15話
「道がここまで整備されてるなんてな。悪路を想定してたぶん、ありがたいが……。」
村を出て山脈の中腹へ向かう道中。
足元の状況を見て思わず呟いた。
人里離れた雪山だというのに、獣道どころか馬車が通れるほどに踏み固められている。
「こんな場所を頻繁に行き来する理由があるのか? 『灰色の雪原の迷宮』は、沈静化してるって話だったが」
周囲を警戒しながら眉をひそめる。
本来、沈静化しているダンジョンに冒険者が寄り付くことは少ない。
魔物の出現率が極端に下がり、ダンジョン内の魔力も薄くなることから魔道具といった掘り出し物も出現しなくなる。
そんな場所に、ましてや普通の行商人がこんな山奥まで来るはずもないのだ。
「急ぐか」
ティルの忠告が脳裏をよぎる。
この道はダンジョンまで続いているのであれば、急げば日暮れまでには戻れるだろう。
◆
やはりと言うべきか、ダンジョンのすぐ前まで道は整えられていた。
そして目的のベリーレッドベリルが自生しているという場所に近づく。
その周辺には見覚えのある痕跡が見て取れた。
木々の幹に刃物で刻まれた跡だった。
冒険者ならではの目印の付け方だ。
定期的にこの周辺を、冒険者が見て回っているのだろう。
「ダンジョンが活性化していないか、冒険者達が確認してるのか」
具体的な日付はわからない。
だが近くに野営後を見るに、相当最近も確認に訪れている様子だ。
そのまま探索を続けると、雪に埋もれるようにして赤い木の実をつける植物を見つけた。
鋭利な棘を持つ葉、間違いなくベリーレッドベリルだ。
「これがベリーレッドベリルか。依頼はこれで――」
俺が植物に手を伸ばし、そう安堵の息を吐きかけた瞬間だった。
「――そんな臭いで隠れてるつもりなら無駄だ。出てこい」
微かな気配と、風に乗って漂ってきた僅かな獣の臭い。
剣の柄に手を掛け、ゆっくりと振り返る。
静寂に混じるのは、雪と木々がきしむ音。
だがその木々の陰から、雪を踏みしめる音が次々と聞こえてくる。
「まさか、見つかるとはな」
姿を現したのは、村の入り口で見た自警団の男達だった。
その顔には、村の中とはくらべものにならない程の、冷酷な殺意が張り付いている。
「お前達、さっきの自警団か。こんな場所で、なんのつもりだ?」
「そう気張るなよ。俺達はただ、アンタが魔物に襲われないかと思って付いてきただけだ」
「……なら見ての通りだ。魔物は出てこなかったし、無事に目的も果たした。後は帰るだけで、自警団の手を借りるまでもない」
俺は冷静に返しつつ、ジリジリと間合いを測る。
「そうか? 俺達の意見は違うな」
男が口笛を吹くと、周囲の茂みから唸り声と共に数頭の獣が姿を現した。
灰色の毛並みに、血走った赤い瞳。
「アッシュウルフの群れ、か? どうやって……。」
本来、これほど統率の取れた動きで人間を包囲するような魔物ではない。
ましてや人間と協力して狩りをするような習性もない。
魔物とは、人間とは相いれない存在なのだから。
それを使役しているということは、スキルか、あるいは魔法か。
いずれにせよ、この数が相手では厄介極まりない。
「さて、冒険者。お前は不幸なことに今から事故に巻き込まれる。だがあの残された女は俺達が死ぬまで面倒を見てやるから、安心して逝け」
男の言葉には、ソフィールに対する明確な害意が含まれていた。
その瞬間、俺の中のスイッチが冷たく切り替わった。
◆
俺も馬鹿ではない。
冒険者として、常に魔物との戦いには備えている。
腰のポーチから二本のポーションを取り出し、一本を放り投げる。
放物線を描いて地面に落ちたそれは、薄暗い木々の間を貫く閃光となった。
「くそ!?」
男達から吐き捨てるような罵声が上がる。
目つぶしの瞬間だけ俺は顔を背け、そのまま男達の元へと向かう。
手癖でポーションを開け内容物を剣へと塗布する。
本来は簡単な痺れ薬だが、直接体内に送り込むことができれば即座に効力を発揮する。
視力を奪われた魔物達だがしかし、その嗅覚で俺の居場所を把握している。
アッシュウルフの嗅覚は人間の数倍から数十倍と言われている。
だからこそ視覚に頼っているであろう人間……自警団の男達を最初に狙うのだ。
