14話
「酷いな。外傷もだが、それ以上に凍傷と体力の低下が著しい」
ソフィールに案内された路地裏には、ボロ布を纏った小さな子供が倒れていた。
駆け寄って脈を確かめると、ひどく弱々しい。
指先や唇は青白く変色し、寒さだけが原因とは思えないほどの衰弱ぶりだった。
「ど、どうすれば……。」
「体力の回復だけならポーションで補うことはできるが、あくまで対処療法止まりだ。解決までは持っていけない。こういう時にベリーレッドベリルがあればいいんだが……。」
今にも泣きそうなソフィールが子供の頬を撫でる。
だが俺にできる処置は限られている。
俺のスキルは薬草学……つまり薬草に関する知識に特化しており、本格的な医療の知識などは乏しい。
こういった状況を打開できるのがベリーレッドベリルだが、手元にはない。
なにか方法がないかとポーチを漁りながら毒づいていると、背後から影が落ちた。
「どうか、なさいましたかな?」
振り返ると、身なりの良い初老の男が立っていた。
村長か、あるいはそれに準ずる立場の人間だろう。
その顔には、村の子供が倒れているというのに、奇妙なほど焦りの色がなかった。
「すまない、薬草とお湯を用意してくれるか? 子供の治療に使いたいんだ」
「子供……あぁ、その子ですか。大変ありがたいのですが、必要ありませんよ。自身のスキルで、傷や怪我は治りますので」
「スキルも万能じゃない。たとえスキルで治療できても、スキルを使う前に力尽きたら終わりだ。違うか?」
俺は少し声を荒げた。
子供の命が消えかけているというのに、男の態度は酷く冷淡だった。
「と、言われましてもな。これらはその子が自ら申し出たことですので。治療も薬も必要ないと」
「この状況でその言葉を信じろと?」
「その子供、ティルの両親は莫大な借金を残して消えましてな。肩代わりとして、ティルはここで働いているのですよ」
男は悪びれる様子もなく、ただ肩をすくめて見せた。
つまり村の大人たちの多くが、意図的にこの子供を見捨てているのだ。
事情を知りつつ、搾取し、そして死ぬのであれば構わないと。
じりじりと焼けるような怒りが、腹の底から湧き上がる。
この目の前の男をどうしてやろうかと考えた、その時。
「これ、使えませんか?」
ソフィールが小瓶を差し出してきた。
その中には、淡く発光する美しい種子が入っている。
先ほどまでソフィールの首にかかっていたものだ。
まじまじと見つめて、思わず顔を顰める。
「まさかシャインシード!? いいのか? これは母親の――」
「構いません。このまま見過ごすことは、できませんから」
それは彼女が大切にしている、母親の形見のはずだ。
だが彼女の決意を秘めた瞳を見て、俺は小さく頷いた。
即座にシャインシードをすり潰し、手持ちの薬草と調合して即席のポーションを作り上げる。
それを子供の口にゆっくりと流し込んだ。
◆
しばらくして、子供の呼吸が落ち着いたのを確認して俺達は場所を移した。
取っていた宿の酒場、その向かいには先ほどの初老の男が座っている。
子供は……ティルは部屋のベッドで寝かせているが、万全とはいいがたい。
手早く情報を聞き出して部屋に戻るべきだろう。
「村を代表する者として、言わせてください。先ほどは失礼いたしました。村の者を治療していただき、感謝の言葉もございません。私はこの村の長を務めている、センシルと申します」
センシルは形ばかりの愛想笑いを浮かべて頭を下げた。
それが本心でないことは、火を見るよりも明らかだ。
「にしては冷たい対応でしたね。あの子がひとりで倒れているのに、誰も見向きもしていなかった。なぜなんですか?」
「待つんだ、ソフィール。センシル、貴方達の事情はしらないが外部の人間が多くいる場所だ。最低限の節度は持ち合わせるべきだと思わないか?」
ソフィールが、我慢できないといった様子で食って掛かる。
