳に確かな手ごたえ。
セイヌの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
それ以上、あの人の名を穢す言葉を聞く理由も意味もない。
一切の予備動作を排して放った私の右拳が、こめかみに正確に振り抜かれた。
目の前の屑は、受け身も取れずに地面に叩きつけられ、白目を剥いて黙り込んだ。
「黒鉄級の冒険者に腕力で負けるようでしたら、その色の冒険者章は返却すべきですね」
いつの間にか沈黙したギルドの中に、私の声だけが響いた。
◆
「さっすが、私達のリーダー。あんなナンパ野郎、敵じゃないね」
酒場のテーブル席に戻るなり、ミーヤがはしゃぐように声を上げた。
「ま、まぁ、元々同じ冒険者だから商売敵であって敵じゃないんだけどね」
僧侶のミーヤが苦笑いしながらフォローを入れる。
ミーヤ達には頼もしく見えたかもしれないが、これからは控えるべきだろう。
今の勝利の号令を考えれば、全ての力を目の前の依頼解決に注ぐべきなのだから。
だが、嫌でも思い知る。
これが『燐光の召命』から直々に目をかけられているという重圧。
まだ候補というだけでこれだけの責任。
隙を見せれば蹴落とそうとする輩が群がってくる。
私が相応しい実力を身につける頃には、この責務はどれほどの重さになるのだろうか。
そう考えると、無意識に溜息が漏れていた。
「黙り込んじゃってどうしたの?」
キャティが小首を傾げて覗き込んでくる。
「少し考え事をしていただけですよ。ここのところ、そんな暇さえありませんでしたから」
「ってことはまたジノアのこと考えてたんでしょ。いつの間にかいなくなってたけど……何処に行ったんだろうね」
「きっと考えがあってのことです。キャティこそ、本当に良かったのですか? パーティに残って」
私は静かに視線を向けた。
「なに? 不満でもあるの? 何度も言ってるけど、ジノアを追い出すのに賛成したのは、本当にジノアが死ぬかもしれないと思ってたからだからね」
キャティはあの時、ダンジョンの最下層でジノアに命を救われた。
その恩を返すためにも、彼女は共に戦うことを選んでくれている。
だが別の道に進むという選択肢もあったはずだ。
「それはもう理解しています。でなければこうしてパーティを組んではいません。ただ、キャティはベルアスのことを好いていると思っていたので」
特に以前のパーティでの様子を見るに、キャティはベルアスに入れ込んでいた。
踏み込んだ言い方をするなら、思いを寄せているように見えたのだ。
ベルアスと共に別の道を歩むことも、彼女にはできたはずだ。
「え、なになに、前のリーダーってキャティの元カレなの?」
ミーヤが興味津々に身を乗り出す。
シオンも静かに食事をとっているように見えて、聞き耳を立てている。
追い詰められたキャティは首と手を振って必死に否定していた。
「違うって、ちょっと良いなって思ってただけ。ただほら、わかるでしょ、この仕事してるとさ。強引で我が強いひとに憧れるの」
「わかります。大成するひとって、私達とは違う意思の強さ、みたいなのがありますよね」
シオンの同意に、キャティは自嘲気味に息を吐いた。
「そうなの。だから憧れていたけど、気絶した私を捨てて魔物に返り討ちにあったって聞いて、ちょっとね」
「いまや我らがリーダーは、あの『燐光の召命』から一目置かれてるわけだからね。それに比べると、どんな男も見劣りするでしょ」
ミーヤがおだてるように笑う。
実際、意志の強さで言えばベルアスは相当なものだった。それは素直に認められる。
異常なまでの成果への固執は、ともすれば目を見張るような結果を生むだろう。
しかし引き際を見極められない冒険者は、そもそも長くは活躍できない。
私達のように失敗してから、すぐに復帰できる冒険者は多くない。
ソレこそ奇跡でも起きない限りは。
「ほかのメンバー……その、ジノアさん? はどういう方だったんですか?」
この流れなら、語っても自然だろうか。
シオンが真剣な顔で尋ねてきたことで、動機が早まる。
「強い人ですよ。スキルという枠組みではなく、心の持ちようが。私も彼に追いつきたいと、そう思っています」
どんな劣勢でも諦めず、星銀級が手こずる魔物に立ち向かったのだ。
ジノアの背中は、私にとって今でも越えられない絶対の目標だ。
ひとつ咳ばらいをして、何から話そうかと考え込む。
やはり私とジノアの出会いからだろうか。
いや、これは私にとって宝物のようなもので、他人に気安く聞かせるべきではない。
となると、どれだけジノアが努力を重ねてきた、だろう。
冒険者として、そして勝利の号令に貢献するためにどれほどの研鑽を積んだか。
これならば新たなメンバーへの教訓という形で、自然にジノアのことを語れる。
よし、これで行こう。
だがその時、達のテーブルに人影が近づいてきた。
今回の依頼人である。
「勝利の号令の皆さんだね。済まない、少し遅れたかな」
「……いいえ、さほど待ってはいません。どうぞ」
私は商人の男に席を勧め、本題へと入る。
「それでえっと、大まかな依頼内容はギルド側から伝わってると思うけど、どうかな」
「はい。ラシャーヌ海岸沿いの漁村が消えた、と」
ポルトスから東に進んだ海岸線。
決して近くはないが、問題が起こったときはポルトスの冒険者が対応に当たることが多かった。
今回もその例にもれず依頼が回ってきたと思っていた。
だが男は腕を組んで小さく頷く。
そして言いにくそうに、話を続けた。
「うん、実を言うと問題はその後なんだ。漁村が消えたと同時に、今では魔物が周囲をうろついてる。それも相当な数が」
「私達は調査依頼だとうかがっていたのですが」
魔物の討伐が絡むなら、報酬も難易度も跳ね上がる。
装備の新調とギルドからの評価。双方が満たせるためこちらとしては問題はない。
だが男が話す内容からして、さらに別の要求があることは明白だった。
「そうだね。ただ漁村を見てきてほしいわけじゃないんだ。本命は海沿いに突如として現れた大穴。まぁ十中八九、ダンジョンの入り口だよ」
「迷宮災害……? 本来であれば出現の前兆が現れると聞いていますが」
「それが今回は全く。ギルド側も慣例にない事象だから、って事態を軽くみているらしくてね」
その言葉を聞いた瞬間、心臓が冷たく跳ねた。
似ている。
前兆のないダンジョンの出現。
それに伴う被害の拡大と、魔物の大量発生。
私の故郷……『ミラ・レス』が崩壊した時の状況に、酷似していた。
じっと私を見つめる仲間達。
私の、リーダーの判断を待っているのだろう。
同期を落ち着かせて、そして返事を返す。
「わかりました、依頼を受けます」
「いいのかい? ギルドからの推薦があったとはいえ、黒鉄級に任せるには難しい依頼だと思ったけど」
「問題ありません。私達なら」
私の迷いのない視線に、メンバー達も無言で頷いてくれる。
あの日の悲劇を繰り返させはしない。
ジノアが戻ってくる前に、私達もっと強くならなければならないのだから。




