17話
「本当に、オーレリアがこれをやったの?」
「そうだ、私がこの自警団を名乗る盗賊を殺した。それを弁解する気はない」
村の惨状を見たソフィールは、青ざめた顔でオーレリアを見つめていた。
「本当に、この自警団の人達が盗賊だったって証拠はあるの?」
「それに関しては俺が保証する。ベリーレッドベリルを採取しているときに、襲ってきた連中がそう語っていた。ダンジョンの中には違法植物の栽培所があることも確認している」
説明を受けても、ソフィールが納得している様子はない。
むしろその逆で、警戒を強めているようにさえ見えた。
自分の知らない間に、親友と依頼相手がこれだけの惨状を作っていたのだから無理もない。
「こうなったのは、私がさらわれたから? だけどなぜ、オーレリアはそれを知っていたの?」
「それは、答えられない。だが目的地に着いたら必ず話す」
「その目的地が、ランガーヴィル領なの?」
「あぁそうだ。今のメル・クラウスは少々危険な状況だ。落ち着くまで安全な場所に避難する必要がある」
ソフィールの忍耐強さには脱帽だった。
自分が巻き込まれた状況の理由と原因。
それらが曖昧なまま「付いてきてくれ」と言われ、ここまで冷静でいられる人間がどれだけいるだろうか。
「私の夢、知ってるでしょ? お母さんの生まれたあの街で、自分の店を持ちたいって」
「知っている。その夢のためにお前がどれだけの努力をしてきたのかも。だが今だけは、街に戻らないでくれ。頼む」
オーレリアは膝をつき、ソフィールの両手を強く握りしめた。
その必死な懇願に、ソフィールは弱々しく視線を泳がせる。
「少しだけ、考えさせて。ちょっとまだ、頭が混乱していて」
「わかった。だがあまり時間がないことも、頭に入れておいてくれ」
オーレリアは静かに引き下がり、ソフィールを一人にして宿の奥へと向かった。
その背中を見送った後、俺は傍らで縮こまっていたティルに声をかけた。
「お兄さん、僕はこれからどうなるの?」
ティルは、不安そうに俺の顔を見上げる。
崩壊した村にはもはや、彼を害する存在はいない。
だがそれは同時に、帰る場所を完全に失ったということでもある。
「心配しなくていい、ティル。俺は少しオーレリアと話をしてくる。だが、この村を出るための準備はしておいてくれ」
「やっぱり、そうなりますよね」
ティルは大人びた、諦めの混じった表情で頷いた。
「大丈夫だ。ここよりは絶対にいい暮らしになる。それは保証する」
俺はティルの頭を撫でて安心させると、オーレリアを追って宿の廊下へと足を踏み出した。
◆
宿の裏口で警戒にあたっていたオーレリアの隣に並び立つ。
血の匂いを纏ったままの彼女は、しかし不思議と残酷な人殺しのようには見えなかった。
「手柄を立てる道具として、ソフィールを使っているようには見えないな」
「当然だ。私達は唯一無二の友なのだからな」
「まぁ、ソフィールの為にこれだけの相手を血祭りにあげるような奴だ。その言葉は信じる」
「貴様に認められる必要もない。私は最初から、事実を話している」
オーレリアの声に、迷いや後悔は一切感じられない。
むしろ確固たる信念を感じさせる断言だった。
俺達を囮に使った非情な判断の裏には、失敗できないという強迫観念があったのだろう。
だが、なぜそこまでして盗賊の壊滅に固執するのか。
聞かなければならないことは山積していた。
「だが、まだ話していないことがあるだろ。それもかなり」
「そうだ、話していないことも多い。だがそれでも言わせてくれ。今回のランガーヴィル領への護衛任務、引き受けてはくれないだろうか」
「正気か? こんな状況で、青銅級冒険者を雇ってどうするつもりだ」
「少なくともあの自警団の襲撃を退けるだけの実力がある。それにこの状況では、一人でも仲間が欲しい。確実に、背中を預けられる仲間が」
オーレリアは切実な眼差しで俺を見た。
「ならもっと仲間を連れてくればよかっただろ。お前も冒険者なら知ってるんじゃないのか? 青銅級の意味が」
「それは、できない。あの街で信用できる相手など、皆無に等しい。ましてや冒険者になるとな。だがお前は違った。ソフィールを囮に使ったことに対して、あれほどに怒りを現した」