俺もまた、男を見据えながら静かな怒りを込めて問いただした。
「その節度とやらで、魂まで凍てつく厳冬を乗り越えられるのであれば、村人全員が持ち合わせること間違いなしでしょうな」
センシルの言葉には、どこか投げやりな、それでいて自嘲的な響きがあった。
この言い分では、なにか事情があることは察せられる。
村の長としての決断が、全て綺麗ごとで済むわけではないことも理解できる。
だがそれが納得できる言い分かと言われれば、そうではない。
隣のソフィールに至っては今にも飛び掛かりそうな雰囲気だ。
親に残されたという同じ境遇が、彼女にティルとの共感を生み出しているのだろう。
ただ相手はそんなソフィールの様子さえ、張り付いたような笑みで受け流していた。
「や、やめてください。言い争いなんて、意味ないですよ」
緊迫した空気を破ったのは、弱々しい声だった。
見れば、先ほどまで倒れていたティルが、ふらつく足取りでこちらへ歩いてきている。
「もう動いて大丈夫なの? 傷は痛くない?」
ソフィールが慌てて駆け寄り、子供の体を支えた。
「はい、ありがとうございます。なんとなく話は聞こえていたので、お礼を言いたくて」
「礼を言うなら彼女に言うんだ。ポーションの素材を提供してくれたのも、君を見つけたのも彼女だからな」
俺がそう言うと、子供はソフィールを見上げて深く頭を下げた。
「ありがとうございます、お姉さん」
「いえ、そんなもの必要ありません。困っているひとを助けるのは、当然ですから。それが子供ならなおのことです」
ソフィールは優しく微笑んで、子供の頭を撫でた。
「おふたりは、なぜこの村に? もしかして駆け落ち……とか、ですか?」
子供の無邪気な問いかけに、その場の空気が一瞬にして凍りついた。
おそらくその考えが真っ先に思い浮かんだのは、両親の影響だろう。
借金を残していったというが、駆け落ち先での生活に困窮した結果ということだろうか。
少しばかり後ろ暗い感情を感じさせるティルだったがしかし、駆け落ちという言葉を聞いて、ソフィールの背中がピンと伸びる。
驚きか羞恥か、あるいはその両方か。
とりあえず固まっているソフィールに代わって、俺が話を続ける。
「なんでそうなる。俺達はとある植物を探しに来たんだ」
「しょ、植物……?」
「……あぁ、ベリーレッドベリル。聞いたこと、見たことはないか? 赤い木の実を付ける、鋭利な棘を付けた葉を持った植物だ。寒冷地帯に自生しているんだが」
俺が特徴を説明すると、ティルの表情が微かに引きつった。
その変化を見逃さなかったが、子供が口を開くよりも先に、村長が割って入った。
「それって――」
「えぇ、えぇ、知っていますとも。この山脈の中腹、『灰色の雪原の迷宮』の近くに自生していると村の者達が話しておりました。ここで栽培は出来ませんので、現物はございませんが」
センシルはこれまでとは打って変わって早口で捲し立てた。
まるでこれ以上、ティルにしゃべらせまいとしているようだった。
となると、ここから追及しても情報が得られるかは怪しい。
得られた情報の真偽さえ不明だが、行くべき場所は決まった。
「ありがとう、それが聞けて安心した。ソフィール、そろそろ」
「は、はい! ティル、怪我が治るまで部屋にいていいからね?」
いまだに顔を赤らめているソフィールを連れて、俺達は席を立った。
◆
センシルを置いて宿の外へ出ようとした時、服の裾を小さく引っ張られた。
振り返ると、ティルがセンシルの視線から死角になるように立っていた。
「どうした? 礼は必要ないと――」
俺の言葉を遮るように、ティルは怯えた瞳で俺を見上げ、早口で囁いた。
「山には、登らない方がいいよ。きっと後悔することになるから」
それだけを言い残し、ティルは逃げるように路地裏の影へと消えていった。




