表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/27

第二十四章 あの女が戻ってきて、再び鍵をかけ直すという件

1


午後三時。

玄関のチャイムが鳴った。


俺はソファに座り、腕に柴犬を抱いたまま、動かなかった。


チャイムがもう一度響いた。


立ち上がり、玄関へ向かう。ドアを開ける。


詩織が玄関に立っていた。ベージュのコートを着き、足元に小型のスーツケースが置かれている。髪は出ていた頃より少し伸び、肩まで垂れていた。


「ただいま」


「おかえり」


彼女は家の中に入り、腰を曲げて靴を履き替える。出て行く前と変わらず、ゆっくりとした動作だ。


スーツケースを玄関の隅に置くと、体を起こし、俺を見つめた。


頭からつま先まで、じっくりと眺め、また顔に視線を戻す。


「やせたわ」


「別に」


「私がそう言うんだから、やせたの」


彼女はリビングに入り、部屋中をぐるりと見渡す。カーテンは開かれ、陽光が床に降り注いでいる。キッチンのカウンターには開かれた本が置いてある——宗一郎の本だ。


彼女はその本をちらりと見たが、何も言わなかった。


振り返って俺を見る。


「宗一郎は?」


「帰ったよ。昨日の夕方に」


「そう」


彼女はソファに腰を下ろす。俺は彼女が入ってきてからずっと、その場に立ったままだ。腕の中には柴犬がいる。


彼女が手を差し出した。


俺は腕から柴犬を渡す。


彼女は犬を受け取り、膝の上に乗せ、お腹を軽くつまむ。


「まだここにいるのね」


「うん」


「あなた、この子のことが好きなの」


「……まあ、普通だよ」


詩織がこちらを一瞥する。その瞳に笑みは宿っていなかった。


2


「こっちに来なさい」


俺は歩み寄り、向かい側に座る。


彼女は数秒間、俺を見つめ続けた。品定めというより、吟味するような視線だ。


俺は思わず俯き、自身の服を見る。濃いグレーのパジャマだ。上下セットで、以前彼女が買ってくれたもの。


「これ、君が買ってくれたんだ」


「うん。でも、着方が違うわ」


「え?」


「襟元がめくれている。私が教えた通りに着ていないの」


俺は無意識に襟元に手を伸ばす。


「暑かったから」


「そう」


彼女はそれ以上問いただすことなく立ち上がり、玄関へ行ってスーツケースを開ける。白い小さな箱を取り出し、戻ってきてテーブルの上に置き、俺の方へ押しやる。


「開けてみなさい」


箱を手に取る。マットな白い紙製でロゴなどはなく、銀灰色のサテンリボンが結われている。


リボンをほどき、蓋を開ける。


濃い紺色のベルベットの裏地の上に、イヤリングが一対置かれていた。


プラチナの台座に、小さな雫型の宝石が二つ埋め込まれている。深い赤ワインのような色をしており、光が当たると淡い紫色の輝きを放つ。宝石の周囲に飾りは一切なく、台座にぴったりと張り付いており、全体で爪の先ほどの大きさしかない。