踏み込み、剣を一思いに振りぬく。
だが――
「あ、あれ?」
腕から伝わる感覚に、思わず首をかしげる。
振りぬいた剣が、鮮血をまき散らす。
たった一撃。
四人いた男達のうち三人が胴体から真っ二つに分かたれた。
血しぶきをあげて、低い呻き声と共に地面にいくつもの体が転がる。
まるで熱したナイフでバターを切るような、あり得ないほどの切れ味だった。
こんな盗賊まがいのことをしているのだ。
人間との戦いになれているのかと想像していたが、拍子抜けだ。
残った一人の足を切り付け、地面に叩きつける。
そうすれば残るは、魔物の群れだけだ。
即座に必要な材料をポーチから取り出し、ポーションを作成……いや、あえて失敗する。
適合しない素材同士を調合すれば、むろん失敗作が出来上がる。
それらの中には、思わず顔をしかめるような悪臭の物も存在する。
魔物の群れに肉薄しつつ、その背後に先ほどの失敗作を投げつける。
硝子が割れる音。
次いで目に痛みを感じる。
それほどの激臭があたりにまき散らされる。
嗅覚を頼りにしている魔物ではひとたまりもないだろう。
目と鼻を潰された魔物の処理は、さほど難しくない。
長くはない時間を経て、その場の殲滅は完了した。
◆
「青銅級冒険者を殺して、なんの利益があるんだろうな。それにソフィールのこともなにか言っていたように思うが……。」
剣に付いた血をぬぐい、唯一生き残った男の元へ向かう。
足を斬られ、全身に痺れ薬が回ったのだろう。
必死に動こうとしては、足をもつれさせて地面に転がることを繰り返している。
「お、おい! こんな事をしてタダで済むと思ってるのか!?」
「俺を殺そうとしていたくせして良く言う。あの魔物達はお前達のスキルで操っていたのか? だとしたら目的はなんだ」
「いま解放すれば、問題にはしない。お前もまだ、死にたくはないだろ」
会話は成立していなかった。
恐らくだが男はまだ、自分の側に主導権があると思っているのだろう。
だが動揺を隠しきれていない。
それが青銅級冒険者に負けたことによるものなのか。
あるいは自分達が失敗したことによるものなのか。
区別はつかないが、少なくとも相手の予想外だったことには変わりはない。
そもそもこの襲撃自体が、オータル村に付いたときから仕組まれていたように思える。
ティルの言っていた後悔する、とはこれのことなのだろうか。
「あのダンジョンの中に、なにかあるんだな」
俺が核心を突くと、男はビクリと肩を震わせた。
「……なにを言い出すかと思えば、なに馬鹿なことを。いいか、俺達はただ冒険者を襲って金品を――」
「隠しても無駄だ。お前達は気付いていないだろうがな、この臭いに」
鼻を突くような臭い。
それは明らかにダンジョンの方角から、漂ってきている。
風向きの変化で気付いたが、植物を煮出した時の独特な臭い。
ポーションを正式な手順で作る場合に嗅ぐことになる臭いだ。
恐らくだが、ダンジョンの中で何かしらの調合をおこなっているに違いない。
それを知られたくなかったのか。だが、だとしたらなぜこの場所を俺に知らせたのか。
センシルはこの男達とは無関係なのか。
様々考えられるが、最も早い回答を得る方法は直接聞くことだ。
だが男は動かない体をよじらせながら、先ほどと同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「それ以上、踏み込めばお前は確実に死ぬぞ。いいや、それ以上の苦痛を受けることになる。俺の縄を解き、さっさと解放しろ」
男は青ざめた顔で必死に脅してくる。
つまり、これ以上の会話は無意味ということだった。
なら作戦はもう、直接確かめるしか残っていない。
「……そういえば、安心して逝けだったか?」
「お、おい! 話を聞いてなかったのか!?」
「お前達はせいぜい、十分に後悔を残したまま逝くんだな」
俺は剣の柄で男の鳩尾を強く突き、意識を刈り取った。
あとはダンジョンにでも転がしておけば問題はないだろう。
生きるか死ぬかは、コイツの運しだいだ。
「さて、なにが隠されているのか……確認させてもらうか」
俺は意識を失った男を縛り上げると、悪臭の元であるダンジョンの入り口へと歩みを進めた。




