13話
「これがオータル村か。街道沿いにあるとは聞いてたが……。」
目の前に広がる光景に、思わず感嘆の息が漏れた。
寒冷地帯に属する山脈の麓という厳しい立地でありながら、村は活気に満ち溢れていた。
石造りの真新しい家屋が並び、行き交う人々の身なりも悪くない。
「村が街道沿いに移動してきたんです。以前の村長が、交通の要所に商機を見出したんだとか」
隣を歩くソフィールが、誇らしげに教えてくれる。
なぜ彼女がここにいるかと言えば、それは目的の植物を持ち帰るのに、植生学のスキルが必要だからである。
結果として依頼主が同伴するという不規則な依頼になったが、自身の移動費は自分で出すというので俺に負担はない。
むしろ退屈な移動時間に話し相手がいて救われたほどだった。
実際にこうして、村の情報などはソフィールの方が詳しいほどだ。
「慧眼だな。この環境下で普通の農村として生活を続けるのは、まぁ難しいだろう」
厳しい冬を越すための備蓄すら、通常の農作業だけでは事欠くはずだ。
ましてや、これほどの規模の村を維持するなど至難の業に違いない。
となると別の商売で生計を立てているはずだ。
「寒冷地帯だと育てられる作物も限られますからね。スキル持ちがいるなら、話は変わりますが」
「だが村をひとつ支えられるほどの強力なスキルだったら、そもそも村には残っていない。難しい話だ」
どこでも事情は同じだ。
有益なスキルを持つ者は、国や貴族、あるいは冒険者ギルドに召し上げられるのが常だ。
「そう、ですね。きっとこれまでに色々な問題を解決するための創意工夫があったんだと思います。逞しいですよね」
ソフィールは無邪気に感心している。
だが俺は、村の入り口を固める屈強な男達が気にかかっていた。
「あれは……冒険者、か? にしては物々しいな」
「いえ、あれは自警団だと思います。オータル村は区画内を通る荷馬車の護衛も貸し出してるんですよ」
「あれが、自衛団か?」
俺は思わず眉をひそめた。
統一された防具に、よく手入れされた武器。
とてもではないが、ただの田舎村が雇えるような戦力には見えなかった。
どう見ても、訓練を受けた傭兵か私兵の類にしか見えない。
その仕草は戦いを生業とする者達のそれだった。
「魔物も出没しますからね。厳しい環境で生きるためには、仕方のないことなんですよ。きっと」
「そういうものか……?」
違和感は拭えなかったが、今は目的を果たすのが先決だ。
俺は思考を切り替え、村の中へと足を踏み入れた。
◆
「それは?」
メル・クラウスからオータル村へと出発する準備中。
ソフィールは自分の鞄に奇妙なガラス瓶をいくつも仕舞っていた。
ポーションの入れ物として俺もガラス瓶は仕入れている。
だがソフィールのものは、俺の知る物のいずれとも一致しなかった。
問いかけにソフィールは一本手に取って、俺に渡してくれた。
「じつはこれ、保存瓶なんです。大きなものは無理ですけど、中に入れたものをそのまま保存できるんですよ」
「なるほど。確かベリーレッドベリルの種子はそのまま持ち出すと、問題があるんだったか」
「はい、温暖な場所だと勝手に弾けてしまうんです。なので私のスキルと、この保存瓶を併用して持ち帰ろうかな、と」
用途は理解した。
少なくとも必要なアイテムであることも。
だが問題はその数だった。
「それにしては、数が多くないか?」
彼女の鞄の中には、同じような小瓶がいくつも敷き詰められていた。
「そんなことありません! これにお花を入れておくと長持ちするんです。たくさんあっても困りませんよ!」
「まぁ、ポーションの鮮度も保てそうだな。今度、試してみるか……。」
薬草学を持つ俺としては、非常に興味を惹かれるアイテムだった。
真剣に瓶を観察していると、背後からあきれたようなため息が聞こえてきた。
「根っからの冒険者が。もっと他に言うことがあるだろ」
出発を見送るというオーレリアが、呆れたように肩をすくめる。
その視線の先で、ソフィールの首元には一本のガラス瓶が揺れている。
細やかな装飾が施され、中には小さな種子が納まっている。
「本当に花が好きなんだな、ソフィールは」
「私にとって憧れでもあるんです。芽吹き、蕾を付け、花開き、そして散る。自らの生き方を全力で、そして美しく生きる。その姿が、とても素敵で」
「だからいつも身に着けてるのか」
「これは、お母さんが残してくれたものなんです。これがあるだけで、いつも一緒にいる気がして」
いとおしそう首から下がったガラス瓶をに撫でるその手は、土を触る職人の手だ。
それでも強い家族への思いが未だ彼女の中には残っているのだ。
ソフィールが向ける瞳は、まるでそのガラス瓶のように澄み切って輝いていた。
自分のやりたいことに真っ直ぐ向き合っている彼女の姿は、ひたむきで眩しい。
「たしかに俺も、花が似合う人だとは思ったよ。ソフィールは」
「本当ですか? それなら、嬉しいです」
ソフィールが顔を綻ばせて微笑んだ、その直後だった。
俺の背後から、殺気を孕んだ低い声が囁かれた。
「邪な考えを持っているのであれば、すぐにでも引きちぎってやるが」
「馬鹿にしたり怒ったり、せわしない奴だな」
オーレリアの鋭い眼光を浴びながら、俺は苦笑して肩をすくめる。
「ソフィールの近くに危険な人間を置いておくわけにはいかない。それだけだ」
「過保護だな、本当に」
「あはは、ほら言われてる。いくら幼馴染だからって、この街まで付いてくる必要なかったのに」
「付いてきたわけではない。冒険者としての拠点が偶然にも、ソフィールのいる街になっただけだ」
オーレリアはそっぽを向いて言い訳をする。
「実は私達、ランガーヴィル領にいた頃からの親友なんです。とはいっても、私が幼い頃に引っ越してきたので、再会できたのは最近なんですけど」
「私にとっては姉妹のようなものだ。手のかかる、妹のような」
「それを言ったらオーレリアが妹だよ。私の後をいつも追いかけてくるんだから」
二人のやり取りを見ていると、自然と笑みがこぼれてしまう。
そんな二人がやけに印象に残っているのは、同じようなことを言っていた幼馴染を思い出したからだ。
はやく彼女の力になれるよう努めなければ。
◆
「まずはベリーレッドベリルの生息場所の聞き込みからだな。この村の人達なら、なにか知ってるかもしれない」
翌朝、宿を出た俺達はさっそく行動を開始した。
「任せてください! こう見えても、仲良くなるのは得意なんです!」
「頼む。俺は周囲の状況を確認してくる」
街道沿いの街で人通りも多い。少なくとも治安が悪いようには見えない。
自警団には近寄らないよう助言をしたのちに、気合十分で駆け出していくソフィールの背中を見送る。
ただ改めてみても、疑念が尽きない村だ。
「……本当に村長の手腕なのか?」
歩けば歩くほど、拭いきれない疑問が首をもたげてくる。
あまりに成功し過ぎている。
それは本来責められるものではないし喜ばしいことだ。
だが山脈の麓にある寒村が、ここまで発展していることにいくつかの疑問を覚える。
整備されたインフラ。
自警団の過剰な装備。
それに、不自然にメル・クラウス方面へと流れていく荷馬車。
これらすべてを賄うだけの資金源が、ただの街道沿いの宿場町として得られるものだろうか。
「ジノアさん、来てください! ジノアさんの助けが必要なんです!」
思考に耽っていた俺を引き戻したのは悲壮な声だった。




