19話
「本人も手練れだな」
押し寄せる魔物の群れ。
その後方に控えるグレイブは、鞭を使って俺の投げたポーションを全て空中で叩き落していた。
魔物任せ一辺倒ではなく、本人も相当に戦闘経験がありそうだ。
それにこのまま物量で押し切られれば、不利なのは間違いなく俺達だ。
それを察したのか、オーレリアが短く指示を出す。
「私は魔物共を殲滅する。お前はその間、グレイブを馬車に近づけさせるな」
もはや血濡れのオーレリアは雷を纏った銀槍を構える。
壁のように立ちふさがる魔物の大軍を単身で引き受けるというのだ。
逡巡し、賛同の意味を込めて頷く。
「やれるだけやってみるさ」
「頼んだぞ」
答えると同時に地を蹴り、オーレリアは落雷のような轟音と共に魔物の群れへと突っ込んでいく。
それと同時に、俺はグレイブとの間合いを詰めるべく走り出した。
想定通り、脅威と感じたオーレリアに大半の魔物が釣られている。
今の状況なら、俺でも勝機があるはずだ。
「相棒達はあの厄介な女騎士が好みらしい。となりゃ、俺は楽できそうだなぁ。そのプレート、青銅級だろ?」
「それだけで勝ちを確信したのか? 後悔するぞ」
「そりゃ怖い。なら、俺も仲間を呼ばせてもらおうかね」
グレイブが指を口元に寄せようとする。
この場にいる魔物以外を呼ぶための指笛だろう。
その指先には、不思議と魔力が宿っているように見える。
そう、『なぜか』技の起こりが見える。
正確には、スキルが発動する予兆だ。
魔物を呼ばれれば数で不利となる。
せっかくオーレリアが作ったこの好機を、無駄にする気はなかった。
地面を這うように駆け抜け、そして剣を降りぬく。
「おっと! 若い奴は勝負を急いていけねぇな。いいか、こういうのは――」
グレイブが鞭を振るい、距離を取ろうと数歩下がる。
だがその軌道は見えていた。
腕の軌道を見れば鞭の軌道も徐々に読めてくる。
「悪いが、俺は最初から全力でやらせてもらう」
「そうかい! なら俺もそれに合わせてやるよ!」
振り下ろされた鞭を紙一重で躱し、さらに踏み込む。
鞭は元々いた農村でも使われていた道具だ。
そして近づけば近づくほど、威力が殺されることも把握している。
恐れず接近戦を仕掛ければ、スキルの発動も封じられる。
より近く。
より早く。
もっと先へ。
だが、その踏み込みの速度と威力が、俺の想像を遥かに超えていた。
瞬きひとつで、グレイグの目の前へと肉薄していた。
「反応が遅いな。いや、俺が速くなったのか……?」
不利と悟ったのか、グレイブは腰のナイフを引き抜く。
だがそれは俺への対処の動きであり、一手遅れていることを示している。
手練れの相手を前にここまで圧倒できている事に戸惑いながらも、剣を降りぬく。
「お前さん、本当に青銅級なのか!?」
グレイブはナイフを剣の軌道上に差し込む。
どうにか直撃を避けようとした形だ。
だが金属同士がぶち当たり、俺の斬撃はそのままグレイブを吹き飛ばしていた。
だが、それがグレイブの狙いだった。
地面を転がりわざと距離を作る。
それに気づいたときにはすでに、大型の魔物が盾となるように割り込んできていた。
身体能力が上がったところで、戦い方はまだグレイブの方が上手だ。
咄嗟に魔物への対処としてポーションを取り出し、その体へと叩きつける。
「邪魔だ!」
投げつけたのは、発火のポーション。
魔物を一撃で倒せるほどの威力はない。
しかし爆炎に乗じて回り込み、グレイブに奇襲を仕掛ける。
そう頭の中では思い描いていた。
しかし、結果は違った。
炸裂。
そして破壊が吹き荒れた。
ただの牽制用のポーションだったはずだ。
だが直撃した瞬間に、莫大な熱量を持った爆炎へと変貌した。