この宝石の名前は知らない。


だが、相当高価なものだと直感した。


3


「お土産よ」と詩織が言う。


「ピアスの穴を開けたんだから、つけないのはもったいないわ」


俺はそのイヤリングを見つめる。


「高すぎる。受け取れない——」


「受け取れるかどうかなんて、聞いていないわ」


彼女の声に起伏はない。怒っているのではなく、事実を告げるような口調だ。


「つけてみなさい」


片方を手に取る。とても軽い。


俯いてピアスの穴を探すが、手が震えてうまく合わない。


詩織が立ち上がり、近づいてくる。


「じっとして」


彼女がイヤリングを受け取り、身をかがめる。


指先が俺の耳たぶに触れる。冷たい感触だ。


ピアスの針が穴を通り、台座が耳たぶの表面に密着、宝石が外側を向く。もう片方も同じようにつけられる。


彼女は一歩下がり、俺の顔を眺める。


「うん」


指を伸ばし、右のイヤリングをそっと弾く。宝石が揺れ、わずかな光を屈折させた。


「よく似合うわ」


彼女はソファに座り直し、コップの水を口にする。


「これからは外出する時、必ずつけなさい」


俺は黙った。


耳たぶに微かな重みが残っている。軽いけれど、そこにあることがはっきりと分かる。


4


「ここ数日、何をしていたの?」


「別に、何も」


「宗一郎が連れ出したりしたの?」


「ディズニーランドと、箱根に行った」


「箱根?」


「うん。一泊した」


彼女はコップを置く。


「どこに泊まったの?」


「季の湯 雪月花だよ」


「ああ、あそこは良い旅館だわ」


口調は平坦で、感情は読み取れない。


「彼も、いい場所を選ぶものね」


彼女は立ち上がり、窓際へ行き、背中をこちらに向ける。


「悠真」


「うん」


「こっちに来なさい」


俺は歩み寄り、隣に立つ。


陽光が二人の体を包む。彼女は俺より半頭ほど背が高い。


「あなたの体から」、彼女は振り返らずに言う、「私の匂いが薄れたわ」


「え?」


「雰囲気が、全然違ってしまったの」


彼女は振り向き、俺を真っ直ぐに見つめる。


「私がいない間、彼はあなたに何をしたの?」


「料理を作っただけ。カレーを一緒に作った」


「それ以外は?」


「何もない」


彼女は数秒間黙り込む。


「すぐに元に戻るわ」


手を伸ばし、俺の襟元を整える。指は冷たい。


以前と同じ、優しく、それでいて拒むことのできない仕草だ。


5


「晩ご飯は何が食べたい?」


「何でもいい」


「なら、執事に届けてもらおう」


彼女はリビングの隅にある固定電話を取り、番号をダイヤルする。


「今夜は二人分の食事を、いつも通りの内容で届けて」


電話を切る。


「七時に届くわ」


「うん」


ソファに座り直し、柴犬を膝の上に乗せる。


「この子、名前は?」


「まだつけていない」


「ずっと『柴犬』って呼んでいるの?」


「うん」


彼女は柴犬の耳を軽くつまむ。


「宗一郎が縁日で捕まえてきたの?」


「そうだよ」


「彼も、人の機嫌を取るのが上手だわ」


俺は返答しなかった。


6


夕飯が届いた。和食だ。焼き魚、煮物、お吸い物、ご飯。


二人は食卓に向かい合って座る。


彼女はゆっくり食べる。一口ご飯、一口おかず。箸を置き、また持ち上げる。


俺も同じようにゆっくり食べた。


「悠真」


「うん」


「私が留守の間、一つ考えたことはある?」


「何?」


彼女は俺を見つめる。


「あなたは、誰のものなのかって」


俺の箸の動きが一瞬止まるが、すぐにまたおかずを取る。


「……分からない」


「構わないわ」


彼女は焼き魚を一切れ、俺の皿に乗せる。


「ゆっくり考えればいいの」


7


食事が済むと、執事が食器を片付けに来た。


詩織はソファでスマートフォンを操作している。俺は柴犬を抱き、向かい側に座る。


「明日からレッスンを再開するわ」


「礼儀作法のレッスン?」


「そう。一週間休んだから、遅れた分を取り戻さなくちゃ」


「それから」、彼女は顔を上げてこちらを見る、「明日からは毎日このイヤリングをつけなさい。あの濃いグレーのコートに合わせて」


「……うん」


彼女はスマホを置き、立ち上がる。


「早く寝なさい。明日は八時からだから」


「おやすみ」


「おやすみ」


彼女は廊下へ進み、客室のドアが閉まる。


腕の中に柴犬がいる。耳たぶの微かな重みは、まだ残っていた。


俺は寝室へ行き、ベッドに腰を下ろす。右手で右のイヤリングに触れる。宝石は滑らかで、冷たい。


鏡の前へ行く。


鏡の中の自分は濃いグレーのパジャマを着き、耳に二つの深い紅い光が揺れている。


どこが悪いとは言えない。ただ、違和感がある。


あまりに目立つ。自分の体についているものとは思えなかった。


鏡を二秒ほど見つめた。


そしてイヤリングを外す。片方、もう片方。


箱の中に戻し、蓋を閉める。リボンは結び直さなかった。


箱をナイトテーブルの上に置く。


ベッドに横になる。


天井にわずかな光が差し込んでいる。


明日は八時。礼儀作法のレッスン。


彼女が戻ってきた。


すべてが元通りになった。


いや。


以前よりも、強く、きつく縛り上げられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