「当然だ」
「その『当然』が私にとって必要なのだ。そして今は、我々だけでソフィールを安全な場所まで避難させなければならない」
彼女の言い回しは、裏を返せばメル・クラウスのギルド全体が敵に回っているという告白に等しい。
俺はこれまでに得た情報と違和感を繋ぎ合わせ、一つの推論を組み立てた。
「安全な場所って、たとえランガーヴィル領へ入ったところで身の安全は――」
言葉が喉に突っかかる。
頭に引っかかったのは、依頼を受けたときの会話だ。
ソフィールが恐らく、高貴な生まれであること。
そしてオーレリアが、ひたすらにランガーヴィル領に固執する理由。
単に領地を移るだけで、絶対の安全を確保できるとは言い難い。
ランガーヴィル領そのものが、彼女を守る無敵の盾になるという確信がなければならないのだ。
つまり、そんなことができる権力者は、ただ一人しかいない。
「まさかとは思うが、ソフィールはランガーヴィル領主の……。」
「お前、その話をどこで聞いた?」
「ここまでくると、そこにたどり着かない方がおかしいだろ」
俺が言いかけた途端、オーレリアが立ち上がった。
非難の言葉はない。しかし無言の圧力は確かにあった。
だが最終的に、彼女は苦渋に満ちた表情でその事実を認めた。
「……そうだ、ソフィールはフーベル・トラシス・ランガーヴィル伯爵と『近しい』間柄だ」
「だとしたら、余計にわからないな。ソフィールを狙っていた盗賊団は、その身柄を欲しがっていたのか? 俺はてっきり、『植生学』のスキルを狙っているとばかり思っていたんだが」
「いいや、その認識で間違ってはいない。このダンジョンの見回りを任されているのは、ケレック・カドラム。メル・クラウスのギルドマスター、バートラム・カドラムの息子だ」
「……なるほどな。ようやく話が見えてきたな」
ダンジョンの管理は基本的にギルドに一任されている。
そして当然、その見回りの人選をするのもギルドだ。
『灰色の雪原の迷宮』の見回りに、偶然ケレックが選出されたとは思えない。
違法行為が見つかっても揉み消せる身内を、意図的に選んだはずだ。
そもそも、再活性化が近いと噂されるダンジョンの内部で栽培を続けるのはリスクが高い。
だがソフィールの植生学を使えば、ダンジョン内でなくともシターデの幻草を栽培できる。
そこに目を付けたのが、ギルドマスターなのだろう。
ただの盗賊団がソフィールを欲しているのではない。
この周辺を牛耳っているギルドマスターが、裏の権力を総動員して彼女を欲しているのだ。
一度そこに取り込まれてしまえば、ソフィールがどんな使い道を与えられるか。
ティルの扱いを思い出せば、想像に難くない。
「幼い頃、私は粗暴な孤児で、暴力で全てを解決できると思い込んでいる阿呆だった。災禍で両親を失った影響もあったのだろう」
ふいに、オーレリアが自身の過去を語り始めた。
「だがそんな天涯孤独な私を、ソフィールは受け止めてくれた。そして私もソフィールを守りたいんだ。たとえどんな手段を使ったとしても。たとえ彼女に、嫌悪されたとしてもだ」
「その結果が、今回の一件ってことか。ランガーヴィル領への移動で障害となるであろう盗賊団に壊滅的な打撃を与える、と」
「私はもう全てを投げ打つ覚悟だ。たったひとりの大切なひとを助けるために」
その言葉には、かつての俺自身を重ねてしまうだけの熱があった。
たったひとりの大切な人……ルリアのために。
俺もまた、身の丈に合わない戦いに身を投じてきたのだから。
「目的のためにはこんなこと、してる場合じゃないってのに。あぁ、わかった。わかったよ、引き続き依頼を受けよう。ランガーヴィル領までの護衛を」
俺は短く息を吐き、頭を掻いた。
「済まない。お前は目的があってメル・クラウスに来たというのに」
「あぁそうだよ。だからきっちりと報酬は支払ってくれよ」
オーレリアに背を向け、俺は歩き出す。
内心では、これから降りかかるであろう特大の厄介事に頭を抱えていた。
「なんで推薦状の保証を貰うはずが、ギルドマスターに喧嘩を売るようなことになってるんだ……?」
呟きは、冷たい風に掻き消されていった。