守りに入った魔物は消し飛び、その後ろにいたグレイブは爆炎に包まれた。
◆
「まさかそちらで決着がつくとはな」
火傷を負い、地面に倒れ伏すグレイブを前にオーレリアが呟いた。
周囲には黒焦げになった魔物の死体が山のように積みあがっている。
俺が時間稼ぎをしていれば、結果として彼女が解決していたことは間違いないだろう。
「くそ、なるほどな。プレートを入れ替えてやがったな? 黄金級……いや、白金級か?」
「ギルドもその評価をしてくれたらありがたいんだが。正真正銘、青銅級だよ」
「ふざけんな! その能力で青銅級なわけがねえだろうが!」
グレイブは血を吐きながら、俺を睨みつけて悪態をついた。
俺自身も、ポーションの威力がなぜあそこまで跳ね上がったのか理解できていない。
以前、同じ材料で作った時とは比べ物にならない威力だった。
となると別のポーションの威力も増している可能性が高い。
だが今はそれを調査解明している余裕はない。
今はどうやって落石を渓谷の道から退かすか考えるべきだろう。
しかしオーレリアは迷いなくグレイブに対して槍を構えた。
「その傷では助かるまい。ならば今すぐ、自身の行いを死をもって償え」
冷酷ともいえるそれは、元王国騎士としての判断か。
だがしかし、馬車の中から声が響いた。
「ふたりとも待って!」
「お、お姉さん、危ないよ!」
ティルの制止を振り切り、ソフィールが馬車から飛び出してきた。
オーレリアは構えた槍を下す代わりに、視線だけをソフィールへと向けた。
油断の色はないがしかし、先ほどまでの殺気は霧散したように見えた。
「これ以上、オーレリアにそんなことをして欲しくないの」
「気遣いには感謝する。しかし悪いが、私は今さら罪人を殺すことを穢れだとは思わない。そして本当に穢れなのであれば、私はとっくに穢れている」
「な、なら、そのひとから詳しくお話を聞くのは、どうかな?」
「そうだな、俺もソフィールに賛成だ。こいつは事情を知っている。誰に雇われて、どんな内容かまで。今後、強力な証拠になる」
「必要ない。目的地に着けばソフィールの安全は確保され、この屑の使い道は無くなる。危険を冒してまで連れていく理由がない」
平行線をたどるふたりの言い争いに決着はつかないだろう。
そもそも生かすも殺すも時間的に余裕はないのだ。
もし生かすならグレイブには治療が必要だし、殺すにしてもランガーヴィル領への道を塞いでいる岩を退かす方法を探す必要がある。
だがオーレリアはあくまで強硬姿勢を崩さない。
となるとソフィールも折れるのに時間がかかるだろう。
どう説得すべきかと考えていると、足元から声が上がった。
「殺す殺さないだと言い争っていて、いいのか? お前さん達、なにに狙われてるのか知ってんのかね」
「その口ぶりだと、アンタは色々と知っているみたいだな。ボスが何を命令したのか、話す気になったのか?」
雇い主からソフィールを攫ってくるよう言われた。
グレイブは自分の口からそう話している。
とは言えすべてが事実という保証もない。
どうにか会話の中で使えそうな情報を引き出せないか。
そんな考えで俺がカマをかけると、グレイブは面白そうに喉を鳴らした。
「もしかしてだが、ギルドマスターのバートラム・カドラムがお前達を狙ってると思ってんのか」
その言葉に、俺とオーレリアは顔を見合わせた。
実際、俺達の総意としてはバートラムが全ての元凶だと思っていたからだ。
グレイブの言葉を聞き、数舜の沈黙が流れる。
それをどう受け取ったのか。
グレイブは畳みかけるように続けた。
「残念だがこれ以上の話を聞きたけりゃ、治療して連れていけ。なに、もう暴れたりはしねえよ」
痛みで顔を歪めながらも、グレイブは交渉の切り札を手放そうとはしなかった。




