12話
「ベリーレッドベリルの種子、か」
「そうなんです! 是非ともジノアさんに引き受けていただきたいんです!」
「わ、分かったから。少し離れてくれ」
メル・クラウスの大通りから一本外側へ。
少しばかり人通りが落ち着いた通りに、その店はあった。
無骨な骨組みの露店には、大小さまざまな植物の素材が並べられている。
その中にあった椅子に座った俺の目の前で、ソフィールも椅子に腰かけている。
決して広くはない露店内に俺とソフィール、そして付いてきたオーレリアと三人がいることになる。
正直に言えば、狭い。
身を乗り出したソフィールとの距離はほぼゼロと言っていい。
ソフィールの淡い花の香りが鼻をくすぐり、思わずのけぞる。
だがそれをどういう意味で受け取ったのか、ソフィールの顔は徐々に曇っていく。
「やっぱり難しい、ですか? 依頼を出しても、なかなか受け手が見つからなくて」
「難しいというか、なんというか。採取できる場所が限られていて、依頼としては面倒な部類なんだ。積極的に引き受けたい、とはならないだろうな」
「実は私、『植生学』のスキルを持っていて、育てた植物を冒険者や道具店に卸売りしてるんです。見ての通り、まだあまり繁盛していないんですけど」
「だがこの店の素材を使ったポーションは、効果が確かだ。私が保証する」
オーレリアの言葉に嘘はないようだった。
店先に並べられた薬草の質は俺から見ても非常に高く、丁寧に育てられているのがわかる。
「ありがとう、オーレリア。けど大勢の人たちに使ってもらうには、少し工夫や目玉の商品が必要かなと思ったんです」
「それで、ベリーレッドベリルか。確かにこの地方では珍しい素材だ。だがそれはつまり、需要があまりないということじゃないのか? 確か体温を維持できるポーションの素材だろ」
「く、詳しいんですね」
「あぁ、俺も下級だが『薬草学』のスキルを持ってるからな」
少なくとも知識ならスキルの優劣に左右されることはない。
ソフィールは俺が近しい知識を持っていると知るや否や、事情を説明し始めた。
「それがですね、大口のお客さんがダイヤウルフの毛皮の仕入れを大量に始めているんです。大陸各地でダンジョンが再活性化しているので、近々この街の近くにあるダンジョンでも必要になるから、と」
「ここの近くだと、『灰色の雪原の迷宮』だったか。山脈の降雪地帯にあると聞いてるが」
「そうなんです! そのお客さんは防寒具を作ると言っていました。そして私はポーションの素材としても、そしてそのまま使っても効果があるベリーレッドベリルをいち早く仕入れることができれば、と思ったんです」
ソフィールには商売人としての先見の明がある。そう感じていた。
ダンジョンが再活性化すれば、必ず特効のアイテムが市場では高騰する。
その気配をいち早く察知して、自分の得意分野で商品を用意する。
理にかなった戦略ではある。
だが俺にはひとつの疑問があった。
「聞きたいんだが、ここに白銀級の冒険者がいるのにどうして俺への依頼なんだ?」
「私も最初はそう思ったのだがな。冒険者の多い都市部では、採取系の依頼はおおむね黒鉄級までという受注制限がかけられている」
「なるほど、下級冒険者の仕事を上級冒険者が枯らすことを懸念してるのか」
ギルドのシステム上、上級冒険者が安全な仕事を独占できないようになっているのか。
やり取りを聞いていて、申し訳なさそうに身を縮めるソフィールを見つめ、短く息を吐いた。
「ど、どうでしょうか? 正直、あまり報酬も多いとは言えないんですが……」
確かに提示されている報酬は相場に比べても高くはない。
加えて採取場所が山脈の中腹となると、かなりの遠出を余儀なくされる。
今のところ『推薦状の保証』を手に入れるという俺の目的からは大きく離れている。
ただ、報酬としてそれを付け加えることができれば、話は別だ。
「一つだけ追加の条件がある。知り合いに鑑定士はいないか? ツテが無くて紹介してくれるひとを探してたんだ」
「それなら紹介できるかもしれません! お得意さんのひとりが鑑定士の方なんですよ!」
商人なら横のつながりが広いはず。
その推測は見事に当たったようだった。
「分かった、鑑定士を紹介してくれるのなら引き受けよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
花が咲いたような笑顔を浮かべて喜ぶソフィール。
だが歓喜に沸く彼女の裏側で、俺はオーレリアにだけ聞こえるよう低い声で一言声を掛けた。
ソフィールとの詳しい依頼内容の話は後日となったが、まだ話を終わらせる気はなかった。
◆
ソフィールの露店を離れ、大通りを外れた頃。
すぐ隣を歩いていたオーレリアに問いかける。
「どういうことだ?」
「質問の意図がわからんな」
「ギルドを介さず個人間で依頼すればいいだけの話だろ。あえて今回の依頼を受けなかった理由が、なにかあるんじゃないのか?」
しらばっくれるオーレリアは、問い詰めても表情を崩す気配はない。
ギルドは報酬の支払いに法的効力が生じないため、個人間での依頼を推薦していない。
しかし冒険者との直接依頼をやり取りする商人もいないことはない。
特にソフィールとオーレリアの間なら信頼関係は十分に築かれているようにもみえる。
それをあえてギルドを通し、俺に依頼を回す理由があるはずだ。
青銅級冒険者に、信頼している依頼主の個人依頼を受けさせるよう『流れ』を作ったのだから。
あまりに不自然で、納得いくものではない。
俺の追及に、オーレリアは剣呑な目を細めた。
「先ほど、ソフィールを追いかけていた連中がいただろう。冒険者とも思えん、まるで傭兵のような連中が」
「オーレリアが追い払った連中だろ。それがどうした」
「私はアレ等を見張らなければならない。ソフィールに固執する、下種共をな」
言葉から伝わるのは苛立ち、そして怒り。
露骨な負の感情をまき散らすオーレリアだが、それは全てソフィールの為なのだろう。
だが俺の疑問が解消されたわけではない。
オーレリアにやることがあるから、依頼を受けられない。
これはまだ理解できる。
だがなぜ、ソフィールがそこまで狙われているのか。
それも権力者の息子を名乗る、冒険者達に。
「商売敵か……? いや、違うな。一個人に取る手段にしてはリスクが大きすぎる。となると残るのは――」
目に映るのは、削り取られた王国騎士の紋章。
騎士団を抜けたエリートが、四六時中この露天商の少女を守る理由。
その少女を狙っている、権力者の息子とその仲間達。
これまでの情報が、俺の頭の中で一つの結論を結ぶ。
「――精鋭である王国騎士がその身分を捨ててでも、近辺で献身的に護衛をする必要がある人物」
問題の中心にいるのは、ソフィールだ。
そしてそこから推察されるのは、彼女の本当の身分。
嫌な予感がする。
それもとてつもなく。
自分で呟いた後、小さな金属音が耳に入る。
ふと見れば、オーレリアは背に負った槍の柄を指で撫でていた。
「驚いたな、青銅級の冒険者如きがそこまで気付くとは」
「俺も驚いたよ。元王国騎士の肩書を持つ相手に青銅級如きなんて言われるなんてな。いや、まさかそれも嘘なのか?」
「それ以上、口にすればお前も諸共消すことになる。だが安心しろ。依頼が成功すればお前の望む物をやろう」
冷ややかな殺気が、俺の喉元を撫でた。
引き返すこともできないと気付いたのは、この時だった。
どうやら俺は、ただの採取依頼とは呼べない巨大な厄介事に、首を突っ込んでしまったらしい。




