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第八章 三十歳の女王が俺の部屋を改造する件

1


部屋の中はひっそりと静まり返り、俺がパンを噛む音だけが響いていた。


神崎詩織はベッドの縁に腰を下ろし、両手を膝の上に重ね、まるで絵画を鑑賞するかのように優雅な姿勢をとっている。彼女は俺が差し入れた食べ物を一口ずつ食べる様子を眺め、その瞳には身の毛もよだつような満足感が宿っていた。


「美味しい?」

柔らかな声で問いかける。


俺は答えず、ただ頷いた。


この暗く古びた部屋の中で、この朝食はコンビニの冷たいおにぎりよりは遥かに美味しかった。だがこの優しさは、まるで緩効性の毒のように、じわじわと俺の意志を蝕んでいく。


2


「着ている服を脱ぎ、これに着替えなさい」

詩織は持ち歩いていた袋からパジャマを取り出した。


「さあ、着替えなさい」

彼女は突然立ち上がり、冷めた視線で俺の全身を見渡す。


「服は足りている」

俺は歯を食いしばり、最後の抵抗を試みる。


「足りているのは知っているわ」

詩織は目の前まで歩み寄り、俺の肩についてもいない埃をそっと払い、冷たい指先が俺の鎖骨をなぞった。


「ただ、この違和感が嫌なの」


「佐藤悠真、あなたは今私が選んだコレクションなの。私の作品が、粗末な環境に傷つけられるなんて許せない」


「この服を着てこの部屋にいると、ひどく浮いていると思わない?」


俺は自分自身を見下ろした。


落ち着いた質感で裁断の整った濃いグレーの部屋着は、幼さの抜けきらない俺の顔、そして背後の黄ばんだ古い布団とあまりにも不釣り合いだ。高級な箱に無理やり詰め込まれた安物のように見えた。


3


彼女はしゃがみ込み、探し物をするのではなく、俺の足元の古く擦り切れたスリッパをじっと見つめる。


「このスリッパは古すぎる。歩いていたら転びかねないわ」


続いてぐらつく机を指す。


「この高さでは食事をするには不適切」


「この天井の照明は眩しすぎる。肌をくすんだ黄色く見せてしまう」

頭上でブンブンと音を立てる蛍光灯を見て、詩織はわずかに眉をひそめた。


「それにカーテンも、埃が溜まりやすく日に干せばカビ臭い。近寄らない方がいい」


「これもダメ、あれも不適切……」


詩織は次々と部屋の不備を挙げ連ね、俺はただ黙って聞き流すしかなかった。言い返す言葉も見つからない。


彼女は金銭の話も、安い高いの話も一切しない。ただ「似合わない」「適さない」と事実を述べるだけだ。


だからこそこの淡々とした口調は俺を絶望へと突き落とす。俺の貧しさを嘲っているのではなく、これまで十八年間積み上げてきた俺の全ての生活習慣を否定されているように感じた。


4


「風呂に入りなさい」

拒絶を許さない命令口調で言い放つ。

「そして私が持ってきた歯ブラシを使いなさい」


俺は身動きできずに立ち尽くす。


「それとも」

詩織は首を傾げ、優しく微笑んだ。

「私が体を洗ってあげようかしら?」


俺は慌てて立ち上がり、逃げるように狭い風呂場に駆け込んだ。


扉を閉め、鏡に映る高級な服を着た自分の姿を見つめる。

服に皺がつくのが怖く、彼女の優しい厚意を無駄にするのが怖くて、顔を洗うことさえ遠慮してしまう。


5


着替えを済ませて部屋に戻ると、詩織は窓際に立ち、どんよりと曇った空を眺めていた。


「今夜、相応しい布団を届けさせるわ」


彼女は振り返り、合格点をつけるような納得の眼差しで俺を見つめる。


「いや、大丈夫だ……」

俺は乾いた声で拒む。


「遠慮は無用」

詩織は言葉を遮り、歩み寄って俺の襟元を整える。


「佐藤悠真、この生活に慣れなさい。大切に扱われること、丁寧に扱われることに慣れるの」


彼女はカバンを持って帰ろうとし、扉を開ける直前に振り返った。


「良いものは、相応しい場所に置かなければ、すぐに傷んでしまうものよ」


扉が閉まり、部屋に再び静寂が訪れた。


突然俺の部屋に踏み込み、俺とこの住まいを勝手に改造していった詩織。俺は一切抵抗できなかった。


自分の身にまとった落ち着いて上品な灰色の服を見下ろし、息苦しさに襲われる。


彼女は俺の貧しさを罵ったりしなかった。

ただ一番優しい言葉で俺に告げたのだ。

今の俺の姿では、彼女が与えてくれるものに見合わない、彼女のコレクションに相応しくないのだと。

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