16話
「どうした? まるで幽鬼でも見たような反応だな」
「な、なぜ貴様が……。」
「青銅級でも、採取依頼ぐらいは片付けられる」
愕然と俺を見つめるセンシアは、言葉を失っていた。
俺は山で死ぬはずだったのだ。
平然と戻ってきたのだから当然の反応だろう。
センシルは額の汗を拭いながら、必死に平静を装って笑みを浮かべる。
「い、いえ、ずいぶんとお早いと思いましてな。村の者でも、場合によっては日を跨ぐこともありますゆえ」
「そういえば、天候には恵まれていたな。とは言えそれ以外の問題も特にはなかった。目的だったベリーレッドベリルの種子も、こうして無事に手に入れられた」
「それならばなによりです。今日はゆっくりと体を休められるとよいでしょう」
早々に話を切り上げようとするセンシルを、俺は冷ややかな声で引き留めた。
「あぁ、ありがとう。ただひとつ聞きたいんだが、俺の同行者……ソフィールがどこにいるか知らないか? 探しても見つからないんだ。最初に取った宿にも戻っていない」
「……さて、どうでしょうな。頻繁に人が行き交いますので、ひとりの動向を把握してはおりませんので」
センシルは目を泳がせながら、白々しい嘘を吐く。
宿に戻ったが、ソフィールは留守にしていた。
依頼主への報告が何よりも優先されるが、依頼主がいなければどうにもならない。
そして宿の人間に聞いても、煮え切らない答えしか戻ってこなかった。
そこで事情を知っているであろう村長の元を訪れたのだ。
センシルの反応を見るに俺の推測は、当たったとみて間違いない。
ここで追加で探りを入れる。
「そうか、なるほど。じゃあ、あの助けた子供にでも聞いてみるか。ダンジョンの中にあった諸々に関しても、詳しくな」
「あ、あの中を、覗いたのですか!?」
「冒険者ならダンジョンに入っても問題ないはずだろ? それとも見られちゃまずいものでもあったのか?」
「それは……。」
隠す気があるのかないのか。
ダンジョンの中には、大規模な禁忌植物の栽培所が設置されていた。
その植物の名は『シターデの幻草』。
一定量の魔力がある場所での未栽培できる植物だ。
元々は冒険者向けの鎮痛薬として流通・販売されていた。
だが強い依存性と幻覚作用から、徐々に規制が進み現在では王国内では禁止されている。
あんなものを大量生産していることがバレれば、関係者は軒並み極刑は免れない。
どうにか隠し通せないかと、必死に思考を巡らせているに違いない。
『灰色の雪原の迷宮』は沈静化しているため、魔物の脅威は比較的少ない。
大規模な栽培所を作って管理することも容易かっただろう。
その結果として、この村の異様な発展を遂げた。
村長であるセンシルが、それを知らないわけがない。
「なにか思い出したかもしれないからな。もう一度だけ聞かせてくれ。ソフィールがどこに消えたのか、思い当たることはないか?」
再びの問いに、返ってくるのは重苦しい沈黙。
そこで不安を覚えた。
自分達の裏の事情を握っているであろう相手に、答えられない。
それはつまり、俺の『シターデの幻草』の情報よりも強い拘束力を持つ何かが、この村を支配しているということだ。
ソフィールはその何かと接触し、連れ去られた可能性がある。
焦燥感を振り払うように、剣の柄に手を伸ばした、その時。
「お兄さん!」
切羽詰まった声と共に、裏手から先ほど治療したティルが駆け込んできた。
息も絶え絶えなティルは、転がり込むように俺の元まで走ってきた。
その治療されたばかりの体には、新しくできたであろう殴られたような痣がある。
「だ、大丈夫か!?」
「ボクは大丈夫だよ、体は治せるから。それよりお姉さんが、連れ去られちゃったんだ」
「……誰が、どこに連れて行ったかわかるか?」
「連れて行ったのは自警団だと思うけど、どこに連れていったのかまでは……。」
ティルが告げ、それと同時に自警団と思われる男達が数人なだれ込んでくる。
俺はゆっくりと立ち上がり、センシルを、そして自警団の男達を睨みつけた。
一連の件は村ぐるみの画策だったに違いない。
それを知った俺を、生かして返すわけがない。
必要以上に知った相手を殺し、そのまま全てを再び闇に葬るつもりなのだろう。
ソフィールの居場所を知るためにも。
実力行使は止む無しだ。
「お前達は、最初からソフィールが狙いだったのか?」
「問答などもはや無意味よ。もうそこら中に我らが仲間が集まってきておる。もはや手遅れ、お前が生き残る術はない」
「それが答えか」
もはや取り繕う必要がなくなったセンシルは、酷く醜い笑みを浮かべた。
俺が剣を抜き放ち、戦闘を覚悟した瞬間。
「お前ら如きが、ソフィールを害することなど、できるはずがないだろう」
◆
静かだが、絶対的な威圧感を伴う声が響き渡った。
