20話
「そん時、言われたわけだ。まだお前のエールは冷えてるのに、そんなことが可能なのか? ってな。こりゃ一本取られたと思ったわけだが、アイツも詰めが甘かった。咄嗟に椅子を投げ飛ばして――」
一生喋っている。
捕縛され、馬車の後部で手足を縛られているにも関わらず、グレイブの口は止まらない。
この数時間、延々とどうでもいい武勇伝を聞かされ続けていた。
御者台で手綱を握るオーレリアが、忌々しげに舌打ちをした。
「ジノア、その男を黙らせてくれ。これ以上、無駄話を聞かされたら頭蓋骨を叩き割りそうだ」
「せっかちだねぇ、元王国騎士様は。そんな若いうちから生き急いでどうすんだよ。人生は長いんだ、ゆっくり行こうぜ?」
「グレイブ、いい加減に雇い主のことについて教えてくれ。俺達も命を狙われたことを水に流したわけじゃないんだ」
俺が冷たく牽制すると、グレイブは愉快そうに喉を鳴らした。
実際、気安く話しかけてきてはいるが、この男とは命のやり取りをした間だ。
加えてティルに至っては、あの環境を作り出した元凶と言ってもいい。
会話はするが、それは仲が良くなったからではない。
あくまで情報を引き出すために必要だからだ。
引き際だと理解したのか、グレイブはもったいぶるように唇を舐めた。
「あの禿げ頭の野郎、要求のわりにいやに金にがめつくてなぁ。王都のギルド本部にいた時に不正がバレて、メル・クラウスに左遷されたって話だ。知ってるか? サンジタリウスの奇跡に乗じて――」
「バートラムは元々、王都にいたのか? だったら……。」
また脱線しそうなグレイブの話を遮り、オーレリアに視線を向ける。
元王国騎士ならば王都の事情にも詳しいはず。
だがオーレリアは小さく首を振るだけだった。
「いや、聞いたこともないな。私が知らないだけかもしれないが」
「そりゃそうだ。あの禿げ頭はカドラム家……まぁ没落した弱小貴族の家を買い叩いて、そのままお家柄に白付けした成金一家なわけで、知名度なんて鼻くそみてぇなもんだ。それに名前を買ってふんぞり返っても、貴族とは認められねぇんだ。なぜかわかるか?」
「いいや?」
「派閥だよ、派閥。連中は王族以外に唯一、この王国を好きに動かせる存在だ。そんでその舵取りをするために、王政派閥と革新派閥のどちらかに所属しなきゃなんねえ。所属しない限り、周りの貴族からは認められねぇのさ。特にカドラム家みてぇな、領地を持たねぇ名前だけの貴族はな」
派閥同士の争い。
どこかで聞いたような話だった。
俺の両親も元々は王都にいた、という話を聞いている。
国の中には複雑な政治の問題が入り組んでいるとも。
だがグレイブの語ったそれは、親から聞かされていた国の形とどこかズレがある。
状況が複雑化しているのか、グレイブが自分の解釈や偽の情報を喋っているのか。
となると真偽を判定するには、王都で実際に生活していた者の言葉が必要になるが――
「くだらん。いつまでその男と喋っているつもりだ。とっとと黙らせろ」
「元王国騎士は答えらんねぇよなぁ? 対立を認めちまえば『王族の権威が絶対ではない』と白状してるようなもんだ」
「王国騎士が必要とされる時点で、王国内には罪人が多くいるという証左だ。騎士の存在が王政の不完全さの象徴でもある。否定など、するまでもない」
「言うねぇ。お前さん、本当に元騎士なのか?」
前を向いたまま、オーレリアは酷く冷淡な声で事実だけを告げた。
確かに騎士としては、王族が絶対的でないことをどう感じているのかは気になるところではある。
だがすでにオーレリアが騎士という身分を捨てている時点で、なんとなく予想は付いていた。
「いい加減に黙れ。次に口を開いたら、その顎をむしり取るぞ」
殺気のこもったオーレリアの言葉に、グレイブは肩をすくめてようやく口を閉ざした。
◆
「ようやく到着か。大丈夫か、ティル」
「う、うん。だけど少し疲れたかも……。」
ランガーヴィル領との関所に到着したのは日が暮れ始めた頃だった。
馬車から降りたソフィールとティルには疲労が滲んでいる。
俺も冒険者として一般人より体力があるはずだが、それでも疲れがないとは言い切れなかった。
だが無理もない。
オータル村から出発して、すでに数日が経過している。
その間、追手や魔物を警戒して走りっぱなしだったのだ。
ただ、最も疲労しているのは戦闘と御者を担当したオーレリアのはず。
しかしオーレリアはそんな気配を微塵も見せず、宿の中へと入っていく。
「大部屋を一室と、黒パンと果実酒を頼む。それと積み荷は『銀百合の香油』だ、丁重に扱ってくれ」
「……奥の部屋だ。汚すなよ」
宿主との間で交わされた、不自然な合言葉。
ちらりと宿主は俺達を見て、すぐさま裏に消えていく。
どうやら事前に手はずを整えてあったらしい。
「今日はここに泊まるの?」
「いいや、まだ移動する予定だ。もう少しだけ我慢してくれ」
ソフィールの問いかけに、オーレリアは首を振る。
そのまま案内された奥の部屋へと視線を向けると、不自然に魔力が高まっているのが見て取れた。
このドアの向こうで、誰かが強力なスキルを発動させている痕跡だった。
「待て、部屋の中で誰かがスキルを使ってる。大丈夫なのか?」
「問題ない。入るぞ」
俺の忠告を受けても、オーレリアは迷いなくドアを開けた。
そこはなんの変哲もない簡素な大部屋だった。
備え付けのイスとテーブル、そしてベットがいくつか置かれているだけだ。
その窓際にひとり、メイド服姿の女が立ち尽くしていた。
「メイド……?」
その視線は窓の外に向けられている。
一見して武器は持っていない。
だが、冒険者としての本能が警鐘を鳴らしていた。
踏みいることのできない、得体の知れない絶対的な圧を。
部屋に入ると、メイドは静かにこちらへと視線を戻した。
「お待ちしておりました。私はとある方の代理を任されております、ロサと申します」
場違いな装いに、俺は警戒を緩められない。
だがオーレリアはなんの疑問も持たず、メイドに近づいていく。
むしろその表情には気安ささえ感じられた。
「迎えが来ることは聞いている。貴女のことだったのか」
「はい、我が主より皆様を無事にお連れするよう、命令を受けております」
「大丈夫なのか? いくらランガーヴィル領に入ったとはいえ、メイドを頼って」
「問題ない。彼女ならな」
堅物と言っていいオーレリアがここまで全幅の信頼を置いている相手。
それがメイドとなるとむしろその正体を知りたくなるが、不用意に聞くのは避けるべきだろう。
これ以上、面倒事に引きずり込まれるのは勘弁したい。
たさ俺の隣から、一歩影が歩み出た。
「そのある方って誰なんでしょうか。なぜ、私を匿ってくれるんですか?」
「それは直接お聞きになるほうが良いでしょう。ご自身も納得なされるはずですから」
ソフィールが不安そうに問いかける。
しかしロサと名乗ったメイドは、一切の感情を見せずに答えた。
一見、それは相手を思っての回答に聞こえる。
だがソフィールが求める答えではないことは明白だった。
「お姉さん……?」
ティルがソフィールの手をきつく握る。
「大丈夫よ、ティル。私は、大丈夫だから」
ソフィールは怯えを押し隠すように、強く頷いてみせた。




