18話
「ティルの調子はどうだ?」
「先ほど、ようやく眠りに着きました。きっと安心したんだと思います」
「無理もない。あの山に囚われる生活が、ようやく終わったんだ」
毛布に包まれたティルは、ソフィールの膝枕で安らかな寝息を立てていた。
心が落ち着く匂い……植生学を存分に利用した香油の匂いもそれに一役買っているのだろう。
オータル村を出発して二日。
ソフィールは迷いを見せつつ、ランガーヴィル領へ避難するというオーレリアの提案をを受け入れた。
そしてティルの安全も保障する、という要求を受けたオーレリアは迷いなくティルを荷馬車に乗せた。
当人からは詳しく話を聞けていない。
だが両親の借金を肩代わりし、シターデの幻草をダンジョン内で管理するという生活だ。
どれほどの精神的深を掛けていたかは、想像に難くない。
今だけは全てを忘れて眠っていて欲しい。
そう願っていると、御者席から声がかかる。
小窓を空けると、オーレリアが顔をのぞかせた。
「ジノア、少し来てくれ。相談したいことがある」
「あぁ、わかった」
扉を開けて御者席に飛び乗ろうとした、その時。
袖口をそっと引っ張られ、車内に留まる。
見れば不安げな表情のソフィールがそこにはいた。
「あ、あの! ほんとうにごめんなさい。私の事情に巻き込んだばっかりに……。」
「巻き込まれたのはどちらかというと、ソフィールの方だけどな」
「ですけど、たぶん私が全ての原因だと思うんです」
「……まぁ、起こったことは仕方ないさ。それにオーレリアから報酬を貰う約束をしてる。俺にとっても悪いことばかりじゃない」
安心させるように彼女に微笑みかけ、御者台へと移動した。
◆
「事情を話してないのか。もう隠し通せる状況じゃないだろ」
「だからこそだ。喋らないと誓ったのであれば、それを貫き通す。信念とはそういうものだろう」
「そうかね。ソフィールの方はアンタの口から説明して欲しいと思ってるだろうけどな」
頑固なオーレリアの姿勢に苦笑が浮かぶ。
自身の生まれに関わる問題が、今回の事件を引き起こしている事をソフィールは薄々気付いている。
明確な説明がなくとも、この状況に置かれれば察しの良い者なら理解するはずだ。
だとしても、説明が欲しいと思うのはごく自然なことだろう。
間近に、そのすべてを知っている人物がいるのだ。
それも親友と呼び合った相手が。
だがオーレリアの厳しさは自分にも向いている様子だ。
今さら許されようという考えは持ち合わせていないのだろう。
淡々と、そして馬車内のソフィールには聞こえないよう、説明を始めた。
「ここの渓谷を超えてほどなくしたら、ランガーヴィル領だ」
「絶好の立地だな。物騒な物言いで申し訳ないが、俺が仕掛ける側ならここを選ぶ」
「同意見だ。そして盗賊達がこの好条件を見逃すとは思えない」
オーレリアが指差した先。
そこは切り立った岩肌が両側にそびえ立つ、細く険しい一本道が続いていた。
上からの落石や弓矢を防ぐ手立てはなく、前方を塞がれれば逃げ場はない。
待ち伏せにはうってつけの場所だった。
「安全確保が最優先だ。斥候として俺が先に通る。このローブがあれば――」
俺が身につけている魔道具のローブなら、敵に見つからずに安全を確保できるかもしれない。
だが、オーレリアはゆっくりと首を横に振った。
「いいや、その必要はない。私のスキルで、押し通る。お前は周囲を警戒し、接近してきた相手の処理を頼む」
作戦とも言えない判断だ。
搦め手ではなく、正面突破を仕掛けるつもりらしい。
だが実際に小細工を弄するよりも、強力なスキルで切り抜けた方がいいこともある。
そしてオーレリア自身がそう判断したのであれば、俺はそれを援護するだけだ。
「ソフィール、馬車の中にいてくれ。揺れることになりそうだ」
俺が中に向かって叫ぶと同時に、オーレリアが馬の手綱を激しく振るった。
◆
「凄まじいな」
疾走する馬車の上で、俺は感嘆の声を漏らした。
オーレリアの放つ銀色の槍が、まるで意思を持っているかのように荒れ狂う。
解き放たれた稲妻の如き一撃が魔物を貫き、バリケードを粉砕していく。
これなら問題なく切り抜けられると思われたがしかし。
「側面にロック・ライノだ! 捕まれ!」
オーレリアの警告と共に、崖の上から巨大な岩を纏った魔物が飛び降りてきた。
その巨体は遠めに見ても馬車と同等。
まともにぶつかれば、馬車など粉みじんだ。
「任せろ!」
銀色の槍が輝くよりも前。
俺は即座にポーチからポーションを取り出し、ロック・ライノの顔面へと投擲。
ガラスが砕けた瞬間、煙を上げてその皮膚を焼いていく。
分厚い装甲を砕くことはできない。
しかし視界を奪われたロック・ライノはそのまま、渓谷の下へと落下していった。
危機を脱して、思わず息を吐く。
「どうにか、回避できたな」
「素晴らしい判断だ。お前を護衛に選んで正解だった」
オーレリアが前方を睨んだまま称賛の言葉を口にする。
「これぐらいしか、できることがないだけだ」
そのまま手早く、次のポーションを準備する。
だが、岩肌の上で待ち構えていた敵は、俺達の想像を上回る規模だった。
崖の上で無数の松明が揺れ、火薬樽のようなものが次々と崖の縁に並べられていく。
「まさか、渓谷を崩すつもりか!?」
「ふたりとも、掴まれ!」
オーレリアが叫び、馬車を強引に崖下へと寄せる。
直後、轟音と共に爆発が起こり、頭上から大量の土砂と岩が雨のように降り注いだ。
◆
「ふたりとも大丈夫か!?」
俺は瓦礫の中から這い出し、馬車の中へと声をかける。
「は、はい! 私達は問題ありません! ですがふたりは……。」
ソフィールが無事であることを確認し、俺は安堵の息を吐いた。
「こっちも大丈夫だ。それに傷口は俺がなんとかする。ただ馬車のほうは、どうしようもないな」
オーレリアも額から血を流しているが、致命傷はない。
「作戦に変更はない。目の前の障害を叩き潰し、進むだけだ」
土煙が晴れた後、崩落した岩石によって道は完全に進行を塞がれていた。
認めたくはないが、相手の作戦は完璧に機能したといえる。
これでは馬車で突破することは難しい。
「面倒だからなぁ。こんな手は使いたくなかったんだが、仕方ねぇ」
どうにか突破する方法を考えている数秒の間。
瓦礫の向こう側から、気怠げな声と共に一人の男が姿を現した。
「わざわざ姿を現すとはな。好都合だ」
「グレイブってんだ。しがない盗賊稼業のおいぼれだよ」
オーレリアが銀槍を構え直した瞬間、その全身から青白い火花が弾ける。
周囲の空気が一気に焦げ臭くなり、圧倒的な魔力がオーレリアを包み込んだ。
センシルと敵対した時と同じ、速攻の構えだ。
だが――
「とはいってもな……。」
俺は敵の数を数え、思わず顔をしかめた。
瓦礫の上に立つ男の背後には、数えきれないほどの影が並んでいる。
男の……グレイブの気配に呼応するように、何十体もの凶悪な魔物がひしめき合っているのだ。
「お前さんのそれ、雷属性の魔法……いや、スキルか? 見るからに厄介そうで強そうだ。手合わせなんて、したくはないんだがねぇ」
「ならばそこを退くことだ。さもなければ死をもって私の槍の威力を確かめることになるぞ」
「厄介なことに、そうもいかねぇんだ。俺達のボスは馬車にいる嬢ちゃんを欲しがっててな。このままじゃ俺も首を飛ばされちまう」
オーレリアの放つ雷の威圧感を前にして、グレイブはひどく面倒くさそうに頭を掻いた。
自警団に紛れていた盗賊などとは纏う空気が違う。
これまでの相手とは全く異なる警戒が必要だった。
「あの様子だと、魔物の使役ができるスキルか。厄介極まりないな」
「全力で片付ける。あの男を殺せば、魔物の統率も乱れるはずだ」
グレイブが鞭を軽く鳴らすと、背後の魔物たちが一斉に低い唸り声を上げた。
あれほどの数の魔物を、完全に統率している。
これまでの魔物の襲撃も全て、このグレイブの命令なのだとしたら、恐るべき効力だ。
「そんな身構えなくても結構だ。俺なんざ、細々と盗みとゆすりで生きているだけの小物だ。だがまぁ――」
グレイブがニヤリと笑い、鞭を大きく振りかぶって虚空を叩く。
甲高い破裂音を合図に、魔物たちの瞳に凶暴な光が宿った。
「俺の相棒達は、小物と言えるほど小さくはねぇがな」
地響きと共に、魔物の大群が俺達に向かって雪崩れ込んできた。