瞬間、扉が蹴り開けられる。
そこから姿を現したのは、鈍色の鎧に身をまとった女騎士だった。
「オーレリア、なぜここに……。」
いるはずのない人物を前に、思わず問いかける。
酷い血の匂いをまとった彼女は、俺を一瞥したあと、室内の人間へと視線を向ける。
その左腕には気絶したソフィールが抱えられており、右手には血に濡れた銀槍が握られていた。
「愚問だな。私はソフィールを害する者を駆除するために派遣されたのだ。この程度の問題、事前に対策を講じることなど造作もない」
ソフィールを俺の傍へと下ろすと、オーレリアは槍を構え直して冷酷に周囲を見据えた。
その鎧の隙間から、漏れ出るような光がバチバチと激しく音をかき鳴らす。
多数に無勢の村人達はしかし、オーレリアの圧を前に一歩も動けずにいた。
元王国騎士ということは、罪人相手に……人間を殺める訓練に明け暮れていたことを示唆している。
もちろん盗賊やそれに類する活動をしていたのであれば、人間との戦いにも慣れているはず。
しかし王国騎士とは、そう言った者達を狩る為に結成された組織だ。
一介の辺境の村に巣くう盗賊など、相手にはならない。
センシアが、その銀色の切っ先に恐れおののくように喚き散らす。
「このような狼藉、自警団が黙ってはいないぞ!」
「必要ない、すでに黙らせた。一匹残らず、あの有象無象は私が駆除してきたところだ」
「そんな馬鹿な!? る、ルベンは……孫はどうした!」
「耳が聞こえないのか? 全て駆除したといっただろ。お前の孫がいたのなら、もちろん始末したはずだ。この槍でな」
オーレリアが事も無げに告げる。
だがセンシルの方は発狂したように顔を赤黒く染め上げた。
「貴様ぁぁあああ!!」
スキルの詳細はわからない。
だが爆発的な速度で、センシルが飛び掛かった。
初老の体ではとても耐えられない速度だ。
捨て身と言っても過言ではない。
だが目の前で、白い閃光が空間を引き裂いた。
続いて、銀色の槍が低い振動音と共にセンシルを穿った。
瞬きひとつの間に。
顔面に槍が突き刺さったセンシルが、壁に縫い付けられる。
その体はピクリとも動かない。
即死だった。
惨状を見て自警団の面々は、思わず声を漏らしていた。
それは恐怖という感情が漏れ出した証だ。
「吠えるな、屑が。そんなことをしなくとも、全員同じところに送ってやる」
オーレリアの冷たい声音だけが、その場を支配していた。
◆
「オーレリア、お前はなにをしたいんだ?」
血濡れの女騎士に、思わず問い詰める。
静まり返った宿場町の広間で、オーレリアは槍の血を払っていた。
自警団とオーレリアの戦闘は一方的だが、苛烈を極めた。
どうしても村の秘密を守りたい自警団と関係者が襲ってきたが、オーレリアは一蹴。
ただその騒動を聞いた村人達や宿泊客の多くは逃げ出し、殆ど人の気配は残っていない。
あまりの出来事に、俺も頭の整理が付いていなかった。
だがオーレリアは悪びれる様子もなく告げる。
「すまない。今回の作戦は絶対に失敗できなかった。そのためお前と、ソフィールを……遺憾だが囮に使わせてもらった」
村の外周部には自警団達の遺体が積みあがっている。
そこには先ほど殺めたセンシルの遺体もあるはずだ。
なにがオーレリアの目的かは知らない。
俺自身も自衛のために人を殺めているため、そのこと自体を責める気はない。
そもそも盗賊の討伐依頼などは、まれに冒険者に回ってくる。
だがオーレリアは、この死体の山を作るのにソフィールを利用したのだ。
お互いに姉妹のようだと、親友だと語った相手を囮として。
その身が狙われていると知りながら。
「お兄さん?」
「大丈夫だ。だがオーレリア、事情は話してもらうぞ」
ティルが不安そうに俺の服の裾を掴んだ。
俺は怒りを抑え込みながら、オーレリアに選択を迫った。
「簡単な話だ。この村はとある盗賊団との繋がりがあると考えられていた。その盗賊団を潰すにはその繋がりを探り、実際に証拠をつかむ必要がある。いや、あった」
「そんな目的のためにソフィールを囮に使ったのか!? お前達は親友だと言ってただろうが!」
冒険者は危険と常に隣りあわせだ。
命の駆け引きをしているのだから当然と言える。
だがソフィールは違う。
ただの露天商だった彼女を、こんな目に合わせるやり方は納得できなかった。
それも、お互いに家族のように思っている相手を利用するような手口なら、なおさらだ。
「あぁ、そうだな。まったくもって、返す言葉もない」
オーレリアは目を伏せ、わずかに苦渋の表情を見せた。
その時、近くの荷馬車で微かな衣擦れの音がした。
ふと視線を向けると、やはりと言うべきか。
ソフィールが不安げに、俺達を眺めていた。
「なにが、起きたの?」




