21話
「おいおい、遅いぜお前ら。頻尿気味のおっさんをこんな風に縛り上げて放置なんざ、拷問だろうがよ」
馬車を空ければ、そんな言葉が飛んできた。
グレイブは逃げ出す可能性を考慮して、縄で縛っていたのだ。
そこへ、背後から音もなくメイド服姿のロサが姿を現した。
「おや、面白い顔がいますね。あの時の生き残り、ですか」
淡々とロサ声をかけた瞬間、グレイブの顔色が一気に青ざめた。
「ロサリア・デルトラーダ!? お、お前みたいな化物が、なんでそんなふざけた恰好を――」
「五月蝿いですね。ただでさえ不潔な盗賊風情が場所を取っているのですから、それ以上の迷惑をかけるなら、輪切りにして捨ててしまいますよ?」
ロサの声に抑揚はない。
だがその目には、道端の羽虫でも見るような絶対的な冷酷さが宿っていた。
先ほどまでふざけ倒していたグレイブが、言葉を失い小さく震えている。
「その男は色々と情報を持ってるはずなんだ。だからここで殺すのは……。」
「わかっています。ですが荷物になると判断したら、その場で殺します。あくまで私は、貴方達を送り届けるよう命じられいるだけですので」
俺が止めに入ると、ロサはすんなりと引き下がった。
だがたった一言で凶悪な盗賊団の首領をここまで萎縮させる存在など、そうはいない。
ふと見れば、ティルやソフィールもロサの圧力を受けて距離を取っていた。
「あのグレイブが黙るなんてな。あのメイド、何者なんだ?」
「ロサは元冒険者だ。それも――」
オーレリアが言いかけた、その時だった。
荒々しい馬の嘶きと、下品な怒声が響き渡った。
関所の外、メル・クラウス側の道からだ。
「おい、グレイブ! 女ひとり攫ってくる簡単な仕事をしくじったみてぇだなぁ!? お守の魔物がいねぇとなにも出来ない雑魚が、いきがりやがって!」
御者席から見れば、巨大な斧を担いだ男がそこにはいた。
周りには武装した十数人の部下らしき姿も確認できる。
どうやらバートラムの放った追手のようだった。
「ドーラズ、あんにゃろ……。」
馬車の中でグレイブが忌々しげに舌打ちをする。
同業者らしいが、仲は良くないようだ。
「まさかランガーヴィル領まで追いかけてくる奴がいるなんてな。どうするんだ?」
「お任せください。このような時の為に私がいますので。手短に解決してまいります」
数は向こうが圧倒している。
加えてあの様子からすると、グレイブのような絡め手ではなく自分自身のスキルと能力に自信を持っているタイプだ。
そんな相手を前にしても、ロサは慌てた様子もなく静かに前に出た。
「ほ、ほんとうにいいの? あの子ひとりにに任せて」
「無論だ。むしろ我々が近くにいるほうが邪魔になる」
あれほどの能力を誇ったオーレリアにここまで言わせるのか。
ロサというメイドは興味深くもあり、そして恐ろしくもあった。
◆
ロサはゆっくりとした足取りで、斧を持つ大男――ドーラズの前に歩み出た。
それに口を挟む部下はいない。それだけ統制が取れている証左だった。
あるいは、部下にまでドーラズという男が恐れられるのか。
「出てくるのがメイドかよ。お前、俺が戦血斧のドーラズだと知って――」
「えぇ、存じておりますとも。脳の代わりに豚の糞が頭に詰まっていることも」
一切の感情を交えず、淡々と吐き出される暴言。
「ぼそぼそ喋ってんじゃねえよ。ビビってんなら、さっさとソフィールとかいう女を差し出せ。苦しませず殺してやる」
ドーラズが血管を浮き立たせ、巨大な斧を振り上げた。
普通の人間の背丈ほどもあるそれを、それも片手で。
身体能力を強化するタイプのスキルは能力が単純ゆえに対処は難しい。
しかし、ロサはその場から動かなかった。
ただただそっと、右手の人差し指を頭上に向けただけ。
それだけで、ロサは勝利を確信していた。
「馬鹿との会話は永遠にも等しい苦痛ですが、ソレもおしまい。ではさようなら」
「あ?」
空が瞬き。
破壊が降ってきた
◆
――ズドンッ!!
突如として空が燃え、太陽のような熱の塊がドーラズの頭上へ落下した。
刹那の閃光。
それが過ぎ去った後には、惨状が広がっているのみだ。
ドーラズを含めた数十人の盗賊が跡形もなく消し飛び、大地に巨大なクレーターが残る。
熱波が吹き抜け、関所の一部までが焼け焦げている。
「な、なにが起こったの!?」
「流星魔法だ。ロサが得意とする魔法だが、また強力になっているな」
あまりの光景に、ソフィールがへたり込む。
だがオーレリアは驚く様子もなく、クレーターを見つめていた。
俺は冷や汗を拭いながら、自分のポーションの爆発力が児戯に思えるほどの威力を反芻していた。
「スキルの差だけで、こんな違いがあるのかよ……。」
あれが、高みを知る者達の魔法。
凄まじいという言葉すら生ぬるい。
文字通り、桁が違う。
「さて、お待たせいたしました。では向かいましょうか」
メイド服の裾の土埃を払いながら、ロサが何事もなかったかのように戻ってきた。
馬車に乗り込むよう促されるが、この移動に確認しておきたいことがあった。
「できれば道中、少し休みを挟んでもらいたい。ここ数日間、移動しっぱなしで疲労もたまってる」
「ご心配なく。移動にはさほど時間はかかりませんので」
「そもそもどこに行くんだ?」
この場所から、ランガーヴィル領の中枢へと向かえば相当に日数がかかる。
ティルやソフィールの疲労も相当に溜まっているため、無理も避けたい。
安全が確保されているのであれば、どこかでアイテム補充を兼ねて休憩を取るのが望ましかった。
だがロサは、ソレさえ必要ないと言いたげに告げた。
「イリィーシア。そこでとある会合が行われる予定です。ソフィール様にはぜひ、会合に出席していただきたいのです」
ソフィールが静かに息をのむ。
会合に出席しろと言われれば当然だ。
それも、場所が場所だ。
イリィーシア、それは最古の王の都と呼ばれている。
王家直轄領とランガーヴィル領に跨る大河のほとりに作られた最古の城塞都市。
そしてかつて巻き起こった大戦の決着が付いた伝説の場所ともされていた。
この話はオーレリアも聞かされていなかったのだろう。
動揺を隠しきれず、視線をソフィールに向けていた。
「わ、私が? なにも知らないのに、そんなこと言われても……。」
「なにも問題はありません。出席していただくことが、重要ですので」
「保護をするという話だったはずだが、なぜイリィーシアに?」
安全を確保するのであれば、目立つ場所へわざわざ連れていく真似をするべきではない。
だが俺の懸念を向けられてもなお、ロサは薄く微笑む。
「なぜか、ですか。それは今のイリィーシアがこの王国内で、最も安全だからですよ」




